第17話 遊び終わりに

 それからビデオゲームは程々に、持ってきていたUNOやトランプ等をして遊んだりもした。カードゲームだと、実力は拮抗していて、良い勝負が出来た。ただ、あらゆることで水無月くんは優勢で万能さも見せつけられた。


「……そろそろ勉強しよっか」


 遊びに夢中になっていると時計の針は三時半を回っていて、流石に勉強をやろうと、教科書と向き合うことになった。


「はぁ、年号まで覚えるの面倒くさすぎるよ……何が起きたかだけで良くない?」

「気持ちはわかるが、語呂で覚えるとかで楽するしかないな」

「だよねぇ」


 こうやって口に出してストレスを発散しないと、シャーペンは動かせそうになくて。


「語呂ね……。あたし、語呂で覚えるの何だか負けた気がするのよね」

「ちょっとわかるかも」

「何と戦っているんだ」


 そんな和やかな雰囲気で、雑談を交わしながら各々やるべきことを進める。私は、五教科の授業でやったことを復習して、ワークの問題を解いていった。二人と一緒に勉強していてわかったのだけど、青葉さんは私以上に勉強が苦手みたいだ。私が教えるというレアなことも起きた。

 国語のワークで作者の言いたいことについて考えていると、外から五時を告げるキンコンカンコンというチャイムが流れる。窓からはオレンジ色の光が差し込んでいた。

 夕日を眺めていると、思わず勉強会の出来事を再生してしまう。喜びの残滓が体を覆って、くすぐったくなった。


「ふふっ」

「どうしたのよ、急に笑いだして」

「なんかすっごく楽しいなって思って」


 夕焼けの郷愁感のせいか、体を満たす心地良疲労のせいか、私は心の傷を話したくなっていた。


「……私ね、小六の時に個別指導してくれる塾に通っていだんだ」


 急に語り出してしまったのだけど、二人は口を挟まず聞いてくれる。


「数学を教えてくれたおばさんの講師がいたんだけど、その人が結構高圧的な人で、わからないって聞くと嫌な顔するし、間違えるとすごく責めてきて、怖かった」


 何もない時なら我慢できたけど、メンタルをやられていたタイミングだと、耐えきれるわけなくて。


「だんだんわからないことが恐怖になってきて、それから数学、最後には勉強そのものが無理になっちゃったんだ」


 親に心配かけたくなくて、そのことは言えなかったけどいつしか限界が来た。何とか伝えることが出来て止められたけど、後遺症は残っていて。


「でも、水無月くんに勉強教えて貰って、今日は三人で勉強会して、ちょっとだけど勉強への恐怖が取れて。それが嬉しくて笑っちゃった」

「そう……だったのね」

「ごめんね、変な話ししちゃって」

「いや、力になれていたのなら良かった」


 話し終えていから急激に恥ずかしさがこみ上げてきて、どこかに逃げたくなってきた。


「……顔赤くないか?」

「いやっ、夕日のせいじゃないかな」


 頬の熱は冷めそうになくて。


「……」


 私が話し終えてからの青葉さんは、どこか遠くを見ていて無言だった。


「あっ、そろそろ時間だし帰るね」


 門限は六時くらいなのだけど、このまま居続けれそうにもないので逃げることにした。


「あたしも帰る」


 私が立ち上がると同時に、突然青葉さんも動き出した。

 帰り支度をして部屋を出れば、水無月くんは玄関先まで見送ってくれる。


「じゃあな」

「うん、バイバイ」

「……」


 青葉さんは軽く手を振ってくるっと背を向けてドアを開けた。私もそれに続いて外に出ると、少し冷えた空気が肌をなぞる。コンクリートが朱に染まっていて、夕方の香りを感じた。

 家前に出れば、すぐに彼女とも別れることになる。何せすぐ隣だから。


「青葉さんもまた明日」


 自転車に鍵を差して、座ろうとしようとしていると話しかけられる。


「ねぇ、さっきの話……」

「な、何かな」


 冷えた頬が加熱されそうになる。


「い、いえ。何でもないわ。それよりも、玲士とはどうなの?」


 露骨に話を変えられるも、そのことを尋ねることは出来なかった。


「少しは仲良くなれたかも? でも流石に、青葉さんほどじゃないけどね」

「そう……」


 勝ち気に優位性を誇示されると思ったのだけど、浮かない表情は変わらなかった。


「ま、このまま頑張ることね。順調みたいだしそれじゃ」

「じゃ、じゃあね」


 その応援は、私がレースで手加減しているような感じとは違って、競争に参加していない第三者みたいで。

 何だか、青葉さんのことが分からなくなってきている。気のせいかもしれないけれど、単純なライバルとは違う気がした。

 自転車を走らせると、涼しげな風がさっきまでの幸せな温かさは飛ばされた。頭の中では、青葉さんのさっきの悩ましそうな顔がリピートされ続けていて。空は藍色と橙のコントラストを描いているけど、灰色の雲の軍勢がそれを飲み込もうとしていた。

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