ミステカミステリ

@hujirujurujuru

廃団地の少女(1/2)

●●県某市に存在する廃団地のH棟には、少女の幽霊が出現するという。


まだ団地が利用されていた頃の話である。家族と暮らしていた当時十四歳の少女は、学校でのいじめを理由に自死を選択してしまった。深夜に部屋を抜け出し、四階建ての団地の屋上から身を投げた。柔らかい肢体がコンクリートの地面に叩きつけられる。

しかし高さが足りなかったのか、無意識に急所を庇ってしまったのか、少女は絶命には至らなかった。


ジンジンと轟くような激痛が全身を駆け巡る。特に両足の痛みが顕著だった。視線をやると、灰白色の枝がふくらはぎに突き刺さっている。皮膚と肉を突き破っているその正体は自分の骨だと気付く。傷口からとめどなく溢れ続ける血液の温かさ。

立ち上がろうにも、足に力が入らない。助けを求めて声を上げる。その悲痛な叫びは夜の闇に吸い込まれた。


出血が止まらない。体温が徐々に、徐々に低下していく。一思いに楽になることを望んだ少女は、痛みと寒さに命を蝕まれて亡くなった……。


それから長い年月が経ち団地が廃墟と化した今でも、少女の苦しみの念は残っている。少女の死亡時刻である午前二時二十一分に団地H棟を見上げると、少女の霊が姿を見せるという。


▼▼▼▼▼


「うぅ、寒いですね……」

私たちは噂の真相を確かめるために廃団地H棟を目指していた。

電柱に取り付けられた街路灯が、進む道を白く照らす。見上げると光を求める羽虫が街路灯の周りを旋回していた。季節は既に初夏が訪れていた。

しかし午前一時にもなると、気温は春先の寒さに逆戻りする。夜風がスーツの隙間を撫でる度に自然と身震いしてしまう。

私は自分の両手を交差して二の腕を擦りながら、コートを持ってこなかったことを強く後悔した。


「少女の幽霊……心躍るよ」

隣を歩く女性は背丈が私より一回り小さい。こうして並んで歩いていると姉妹と勘違いされそうな身長差だった。しかし川畑さんは、私の直属の先輩である。

鳥の巣を思わせるふわふわの髪に、棒人間のような細い手足。その痩せ細った身体にぴったり合うように仕立てられたパンツスーツを纏っている。

川畑さんは仏滅の日になると鼻歌交じりショートケーキを買いに行くような、自他共に認めるオカルトマニアだった。昼夜問わず眠そうな瞳が今だけは爛々と輝いている。


「噂は噂のまま、っていうのが一番だと思いますけどね」

私は溜め息混じりに呟いた。


「山田よ、口を慎みたまえ。それはオカルト記者の風上にも置けない発言だ」


「私は配属ガチャに外れただけで、別に幽霊とか好きじゃないんですってば。本当は漫画雑誌の編集を狙ってたんです」

私がオカルト情報誌の『ミステカミステリ』編集部に配属されて、既に一ヶ月が経過していた。

雑誌のネタ集めと川畑さんの趣味を兼ねたオカルト取材には、既に両手で数えきれないほどに同行させられた。しかし未だに幽霊の類いに慣れることがなかった。この仕事は私の想像を越える出来事、想像すらできないような出来事が日常茶飯事のように起こるのだ。


「オカルトは空想マンガ以上にたぎ現実リアルだよ」


川畑さんはニヤリと口角を上げると、足を怪我したダチョウのような歩き方で私の先を行く。どうやら本人はスキップを踏んでいるつもりらしいが、運動神経がまるでない。

その小さくなっていく背中を見失わないほどのペースで追っていくと、十分ほどで目的地に到着した。


ネットフェンスで囲まれた広大な敷地内に、アイボリーカラーの団地が夜に溶け込むようにひっそりと整列していた。一つの階に十部屋が配置されている団地が、縦に四棟、横に二棟、計八棟並んでいる。

その巨大で無機質な建造物はまるで脱け殻のようだった。人々の生活という"中身"がすっかり抜け落ちており、じっと眺めていると空虚感を抱く。

敷地の出入り口には立ち入り禁止と書かれたバリケードが横並びに置かれていた。跨げば容易に越えられる高さだ。川畑さんはその前で立ち止まっていた。


「山田よ、私を待たせるんじゃない。すぐに中に入りたまえ」


「……やっぱり私が先頭ですか?」


「当然だ。このチームの肉体担当として、大いに手腕を振るうといい」


「肉体担当って言われても……」

幽霊に物理攻撃は通用しないじゃないですか。

私が怪異を恐れる最大の理由だった。


「さぁさぁ進め。こんなところでいつまでも駄弁っていると、国家の犬どもが嗅ぎ付けてくるぞ」


「え、また撮影の許可を取ってないんですか? 不法侵入じゃないですか……」

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