第20話 犯していた過ち
何の因果だろう、余計なことと拒絶されてから、私の生活に晴れ間がなくなった。
その日の翌朝、登校する前にスマホに水無月くんからメッセージが届いていた。それには風邪をひいて休むから、今日は教えられないというものだった。お大事にと送り返したのだけど、躊躇もあって。余計なことをまたしたくなかった。もちろん青葉さんにも遅れていない。それから水曜日、木曜日と二人共お休みが続いた。昼休みをどう過ごしていいか分からなくなって、今までどうしていたかも思い出せなくて。綾音ちゃんは美術部で何やら忙しそうだから、完全に手持ち無沙汰になっていた。追い討ちをかけるように、私に注がれる厭な視線と小声が増えている気がする。もう、色々な笑い声が私に向けられた嘲笑な気がしてきた。しかも、雨も学校にいる間は降り続いていて、あそこに逃げることも出来ず。八方塞がりで身動き取れないまま心にひたすら傷が生まれては消えていった。
そして今日、金曜日になると天気は今までの反動みたいに快晴だった。さらには休みも間近。本来なら気分は上がるのだろうけど、私はそんな気持ちとは反対で。
何とか目を覚まして、スマホからブルーライトを浴びようと画面を開くと、通知が来ていた。水無月くんからで、まだ行けそうにないから代わりにお水を上げて欲しいということだった。
私はいつもより早めに家を出た。ちょっと違う時間に出ると、空気や香りが新鮮で、空の笑顔も相まって多少は気分が良くなる。校門をくぐると、まだグラウンドではサッカー部とか野球部とか、陸上部の練習の音があって、校内に入ると人の気配が少なく、無人の教室は別世界のように感じられた。リュックをロッカーに押し込んで、また階段を駆け下りて靴を履いて体育館裏のベンチへ。久しぶりに見た花は力なく俯いていて、今にも倒れてしまいそうだった。
「やばっ」
私はベンチの下に置いてあったジョウロを持って学校裏の水道に走った。満杯ギリギリまで水を入れて急いで戻る。意外と重くて、地面に足がつく度に体が揺れて、水もポロポロ溢れた。
ベンチに座わり、慎重にジョウロを一旦花瓶と私との間に置いて一息ついた。
「えーっと……」
秘密と言ってもぱっと出てこない。最近の影響で、あの日の事がちらつくけれど、見られる可能性を考えるとそれはなし。というかバレても良い秘密なんてない。だから隠しているのだし。
「……」
今更ながら秘密を開示することにひどく抵抗感を覚え出した。それをはっきりと認識した瞬間に、私がしてきた秘密を覗く行為が一気にフラッシュバック。そのことに強い嫌悪感を抱いた。
「最低だ……」
彼の好意を良いことに見ないふりをしていた。それも彼は認識していないからより悪質なことをしていて。
秘密を見られるって、どんなものでも恥ずかしいし抱え込んだものを強引に取り上げられたようで嫌だ。そりゃあ嫌だろうなとはわかっていたけど、それは想像力も働いていないし、ただの文字の羅列みたいに捉えていた。
綾音ちゃんとの会話で感じた嫌な予感は完全に当たってしまったみたいだ。色んなことが連鎖した。でもそれのほとんどは自分が蒔いた種。自業自得だ。
「……」
私がやったことは許されることなんかじゃない。彼に謝罪しなくちゃならないだろう。でもその前にやらないといけないことがあって。
私の秘密、それは水無月くんにした今までのこと。それを思い出しながら、水を上げた。所々、青葉さんに拒絶された映像がチラついた。これは自分に対しての罰だ。全てのことを彼に伝える。
水やりを終えて、私は残った中身を雑草達にぶちまけて教室に戻った。続々とクラスの人達が登校して騒がしくなっていく中、私は突っ伏して寝たふりをしながら、脳内で自己批判と自己嫌悪を繰り返した。
授業もほとんど上の空で、頭から抜けた内容をノートに写すことしかしなくて。悪い意味で時間はあっという間だった。
給食は美味しく感じず、こうなることを見越して量を最低限に減らしていて正解だった。そして食べ終えたらまた自分を責めた。
三人がいないお昼に居場所はなく、逃げ場所だったあそこにも行く事ができなくて。私は周囲の雑踏に耳を塞いで机におでこをぶつけて目を瞑って過ごした。
短い十分の休みは、綾音ちゃんと談笑するのだけど、やっぱりテンションを上げられず上の空。
そんな風に金曜日で休みが近いというのに、学校を後にするまでずっと低空飛行で、それは家にいても続いた。もう期末テストも近づいていて、勉強をしないといけないけど、まるで身につかない。水無月くんという先生がいなくなって、元に戻ったと言えるかもだけど、落差がすごくてひどくなったように感じられた。
「無理だぁ!」
勉強机に向かうのだけど、十分すると限界がきて、ベッドに放り投げられたスマホに飛びついて、三十分ぐらい動画何かを見てしまう。その愚行を繰り返し、ループする度に意志力のなさに辟易した。
その状況を打開することは叶わない。そのまま月と顔合わせてしまい、振り返ると今まで何をしていたんだろうと、時間をゴミ箱に捨てたみたいな喪失感だけが残ってしまった。
虚無の金曜日に続いて、土曜日と日曜日も記憶上は空白だった。テストの憂鬱と秘密の罪悪感がずっと頭に残っていて疲れが取れず、さらには月曜日が来るのが恐ろしくて、その日その日にフォーカスを当てられなかった。
だからついに訪れた月曜日は、最悪の中の最悪。ズル休みをしたかったけれど、どうせ向き合うことになるからと、重い足で学校へ。
朝の会十分前くらいのギリギリで校門を通り、朝練終わりの人の流れに乗って、水無月くんと鉢合わせないよう祈って昇降口を目指した。会って謝らないといけないのだけど、弱い私は、彼に糾弾される映像を想起するたびに逃げたくなっていて。
「あっ」
だけれど、ゴール直前でばったり合ってしまう。
「え、えと」
多分、あのことは知られたはず。気まずくて目を合わせられず言葉も出てこなかった。
「……ごめん」
「え」
彼から放たれたのは糾弾するような声じゃなくて、周りの音に一瞬で溶け込む小声の謝罪。それだけ言い残して、早歩きで下駄箱に向かっていった。
教室へと向かう途中、授業中、そして休み時間。学校生活の中で、さっきの言葉の真意を状況や表情、状態を整理しながら推理し続けた。だけれど、答えはハテナマーク。妄想家の私でも、どうなっているかの想像が出来なかった。
「わからない」
もう五時間目も終わって十分休憩。私は机の上に置いた両手の上で顎を支えて、前方で和気あいあいと会話している様子をぼーっと視界に入れつつ、彼について考え続けていた。
わかったことは避けられているという点だ。度々すれ違うのだけど、すぐに目を逸らされ俯いていて合わせてくれない。たまたまかもだけも、私を見た瞬間に、私の方に歩こうとしていたのに、何かを思い出したかのように方向転換までされた。
これらの反応はある程度予想できたシチュエーション。けれど、あのごめんという言葉が私を混乱させる。許さないとかひどいとか怒りの刃で斬りつけられるどころか、頭を下げられるなんて。
あの花の力を使えばヒントを得られるだろうか。なんて壁にぶち当たって逃げたいがために、そんな邪な考えも出たけど、すぐ頭を振って落とした。
モヤモヤしたまま今日ラストの授業を受けた。その中でテストのことを示唆され、さらに黒いモヤが頭を満たす。勉強と人間関係どっちの悩みが大きいかと言われれば、後者の方が圧倒的。けれど、追い打ちをかけるように迫るテストのプレッシャーで、不安は増大していて。いつ、抱えきれないほど膨らむかわからない。
そんな雲みたいに掴めない相手と戦っている内に下校時間に。私は綾音ちゃんに別れを告げて、誰よりも先に教室を後にした。水無月くんに会わないように急いで校門を出る。
「苦しいな……」
少し走ったせいで酸素を求めていた。でも、精神的な息苦しさは、お腹を抑えつけられたような感じ。だから、圧力から逃れるしか無かった。でも、どうすればいいんだろう。
私は、どこまでも続く砂漠を彷徨っている人のように、オアシスを欲していた。
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