第36話 ダンジョンボス

 翌日の午後。

 俺はまた、ダンジョンを訪れていた。


 今日は複数のクラスと合同訓練なので、ダンジョンの入り口には大勢の生徒たちが集まっていた。


 一年生になったばかりの生徒たちで正式なチームを組んでいる人は少数だ。

 みんな、今日も今日とて仮チームメンバー選びに忙しそうだ。


 ただし、最初から示し合わせたように組んで固まり、時間が過ぎるのを待っている連中もいる。


 きっと、中等部からの付き合いで将来はあのメンバーでチームを組むのが決まっているのだろう。


「ねぇクラウスくぅん、あたしと組もうよぉ」

「いや、今日はオレと組もうぜ!」

「私と貴方なら、良いチームを組めると思うのですがどうでしょうか?」


 早くも見慣れた光景に、俺は軽く溜息を吐いた。


「やれやれ、相変わらず人気だな」

「そうだねぇ」


 俺の隣で、ハロウィーも頬をかいた。

 俺らの視線の先にいるのは当然、平民科首席でみんなのヒーロー、クラウスだった。


「ごめんねみんな。君たちの期待には応えたいんだけど、今日は先約があるんだ。ラビ」


 クラウスは俺らに向かって軽く手を上げると、親し気に歩み寄ってきた。


「昨日の申し出を受けてくれてありがとう。今日は有意義な時間を過ごそうか」

「ああ。こっちも頼む」


 利用するようで悪いけど、クラウスとの共闘はこちらもメリットが大きい。

 クラウスも俺の戦力が目当てみたいだし、お互い様だろう。


「それで、昨日言っていた仲間はどこだい?」

「この子だよ。ハロウィー」


「うん。わたしハロウィー。武器は弓で後方支援を務めるよ。ただ得意なのは狙撃だから、速射は期待しないで」


「ハロウィーを守る壁役はこいつらが担うから、クラウスは前の敵に集中してくれて大丈夫だぞ」


 俺の足元で、イチゴー、ニゴー、サンゴー、ヨンゴー、ゴゴーがバンザイポーズを取った。


 俺としてはハロウィーが足を引っ張ることはないと懸念点を払拭したつもりだけど、クラウスは不思議そうな顔をした。


「……昨日、隣にいた子だよね? どうして、いや……」


 クラウスはふと、視線を伏せて思考にふけった。

 それから、何かを悟ったように顔を上げて、穏やかに笑った。


「なるほど、そういうことか。ラビ、君は優しいね。僕が思っていた以上だよ」


 どうやら、クラウスは他人の気持ちに聡いらしい。

 そして、かなり頭の回転が速い。


「なんか見透かされているみたいで恥ずかしいな」

「ごめんよ。けど君にはその美点を大切にして欲しいな。そしてラビに大切にされているハロウィーも、きっといい人だ」


 歯の浮くような恥ずかしいセリフを真顔でスラスラと口にするクラウス。

 けれど、そこに芝居がかった雰囲気はまるでなく、何もかもが自然過ぎた。


 きっと、これが素なんだろう。

 本人にキザの認識は無いに違いない。


「じゃあちょっとついてきて。先生に下階層へ下りる許可を貰うから」

「え?」


 わけがわからないまま背中を追うと、本当にクラウスは自分の担任から下の階層へ下りる許可を取っていた。


 担任も、十五レベルのクラウスが地下一階をぶらぶらするのは時間の無駄だと、すんなりと許可を出す。


 そのやり取りだけで、クラウスは平民科の生徒でありながら、先生からの信頼も厚いことがわかる。


 ——世の中って不公平だなぁ。


 天は二物を与えずということわざがあるけれど、あれは絶対に嘘だと思った。


   ◆


 体感でおよそ五分後。

 地下一階を最短距離で駆け抜けた俺らは、フロアボスの部屋の前にいた。

 岩造りの壁面に設えられた左右両開きの鉄扉。

 その中央には、何か紋章めいたレリーフが刻み込まれていた。


「よく迷わなかったな」

「昨日の演習で来た時に場所を覚えておいたからね」


 ――どんな記憶力だよ……。


 俺には考えられない地形把握能力である。


「じゃあ扉を開けるけど、安心していいよ。フロアボスのレベルは階層プラス十。つまりここのボスのレベルは十一だ。やろうと思えば、僕一人でも倒せる。ボスには悪いけど、僕らの相性を見るための練習台になってもらおう」


 言いながら両手で扉を押し開ける。


 すると、部屋の中は石畳ではなく土の地面だった。


 広い、ホールのような部屋の中央に、高さ四メートルほどの樹が生えている。


 ボスはどこだと俺が目配りしながら部屋に入ると、樹の幹が裂けて、絶叫が響いた。


「■■■■■■■■!」


 目のように開いた二つの穴の奥に不気味な光が宿り、太い枝が腕のようにうごめく。


 植物型魔獣のトレントだ。

 力と防御力は高い半面、動きは鈍い。


「まずは、誘った僕の力を見てもらおうかな」

「■■■■■■」


 トレントが枝葉を揺すりながら襲ってきた。

 足は遅いけど、巨大な樹木が迫ってくる圧迫感は凄まじく、やや腰が引けた。

 けれど、クラウスは腰の剣を抜くと、果敢に切りかかった。


「遅いよ」


 クラウスが上段から一息に振り下ろした斬撃が、トレントの左腕を切断した。


「■■■■■■■■■■!」


 トレントが激昂する一方で、クラウスは落ち着き払って壁際まで引いた。


「これでトレントの戦力は三割減といったところかな。さぁラビ。今度は君たちの力を見せてくれ」

「あぁ。行けみんな!」

『わかったー』


 イチゴーからゴゴーまでのゴーレムをストレージから出した俺は、全員に突撃を指示した。

 イチゴーたちは次々トレントにロケット頭突きをかましていく。


 そのたび、トレントは表皮を弾けさせながら、体をよろけさせて怯んでいく。


 ――こいつ、マーダー・ホーネット・クイーンよりも弱いな。


「ッ」


 次の瞬間、ハロウィーの放った矢が狙い過たず、トレントの目に命中した。

 植物のトレントにとって、口はただの捕食器官でしかない。

 ただし、目には命の根源が通っていて、弱点とされている。

 トレントは足となる根の動きを止め、その場から動かなくなった。


『かったー』


 メッセージウィンドウがイチゴーたちの勝利コメントに溢れる。

 喜びを表すように一糸乱れぬ動き——やっぱりニゴーだけちょっと遅れている——でくるくるころころとダンスを踊り始めた。


 すると、トレントの死体が消えてストレージ送りになった。

 その様子に、クラウスがきょとんとした。

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異世界ファンタジーランキングで週間38位になっているのを見て嬉しくなりました。ありがとうございます。

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