第36話

 しかし、さすがは村人のほとんどが狂信者なだけある。


 背中に何かを突き付けてオレを脅してきた女性は、すぐにお縄になった。

 なにせ、ここの村人のほとんどはスパイ連中が集めて来た元傷痍軍人。

 そこらで陽気に笑っているおっちゃんでも、戦場で死線をぐぐり抜けて来た勇者たちだ。


 そんな人々の目をごまかせながらオレを連行できる訳がない。


 談笑しながら普通に歩いてきた二人が交差した瞬間、オレの後ろにいた女性は地面に抑え付けられていた。

 そのまま村の教会に連行される。

 相手はどうやらエルフだったようで、すっとんで来たファニスによってボコボコにされていた。


 そのうち、これから尋問を開始するから、と言われて、オレは教会を追い出される。


 ほどほどにしておけよ、と言っても、大丈夫、殺しはしないから、と不敵な笑みで返される。

 全然、大丈夫じゃなさそうなんだが。

 とりあえず、オレは急いでアール様の元へ向かう。


「いや、久々におっそろしいファニスだったよね」

「シフ様に傷をつけたのです、アレぐらいは当然では?」

「あっ、リューリンもそっちなんだ。やっぱ帝国の人たちはちょっとネジが飛んでるね~」


 変な所で感心しているスリフィ。


 オレに傷を付けたと言っても、血の一滴すら出た訳でもない。

 ちょっと皮膚に傷がついた程度。

 なのにあのエルフの顔は倍ぐらいにはれ上がっていた。


 その後も教会から悲痛な悲鳴が響いていた。


 途中でこちらに向かって来ていたアール様と合流する。

 エルフが潜入していたのを、誰かに聞いて駆けつけて来たそうだ。

 一緒になって教会へ戻る。


 教会に一歩踏み入れた途端、ムワッと変な匂いがする。


 拷問室の扉の下から血が流れ出ているのですが……

 どれだけひどい事が、この向こうで行われているのか。

 この扉、開けたくないんよ。


 と、思っていたところ、扉が開いてファニスが顔を出す。


「そろそろ来る頃だと思ったわ、まだ息があるから早く治してよ。2週目に入るから」

「何を言っているのよあなたは! うわっ、ひどっ……ちょっとシフは見ない方がいいわ」

「ちょっとファニス、いくらエルフが憎いと言ってもやりすぎじゃな~い?」


「えっ、別に私はもう、エルフなんて憎んでないけど?」


 予想外の事を聞かれた、という顔をしてスリフィの方を見やるファニス。

 いやいや、だったら何この惨状、とスリフィが問いかける。

 どこが? まだまだ生ぬるいわよ、エルフは憎んでないけど、シフに傷を付けた奴は殺す、いや殺すじゃまだ生ぬるいわね。などと仰る。


 そんな事を言うファニスにさすがのスリフィもドン引きだ。


「絶妙に治しやすい感じで傷つけているわね」

「拷問には我が家の一家訓があるわよ、生かさず殺さず痛み付けろ、ってね」

「いやな家訓ね……さすが帝国の皇家だけあるわ」


 アール様が癒し終わったと言うので、オレもその部屋に踏み込む。

 下は辺り一面が赤く染まっており、あちこちに人間の残骸の様な物が飛び散っている。

 モザイク必須のお部屋だ。


 椅子に括り付けられているエルフの服もボロボロでほんとんど全裸に近い。

 こっちもモザイクがいるなぁ。

 ぐったりと項垂れて意識がない模様。


「それで口は割ったの?」

「そういう所が拷問の素人なのよ、初日で吐くような言葉は信用しちゃダメよ」

「へっ?」


 最初はとにかく痛めつける。

 相手が何を喋ろうと無視する。

 何かを聞くのは心が折れてからだ。


 などと仰る。


「姉様はいつも無言で暴力をふるってくる、だからとても怖かった」


 昔を思い出したのか、リューリンちゃんが震えた声でそう言う。

 このエルフも相手が悪かったな。

 ファニスじゃなければここまでひどい事にならなかっただろうに。


 そのエルフに対して「いつまで寝てんのよ」と言って魔法で生み出した水をぶっかける。

 その水は、どうやら熱湯だったようで、悲鳴を上げてエルフが目を覚ます。

 エルフは目を覚ますとすぐに自分の体のあちこちへ視線を向ける。


 そしてホッと息を付く。


「げ、幻覚などで私が落ちると思ったら大間違いよ! いくら拷問されたところで・・ギャッ!?」


 ブスリとそのエルフの左目にナイフを突き刺すファニス。


「幻覚だと思っているなら勝手に思っておけば? 私は困らないわよ」

「ギャァアアアア、目が、私の目がぁああ!!」


 目玉をえぐり取り地面にたたきつけた後に、足の裏で踏みにじる。

 ヒェ…………本当にエルフを憎んでいないのでしょうか?

 憎んでもない人に、ここまでやれるものなのか?


 どうみてもサイコ人なんですが。


「止めなさいファニス。それ以上するなら、私はもう回復しないわよ」

「なんで? コイツはシフを傷つけたのよ、普通の拷問で済ます訳がないじゃな~い?」

「あんたねえ……いい加減にしといた方が良いわよ、見てみなさい、シフがドン引きよ」


 そう言われてファニスがオレの方を向く。


「あ………………いや、そのなにね、私もここもまでやるつもりはなかったのよ?」


 ちょっとほら、死ぬより恐ろしいという恐怖を植え付けようとしだだけで、と言う。

 いやそれ、やる気にミチミチすぎじゃね?

 しかも、2週目を視野にいれているし。


「まあとにかく、ファニスが正気に戻ってくれて良かったわ」


 そう言ってエルフの左目を癒すアール様。


「えっ、目、目が…………どうして……?」

「そいつは聖女よ、なのでいくらでもあんたを癒してくれる。その分、拷問が伸びるわけ、さっさと話した方が身のためよ」

「…………せ、聖女ですって!?」


 エルフは目を見開いてアール様を見つめる。


「せっ、聖女様がどうしてこんな田舎に居るの……?」

「なんでも左遷されたそうよ」

「えっ…………聖女を左遷? 意味が分からないわ」


 そう言ったあと、ハッとした表情でファニスを見やる。


「まさか……!? ファニス・ヴァルキシア――――あなたは帝国皇女じゃ……」

「今はただのファニスよ」

「生きて…………そう、ヴィン王国と手を組んで、いや、ヴィン王国を内から滅ぼすつもりね」


 あながち、間違っていなさそうで、怖い。


 このままいくと、結果的にそうなるかもしれない。

 なんとかアール様が狂信者どもを制御できれば良いのだが。

 アール様…………回復魔法以外は無能だからなぁ。


「ねえ、なにか失礼な事を考えていない?」

「気の所為ですよ?」

「そうかしら……? まあ、それより、あなたはなぜ、シフを攫おうとしたの?」


 そうエルフの女性に問いかけるアール様。

 するとエルフの女性は答える。


「エルフを、人々からのエルフに対する迫害を止めてもらうために……」

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