第16話 勉強会(遊び)

 土曜日の朝、部屋の窓から穏やかな日差しが目覚めを手伝ってくれる。どうやら想いは届いたようで、スッキリ起床した。

 午前は、スマホで動画をぼーっと眺めて過ごし、昼になればお母さんが作ってくれたオムライスを食べた。そして身支度を整えれば午後一時。チャットで行くことを伝え、青葉さんの家へ自転車を走らせた。

 場所はそこまで遠くなくて、中学の前を過ぎ、木々に囲まれた通りを駆抜け、その途中に住宅街への入口があって、そのコンクリートの坂を登った。そこから三つほど道が分かれていて、真ん中に直行。一番奥に青葉さんの家。手前には水無月くんの家がある。


「ここか」


 二階建ての一軒家で、外観はクリーミーな白色にオレンジ色の屋根。赤色の車が一台停まっている。

 大人の人が出たらどうしようと考えながら、インターホンを押す。


「はい」


 青葉さんの声で安心しつつ、星乃だよと伝える。間もなく白色のドアがガチャリと開かれた。


「入って」


 ちょっとしたドアまでの階段を登って中に。


「お、お邪魔しまーす」


 最初に感じるのはなんとも言えない別の家の匂いだ。靴箱の上には、習字で夢と書かれたものと花瓶に白い花が挿してあった。置いてある靴は整理されていて、その先には赤色のスリッパが置いてある。


「上がって。それ履いていいから」

「う、うん」


 彼女に連れられて螺旋階段を登る。二階に出たすぐそこに扉があった。そこが青葉さんの部屋のようだけど、右側に通路伸びていてる。和室なのかドア前にスリッパが一つの出迎えがあった。

 部屋の中へ入ると、懐かしい和室の草の香りが不思議な落ち着つく。日本人の性だろうか。

 真ん中に足の低いテーブルが陣取っていて、そこに正座している水無月くんがいた。出口から右側に押入れらしき襖があり、左側には本や教科書、CDが詰まった棚があった。その近くにスクール鞄が立てかけられていて、その上にカレンダーがあり、今日の日付に丸印がつけられていた。ぬいぐるみは棚の一番上に置かれていて、あのタコもいる。


「お茶持ってくるから待ってて」

「あ、ありがとう」


 水無月くんの対面の位置でドアを背にして座る。青葉さんは一度部屋を出たので、二人残された。


「もうやってたの?」


 すでにノートが広げられていてその上にシャーペンが転がっている。


「少し予習してた」

「予習? すごいね、私の辞書には無かったよ」

「何その駄目なナポレオン」


 フランスの偉人だっけ。無意識に出た言葉がその人と近いなんて、誇らしい。

 そんな雑談していると、青葉さんがお茶の入ったコップを持ってきてくれた。水無月くんが青色で私が黄色、そして彼女はオレンジ色だった。

 配り終えると、鞄から筆記用具を出し、左側の本棚を背にして座った。


「……」


 そしてそのまま二人は無言でノートに向き合い始める。シャーペンの筆記音だけが残って。


「え」


 妄想と違うんだけど。もっとこう、会話とかあったりして、なんなら遊んだりして、全然勉強できないなって。それでもちょびっとしてやった気になって終わるみたいな。


「どうしたのよ?」

「分からないことでもあったのか?」


 思った以上に二人共真面目だ。関係性もあるかもだけど、一回一緒に遊んでいるしこうなるとは。


「二人共勉強するんだぁって」

「「当たり前じゃん」」

「ですよね」


 二人から困惑の表情が溢れていた。こうなってくると、お喋りしながら教えてもらってたのは、水無月くん的に疑問符がついていた可能性もある。


「その、勉強会って名ばかりで、少しだけやって、ほとんど集まる口実みたいなイメージだったんだけど」

「ふーん、あたしはしたこと無いからわかんないけど」

「俺も」

「いやごめん。私の勝手なイメージだから、気にしないでやろう」


 余計なことを言ってしまった。郷に入れば郷に従えだ。私も筆箱と歴史の教科書、課題プリントを机に広げた。


「あ」


 教科書を出す際に、その上にあったUNOの束までも出てしまって、青葉さんに拾われる。


「いや、それは……たまたま入ってたというか」


 完全に遊びにきた人ですね、はい。


「……やりたいの?」

「ええとその。はい」


 観念して正直に伝えた。


「他にも、トランプとかこれも持ってきてる」


 携帯ゲーム機も取り出した。


「もう、本当に遊びがメインじゃない」

「あはは」

「俺も持ってきた」


 水無月くんも、色違いの同じものを持ってきていたようだ。


「玲士まで……」

「日向も持ってたよな?」

「はぁ、仕方ないわね」


 楽しげにため息をついた。


「じゃあ、あの日の再戦をしない?」

「何だっけ」

「レースよ。持っている?」


 なるほど。ゲームセンターで決まらなかった決着をつけるということだろう。確かに、おなじシリーズの携帯ゲーム版は持ってきていた。


「あるよ。やろう」

「ずっと気になってたんだが、二人はどういう関係なんだ?」

「ライバルよ」


 彼女が勉強机の引き出しからゲーム機を持ち出した。

 全員で同じソフトを起動してから通信。画面に自分を含めた簡易的な自分を模したのアバター三体が現れた。

 キャラクターは全員自分のアバターを使用することに。


「ルールはどうしようか」

「コンピューターありで、普通のルールでいいと思う」

「わかった」


 ステージをセレクト画面になり、それぞれ数ある中から選んで、最後にランダムで決まる。私は海の中を進むステージを選択。途中で、巨大なウツボも現れる。

 青葉さんは溶岩と砦のステージで、水無月くんはお菓子の世界のステージだった。


「あっ。あたしのになっちゃった」

「得意じゃないの?」

「全然。難しいとこだから、当たったら皆困るだろーなーって思って」


 何という自爆特攻。


「ちなみに、水無月くんが選んだステージは得意なやつ?」

「そんなに。背景とかギミックが、かわい……じゃなくて面白くていい」


 理由が二人で正反対だ。


「あんたはどうなの?」

「ウツボいるから」

「……あんたたち、一応レースゲームなんだけど」


 そんな会話をしている間に、レースが開始された。

 スタートダッシュには成功して、一位で城の中へ入る。荘厳な城内は入り組んでいて、炎や振り子ハンマーなど多数のギミックを避けて進む。


「ちょっ最悪」


 順調に進んでいたのだけど、甲羅をぶつけられ転倒。さらに、爆弾やバナナに連続で被弾し、一気に最下位の一つ前の十一番に。

 マップを見ると、一人だけ圧倒的に後ろにいて。それは青葉さんだった。


「めっちゃ落ちるんだけど!」


 癖なのか、曲がる時にその方向に体も一緒に動かしている。それでいて、壁にぶつかったり崖から落ちたりしているみたいだ。


「って水無月くん速っ。ゲーム全部上手いの?」


 逆にトップも独走状態で、下手したら青葉さんを周回遅れにしてしまうかも。


「結構やっているから」

「コイツ、何でも出来すぎて腹立つのよね」

「何でもは出来ないぞ。俺だって」


 画面に集中していたから定かではないけど、水無月くんのその言葉尻が私へと向いていた気がした。


「はい一位」

「……ぐぬぬ」 


 水無月くんは順当にトップで青葉さんはボトム。そして私は、熱戦を演じるため、十一位のままゴールラインを切った。普通にやれば三位くらいにはなれたと思う。


「お、おかしいのよ。今までなら落ちなかったしダートに入らなかったんだけど」

「アシスタント機能を忘れたんじゃないか?」


 このゲームは苦手な人も楽しめるよう、コースアウトしそうになったり壁にゴツンとなったりしないよう、サポートしてくれるシステムもある。


「それよ! 忘れていたわ」


 途端に勝ち気さが復活。


「もう一回よ! これ無しならあんたには勝ってるわね」

「う、うん」


 流石にサポートありなら、普通にやってもいいかな。

 そうして行われたウツボステージの二回戦でも、青葉さんはゴールする前に順位が決まってしまった。ちなみに、私は二位で水無月くんは首位だ。


「嘘でしょ……」


 ガックシと項垂れた姿を尻目に三回戦、四回戦と行われた。

 最後に四レースの順位で得られるポイントで最終の結果を出す。それで一位は水無月くん、私は最初のレースが尾を引いて四位、青葉さんは最下位だ。


「日向……よくそんなので自信ありげな感じ出せてたな」

「うっさいわね。あんたみたいにゲーム脳じゃないから」

「いや、それにしてもだろ」


 こんな言い合いも幼なじみだからこそなせるものだろう。これには、私も入ることはできなくて。少しの疎外感と距離の遠さが身に沁みた。

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