第37話

「帝都の住民を皆殺しにしておいて、よくもまあ、そんな厚顔無恥な事が言えるわね」


 エルフってやっぱモンスターなのね、私たち人間とは感覚が違うわ、などと呆れた表情でつぶやくファニス。


「あ、アレはそもそも、帝国が悪いんじゃないの! 亜竜復活をもくろむ邪教集団を野放しにしていたのだから」

「なんですって?」

「私たちが帝都を攻撃する羽目になったのだって、帝国が亜竜復活を止められなかったからじゃない!」


 私たちは、世界を滅ぼすと言われる亜竜退治のために戦ったと言うのになぜ責められなければならない。

 本来なら、帝国が復活を阻止しなければならない話。

 それを帝国の代わりに討とうとしただけ。


 結果的に帝都が滅び、亜竜の退治にも失敗したが、それを全てエルフのせいにするのは間違っている、と主張される。


「どういう事かしら?」

「どうやら、オレ達が思っていた裏事情とだいぶ違う様だな」

「あなた達は何か知っている?」


 アール様が身近にいる狂信者たちに問いかける。

 しかし皆さん、一様に首を振られる。

 さすがに、帝国で厳しい情報封鎖をされている帝都消滅に関しては、まだ十分な情報を収集できていない様だ。


 エルフは自分たちがモンスターだとバレるのを恐れて帝都を襲った訳じゃないのか?


「もう一度だけ聞くわ、あなた達エルフが帝都を襲ったのは、亜竜を退治するためだった。これに間違いはない?」

「ええ、そうよ」

「信じるの?」


 スリフィがファニスにそう問いかける。


「信じるか信じないかは、今は問題じゃないわ。エルフがどういった主張をしているか、が知りたいのよ」

「ふ~ん、明らかにメテオは亜竜を避けていたし、王城なんて滅多打ちじゃな~い?」

「まっ、その通りなんだけどね。ただ、先制攻撃をする以上は建前が必要な訳よ。それがエルフの秘密を守るためか、亜竜復活阻止のためか、じゃ大きく違ってくるわね」


 エルフが帝都を襲った理由はさまざまな憶測が流れているが、結局のところはっきりしていない。


 なぜなら、帝都を襲った本隊は早々に世界樹のある聖地へ隠れてしまったからだ。

 なんのために帝都を攻撃したのかは、他のエルフたちには知らされていない。

 かといって、世界樹のある聖地まで追いかけてく訳にもいかない。


 なにせそこはエルフの一大拠点だ。


 深い森は進軍を阻み、ゲリラ戦に長けるエルフからは攻撃を受け放題。

 帝国自体も多国籍軍からの襲撃を受け、反撃まで手が回らない。

 そしてこのエルフのお姉さんは、そんな隠れていたエルフの本隊に参加していた人だと言う。


「結果的に作戦は失敗。帝国国民にも多大な犠牲を出してしまった」


 帝国は帝都を攻撃した私たちを許さないだろうから、帝国が滅びるまで身を隠す事にしたと言う。

 それで、ここ1年ほどはずっと息をひそめて暮らしていた。

 しかしある日、そんな場所へ一人のエルフの女性が訪れた。


「その彼女は言った、あなた達のせいで全てのエルフが迫害を受け、殺され続けていると」


 そんなバカな事があってたまるか、と聖地を飛び出したのだが、彼女の言う通りであった。

 襲撃とはまったく関係ないエルフたちが襲われ、捕らえられている。

 そこで私は、帝国の貴族に接触し、真実を伝えエルフの迫害を止めてもらおうとした。


 するとその帝国貴族は、ここに居るというシフ・ソウランを連れて来いと言った。


 彼を旗印にすればエルフの迫害もおさえられるかもしれないと。

 シフ・ソウランの言葉なら帝国貴族は従わざるを得ない。と。

 どうして、オレ?


「シフは私を除けば、皇帝陛下の唯一の身内だからね。むしろ私より歳が上だから、序列が上になるかもしれないわよ」

「意味が分からないんだが?」

「現存する陛下の唯一の夫ってことじゃな~い?」


「いや、夫になったつもりはないぞ」


 たとえ候補であろうとも、後宮にいて館を与えられたなら、それはすでに夫と同様の扱いになる。

 もちろん、本夫・側夫には劣るが、その本夫・側夫はもう誰一人として生き残って居ないのだ。

 その次となると側夫候補が序列として残る。


「そういう訳で、起死回生の一手としてシフをダシに使おうとしたのかもね」


 またしても、生命の危機でしょうか?

 ほんと、終わらねえな、この負のスパイラル。

 良く、不幸な人は前世で悪い事をしたんだろうと言われるけど、オレの前世はそんな悪人じゃなかったはずなんだが……


「その帝国貴族が、彼を持ち上げてその説明をすれば、エルフの迫害も収まるだろうと言ったのよ」


 ファニスが頭を抱えている。

 エルフって……そこのアレより無能よね。とつぶやいている。

 一瞬、周りの女性陣から殺気が走ったので、慌てて視線はそらしたが。


 あんまり危険な事を口ずさむなよ、ここは狂信者の本拠地だぞ?


 命がいくらあっても足りやしない。

 アレ? もしかして、この1年は平和だと思っていたけど、実はそうじゃなかった?

 偶々、何事もなかっただけで、火薬はそこら中にばらまかれていたのじゃ?


 ほんのちょっとの火種で大爆発を起こしかねないぐらいの。


「言っとくけどね、エルフの迫害はもう止まないわよ」

「そうね、今やエルフが憎くて迫害している訳じゃないわ。迫害することで利があるからこそ、そうしているのよ」

「それにどんな理由であろうと、大虐殺を行った事実は変わらない」


 知っている?

 亜竜が殺した人の数より、あなた達の魔法で死んだ人間の方が、圧倒的に多いのよ。

 とファニスはエルフに伝える。


「わ、私たちはこれでも、人間たちを守ろうと思って……」

「そう? あなたは心の底からそう思っている様だから言ってあげるけど――――――騙されたのよ、あなた達は、たぶん、同胞にすらね」

「そ、そんな……」


 そもそも、たかが亜竜に世界を滅ぼせるほどの力はない。

 亜竜にそんな力があるのなら真竜がとっくの前に世界を滅ぼしているわ。

 真竜ですら無理な事を、亜竜ごときができるはずがないでしょ。


 と、ファニスは言う。


 まあ、本当はありえない事もないんだよなあ。

 事実、スリフィが言う歴史では世界の半分を滅ぼしたそうだし。

 そこまで出来るという事は、場合によれば全部できてもおかしくない。


 とはいえ、それを知るのはエルフには居ない。はずだ。


「さらにね、あなた達の魔法は明らかに亜竜を避けていたわ。狙っていたのは王城やその周辺」

「そ、それは、初めて行う試みであったから命中精度が……」

「残念なお知らせがあるわ。あの魔法を模倣した帝国魔法軍は、最初から精度は高かったわ。むしろ狙った場所以外に落とす事の方が難しいほどよ」


 さらに亜竜は無傷で帝都を脱出している。


 狙っていて、一発も当たらないなど、まずありえない。

 その結果から答えるに、エルフと亜竜は結託して帝都を襲い、意図的に全市民を虐殺した。

 それでもなお、自分たちが無罪だと言い張るのなら、亜竜を倒す実力もない者がいたずらに戦禍を拡大させた事になる。


「そう言うのをね戦犯と言うのよ、どちらにしろ許される訳はない」

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