第34話 論破力!

 頭の中で、百合の花が満開になった気がする。


「それは本当に可哀想だしなんとかしてあげたいけど、実際問題俺は平民科で、貴族に復帰できるめどはついていないんだ。力になってあげられなくてごめんな」

「それもそうか……いや、すまない。取り乱した」


 素直に謝りながら、ノエルは退いてくれた。


 けれど、その弱々しい表情から彼女が納得できていないのは明白で、なんだか罪悪感がある。


 ノエルの美貌は幼少期から群を抜いていて、周囲からていのいいお人形さん扱いされることが少なからずあった。


 騎士としての矜持が強い彼女にとって、それがどれほどの苦痛だったか、俺は嫌というほどそばで見てきて知っている。


 何とかノエルを元気づけられないか。

 そう悩んでいると、俺の膝の上でイチゴーがバンザイをした。


『げんきだしてー』


 俺のウィンドウに表示されたメッセージはノエルには見えないけど、俺の顔に重なって左右に振られる腕に、ノエルが視線を落とした。


「む、もしやそれが貴君のゴーレムか?」


 ノエルは子爵家令嬢だけど、他の貴族のように嫌そうな顔をしなかった。

 理由は、俺のシュタイン家とは付き合いが深く、ゴーレムに慣れているからだろう。


 加えて、自分自身が女騎士ということである種の偏見を持たれ苦労しているせいか、彼女は昔から風潮に流されたり、他人に対して偏見を持つことがない。


「そうだぞ。他のゴーレムと違って自分で考えて動く、イチゴーとニゴーだ」

『こんにちはー』


 と、言いながらイチゴーが俺の膝からころりと落ちた。

 ころころ床を転がって、ノエルの足にこつんとぶつかって止まる。


「ッッ~~~~!?」


 ノエルの顔が真っ赤になり、感情を押し殺すように唇を硬くした。


『なにをしている?』

『おちちゃったー』


 見下ろすニゴーを見上げるイチゴー。

 二人の仕草に、ノエルはほっと口を開けた。


「か、かわいぃ……」


 どうやら、ノエルにはイチゴーたちのかわいさがわかるらしい。

 ハロウィーに続きノエルまで。

 心の綺麗な人にしか見えない何かがあるのでは? と思ってしまう。


「くっ、だがラビ、私はこんなことでは誤魔化されないぞ」


 ——誰も何も誤魔化していませんよ?


 イチゴーを抱き上げ抱きすくめ、なでくりまわしながら語気を強めるノエル。

 目を吊り上げているけれど、迫力の欠片も無かった。


「おいおいさっきから情緒不安定だな。一体何がそんなに嫌なんだ?」

「そ、それは……」


 言葉に困ったノエルが口元をイチゴーで隠すと、乱暴な声が飛び込んできた。


「おいおい、平民のクセにナメた態度取ってんじゃねぇぞ」


 ノエルやハロウィーと一緒に視線を向けると、離れた席の生徒に、貴族科の制服を着た生徒が絡んでいた。


「平民のクセに窓際の席を使っていいと思ってんのかよ?」

「テメェらみたいなのが学園の風紀を乱すんだよ」

「か、関係ないだろ。校則にそんなこと書いていないし、お前に何の権限があるんだよ?」


 貴族科の生徒にすごまれた生徒は、意外にも反論していた。

 身分制度の布かれたこの世界では、平民が貴族に逆らうことはタブーだ。

 とはいえ、身分なんて関係ないという、貴族への反骨心を持つ人も一部いる。


「権限以前にマナーの問題なんだよ! 平民はそんなこともわからねぇのか!?」

「オレらの気分を害したことを謝罪しろよ。土下座でなぁ!」


 貴族生徒が平民生徒の胸倉をつかんだ。

 見ていて、反吐が出るような光景だった。


 とはいえ、俺には何もできない。


 貴族ではない俺が何を言っても無駄どころか、被害が大きくなるだけだ。


 けれど心配ない。

 ここには貴族で、正義感の強い騎士様がおわす。


 ノエルはさっきまでのポンコツ具合はどこへやら。

 凛々しい瞳でイチゴーをテーブルの上に置くと、背筋を伸ばして力強く一歩を踏み出した。


「そこまでに――」

「そこまでにしておくんだね。学園内での乱暴狼藉は、この僕が許さないよ」


 ノエルの言葉を遮るように、立て板に水とばかりに滔々と言い切った言葉に、誰もが注目した。


 俺よりも頭半個分高い長身に艶やかな茶髪の美形。

 俺はコイツを知っている。

 確か、一年首席のクラウスだったか。


 前に、他クラスとの合同演習で仮チームを組む時、引っ張りだこだった平民科の一軍スター生徒様だ。


「なんだ、テメェは?」


 貴族科生徒にメンチを切られても、クラウスは余裕の表情だった。


「僕は一年平民科首席、クラウス。おとなしく引き下がってくれないかな? でないと、力ずくでも止めないといけなくなる」


「はぁ、ふざけんなよ! オレらはこの平民を教育してやっているんだ!」

「オレら貴族には平民を導く義務があるからなぁ」

「へぇ、猿のように吼えるしか能が無い君たちにそんな教養があったとは驚きだ」

「んだと!?」


 貴族科の生徒は激昂して顔を真っ赤にした。


「じゃあ教えてくれよ。僕の友達が、君たちにどんな失礼を働いたのかな?」


 友達、という単語に、平民科生徒はぎょっとした。

 あの反応。おそらく二人は初対面だろう。

 彼を友達扱いしたのは、クラウスの方便に違いない。


「こいつが平民の分際で窓際の席を独占するからオレらに譲るようしつけてんだよ!」

「おや? 平民科生徒は窓際の席に座っちゃいけない、なんて校則あったかな?」

「校則以前の問題だろうが!」


 クラウスの口元に、勝利の笑みが広がった。


「つまり、単なる君の願望ってことだよね?」

「ッッ、貴族の要求を断るのは不敬罪だろ!?」

「それは正統な要求を断った場合だね。例えば貴族が通行人に有り金をよこせと言っても平民はそれを断っていい。カフェの席は自由席だ。席は彼が先に使っていた。君らにこの席を使う権利は無いし、彼に席を譲る義務は無い。話は以上だ」


 気持ちよいほどの論破力に、ちょっと感心してしまった。


「はぁっん!? 屁理屈言ってんじゃねぇぞダボが!」

「つうかその制服、テメェも平民じゃねぇか! 不敬罪で殺すぞ!」

「じゃあ一緒に学園長室に行こうか? 自由席に先に座っていた生徒に席を譲れと恫喝して暴行を働いた君たちを学園長はきっと褒めてくれるだろうね。何せ貴族として平民をしつけ教育してあげたのだから、これは表彰ものだ。ねぇ皆さん?」


 クラウスは爽やかな笑みで語りながら、周囲に同意を求め巻き込んだ。

 すると、さしもの貴族科生徒も平民科生徒の胸倉から手を離した。

 流石に、自分たちの行為が越権行為だと、彼らも自覚しているようだ。


「テメェ……それで勝ったつもりか、口先だけの優男が……」


 貴族科生徒が、腰の剣に手をかけた。

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 私の論破力は53万です。嘘です。

 論破して遊んでいる人の理屈ってだいたい正論じゃなくてただの屁理屈な気がするのは私だけかな?

 正論て正しい理論なんだから本当の正論だったら人を幸せにできると信じたい。

 ちなみに作者は正論が大好きです。漫画やラノベの正論シーンとかいいですね。こち亀とかけっこう正論多いですよ。

 

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