第23話 ひょんなことから



 しばらく歩いて、イチゴーが案内してくれたのは大きな川だった。

 川幅は広いけれど底は浅くて、流れもゆるやかだ。

 これなら、足を取られておぼれることもないだろう。


「よしみんな、川に入れ」

『わーい』


 俺が靴と靴下をストレージにしまい、ズボンのすそを上げている間に、イチゴーたちは次々川に飛び込んでいく。


 そして、足を上げた子はぷかぷかと浮かび始める。


「お前らって水より比重軽いんだな」


 太鼓のように太くて丸い体なのに体重は赤ちゃん並なら当然かと、納得する。


 裸足になってから、俺は遅れて入水。


 春の水温は適温だけど、森の中を歩き回って熱を帯びた体にはひんやりと感じられて、気持ち良かった。


 それから、イチゴーたちの体を手で洗い始めた。


 イチゴーやゴゴーのような甘えん坊、ニゴーのような隠れ甘えん坊は俺の前に整列して、おりこうに順番待ちをする。


 一方で、ヨンゴーのようなやんちゃは、ばしゃばしゃと水飛沫を上げて遊んでいた。


『どんぶらこなのだー』


 洗い終わったサンゴーがくるくると回りながら川に流され遊び始める。


「そのまま川下まで流されるなよ」

と注意をしてから、俺はヨンゴーを洗い始める。


「あれ? これ落ちないな」

『ハチにぶっかけられてベトベトっす』

「あ~、蜜蝋か。イチゴー、蜜蝋を落とす方法ってあるか?」


 神託スキルで尋ねると、イチゴーは即答してくれた。


『ストレージにしまえばだいじょうぶー』

「え?」


 ストレージスキルを発動させると、ヨンゴーの汚れが余さず消えた。

 続けて、他のみんなの汚れを範囲指定すると、みんなぴかぴかになった。


「あぁ~~~~」


 盲点過ぎる結論に、俺は肩を落とした。

 何をごしごしと頑張っていたんだかと、情けなくなる。


 けどすぐに気を取り直した。

 つまり、これでもう掃除や洗濯には苦労しなくて済むということだ。


 貴族科の寮にはメイドさんたちがいて、掃除や洗濯は全て彼女たちがやってくれていた。


 一方で、俺の暮らす平民寮は全て自分でやらなくてはいけない。

 でも、その心配はいらなさそうだ。


 それがわかっただけでも収穫だ。

 それに。


「…………」


 バシャバシャと水遊びに興じるイチゴーたちの姿に、自然と頬がゆるんだ。


 ――みんな、楽しそうだしな。


 汚れをストレージ送りにして、はいおしまいでは時間短縮になるけど味気ない。


 温かいお風呂には入りたいのが人情だ。

 これからも、俺は時々イチゴーたちを水やお湯で手洗いしてあげたいと思う。


「じゃあみんな、綺麗になったところで、未踏破エリアを散策だ。もっと新素材を見つけよう」


 メッセージウィンドウにニゴーの顔アイコンが映る。


『ねらいはありますか?』

「ないな。とりあえず何か作る魔獣がいればとは思うけど、そんな奴そうそういないし」

『ゴゴーもつくれるのです』

「へ?」


 首を回すと、ゴゴーが川べりの平たい岩を机代わりに、何かをこねていた。


「それってもしかして粘土か? どこにあった?」

『そのへんにたくさんあるのです』


 ゴゴーに言われて得心した。


「そういえば粘土質の土って川とかに堆積するんだったな」


 俺が理科の授業を思い出す間にも、ゴゴーは粘土をこねこねもにもに、指の無い丸い手で器用に何かをねっていく。


『できたのです』


 岩の上には、一つの人型と、五つのお饅頭みたいなもの。


『なんだ? ヒトデとボールか?』

『ちがうのです!』


 ニゴーの反応に、ゴゴーがちょっとスネた。

 ぽこぽこと叩かれ、ニゴーは慌てる。

 一方で、俺はゴゴーの気持ちになって考えてみた。


「これって、俺たち?」

『そうなのです♪』


 流石マスターとばかりに、ゴゴーは機嫌を直して俺の膝に甘えてきた。

 無表情だけど、ニゴーはちょっと安心しながら反省しているように見える。


 ——まじめでいいこだなぁ。


『イチゴーはマスターにけんをもたせるー』

『ならわれはさやをつけるのだ』


 イチゴーとニゴーも粘土遊びに参加。

 ゴゴーの作った俺に剣や鞘を追加していく。


 その姿は幼稚園児そのもので、なんともほっこりとした気分になる。

 いつまでも見ていたい。


『じぶんはマスターにツノとツバサをさずけるっす』

「それはやめろ」


 ヨンゴーにツッコミを入れると、水の音に意識を引かれた。


 川のせせらぎではない。

 バシャリという大きな水の跳ねる音だ。


 首を回すと、大型犬のようなサイズの青いネズミが魚をくわえて川から上がるところだった。


 オレンジ色の長い前歯と、ダイバーが足につけるフィンのようなしっぽが特徴的で、つい目を引かれた。


 この異世界に十五年暮らした俺の知識には無い魔獣だ。

 けれど、前世の俺は、あれを知っている。

 少しマイナーな動物だけど、あれは確か。


「ビーバー型の魔獣か」


 ビーバーとは、半水棲の哺乳類で、ネズミのような前歯で木を噛み削り倒して巣を作る動物だ。


 前に動物番組で、人間以外で唯一環境を変える生物と紹介されていた。

 多くの木を倒し、川にダムを作り、水の流れをゆるやかにする。


 そうして自分たちの住みやすい川に作り替えて巣を作るのだ。

 その生態は、さながら森の大工といった風情だ。


 前歯がオレンジ色なのは大量に含んでいる鉄分が酸化しているかららしい。体に天然の大工道具を持つ生物など、ビーバーぐらいのものだろう。


 ――そうか、こんなに川幅が広いのに流れがゆっくりなのは、あいつがいるからか。


 おそらく、川上へ行けばあの魔獣が作ったであろうダムが拝めるだろう。


 ――待てよ。


 そこで、俺は閃くものがあった。

 森の大工。

 木を加工してダムや巣を作る。

 もしやと思った俺は、すぐに叫んだ。


「みんな、あいつを逃がすな! ストレージ送りにするんだ!」

『わかったー』

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まるくて水にぷかぷか浮かぶゴーレムを想像するとブイとかビーチバレーボールを想像します。

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