第27話 ゴーレムたちからのエール

 そこで彼女も、緊張の糸が切れたようにがくんと膝を落とした。

 モリハイエナの死体が消えて、俺のリザルト画面とストレージ画面が表示された。


「大丈夫かハロウィー!?」


 いつの間にか戻った息を吐き出して、俺は彼女に駆け寄った。

 彼女は辛そうな顔で虚勢を張るように笑みを作り、俺を見上げてくれた。


「うん、だいじょうぶだよ。それよりもこの子が」


 力なく落としたハロウィーの視線の先では、痛々しい傷跡だらけのサンゴーが転がっている。


「ああ。サンゴー、時間を稼いでくれてありがとう。お前がいなかったら、間に合わなかったかもしれない」

『おやくにたててなによりなのだー』


 全身ヒビだらけでも、サンゴーの口調は呑気だった。

 ゴーレムだから痛みも恐怖も感じない?


 そんなわけがない。


 水遊びを楽しめる感情があるんだ。

 壊れ、機能停止する恐怖だってあるに決まっている。


 いつもと変わらない口調は、俺らに心配させないようにという、サンゴーの気遣いに他ならない。


 小さな巨人。

 そんな言葉がぴったりの騎士様に最大限のねぎらいを込めて、俺は魔力を集中させた。


 ゴーレム生成スキルを応用した、ゴーレムの復元。

 サンゴーの体が青いポリゴンに包まれると、新品同様のサンゴーが出てきた。


『ぴかぴかなのだー』

「あぁ、ぴかぴかだ」


 自慢げにお腹を突き出すサンゴー――たぶん胸を張っているつもり――の頭をなでまわしてあげた。かわいい。


 イチゴーたちがサンゴーを取り囲み、俺の真似をするように頭や背中、お腹をなでまわし始めた。


『サンゴーがんばったねー』

『サンゴーすごい』

『そこにしびれるあこがれるっす』

『サンゴーつよいのです』

『ますたーがまもってくれたからだいじょうぶだったのだー。こわくなかったのだー』


 サンゴーは、みんなに任せておいて大丈夫そうだ。

 草地に座り込むハロウィーに、俺は向き直った。


「それで、どうしてこんな森の奥に一人でいたんだ?」


 元からマーダー・ホーネットのいる場所は、一年生が立ち入るには森の奥過ぎた。

 そこから水場を求めてさらに奥へ進み、ここはさらにその奥だ。


 自分の力量をわきまえない生徒ならともかく、ハロウィーのような常識人が一人でこんなところに来るとは思えない。


 すると、俺の問いかけにハロウィーはうつむき、辛そうにくちびるを引き結んだ。

 言っても良いのか、逡巡するように視線を逸らしてから、彼女は罪を告白するようにしてぽつりと漏らした。


「わたし、ソロになろうと思って……」

「え?」

「先生に言われたんだ。みんなチームを組みましょうって。でも、わたしとは誰も組んでくれなくて。それでソロでもやっていけるよう、たくさんレベル上げないとって」


 彼女の声は徐々に熱を帯びて、まくしたてるようになっていく。


「でも、弱い魔獣相手じゃいくら倒しても全然レベルなんて上がらなくて、このままじゃ卒業までにソロで戦えるようにならないって思って、それで森の奥の魔獣を物陰から狙撃すれば、わたしでも倒せるんじゃないかなって思ったの、でも」


 ハロウィーは言葉に詰まってから制服の裾を両手でぎゅっと握った。

 そして、すぐに何かを諦めたようにして手をゆるめて、顔を上げた。


「むり、だったよ……」


 自嘲気味な苦笑に、俺は胸を締め付けられた。


「がんばったんだけどね、直前でモリハイエナに気づかれちゃって。バカだよねわたし、狙撃すればだいじょうぶって思っていたけど、矢の存在に気づかれたら弾かれて当然だし、飛んできた方角からわたしの居場所もバレるに決まっているのに……」

ハロウィーはまるで探偵に追い詰められて観念した犯人が身の上話をするように、弱々しく言葉を紡いだ。


 ――俺のせいだ。


 いくらハロウィーの狙撃が遅いといっても、一人も組んでくれないわけがない。

 原因は俺だろう。


 昨日、みんなはハロウィーが俺と一緒にいるところを見ている。


 どうせハロウィーは元貴族の俺とチームを組むとか、元貴族に媚びを売っている女子、という印象を受けてもおかしくない。


「ッ…………」


 岩のような罪悪感で胸が締め付けられるような想いだった。

 ハロウィーの人生を狂わせてしまった。

昨日、将来の夢を語る希望に満ちた彼女を思い出して胸の奥が辛くなった。

 だけど、今の俺にできることはなにもない。

『ますたーだいじょうぶー?』

『なにかちからになれませぬか?』

『げんきだすのだー』

『ますたーしょんぼりっす?』

『ゴゴーがいいこいいこしてあげるのです』


 俺が落ち込んでいると視界の端。

 メッセージウィンドウでイチゴーたちが俺にエールをくれた。

 それでみんなを振り返り気づかされた。

 

 ――待てよ……いまの俺ってチートじゃないか?


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自慢げにお腹を突き出すサンゴー――たぶん胸を張っているつもり――

この部分が好きです。

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