第13話 三度、西生浦(ソソンポ)へ

 空想時代小説


 文禄2年(1593年)8月、政宗は太閤に呼びもどされた。金海山(キムメサン)の戦いの話を太閤が聞きたいということであったが、小西行長や石田三成が武闘派の政宗を嫌ったというのが事実らしい。まぁ、どちらにしても政宗にとっては好都合の結果であった。さほどの被害がないうちに帰国できるのは朗報であった。

 しかし、十兵衛は違った。ここで帰国しては中途半端にしかならない。と思った。生き残れることは嬉しいことだが、それを皆で感じ取りたかった。特に庄林隼人が気がかりだった。長政の配下に組み入れられ、同僚の雑賀が裏切って朝鮮側に投降するなど立場を苦しくしていることを思うと、助けたい気持ちが強くあった。

 そこで、小十郎にそのことを話すと、政宗の前に連れていかれた。陣屋の中で、すぐ近くに政宗と成実がいる。そこにひざまずいて頭を下げる。

「十兵衛、苦しうない。頭をあげよ」

 と政宗自らが声を発した。同じ部屋にいること自体が十兵衛には信じられなかった。わずか100石どりの家臣と主君がいっしょにいるなど、仙台では考えられなかった。

「これまでのお主の働き、頼もしく思っておる。加藤家ではだいぶ苦労したと聞いておる。しかし、その経験が我らを助けたことは言うまでもない」

「おそれいります」

「わしもお主に教わった朝鮮語が役にたったぞ」

 と成実も十兵衛をほめたたえている。小十郎がつづけて話す。

「それで大殿、十兵衛から朝鮮に残りたいという申し出がでております」

「残る?」

 政宗と成実は怪訝な顔をした。

「清正勢が苦境に陥っている状況が気になるのだそうです」

 との小十郎の話に政宗がうなずく。

「無理もない。1年間寝食を共にした仲だからな。それに、清正公が朝鮮にもどってくる」

 との話に、十兵衛の顔が明るくなった。

「今まで謹慎の身であったが、元々忠義の厚い方。太閤に許されたのじゃ」

 そこに小十郎が口を開く。

「十兵衛の残留をお認めいただけるのですか?」

「うむ、認める。ただ、配下はつけられぬ。すでに9人失っているからな。あとの一人はいっしょに残りたいと言うのであれば、残留を許す」

 その言葉を受けて、十兵衛は深々と頭を下げた。

「十兵衛、生き残って仙台へ帰ってこい。わしとてこの朝鮮の戦の顛末を知りたいからな」

 という成実の言葉に政宗もうなずいていた。


 陣屋から出た十兵衛は、足軽小屋へ出向き、弥兵衛と会った。

「弥兵衛、今、大殿より残留の許しを得てきた」

 すると、弥兵衛はさも当然のような顔をして、

「十兵衛さまならそうされると思っておりました。わしも残れるんでしょうな」

 その言葉に十兵衛はほころんだ。

「いっしょに残ってくれるか。それはありがたい。お主がいっしょなら心強い」

 と十兵衛は弥兵衛の手を固く握りしめた。

 翌日、対馬に向かう船に乗った政宗らを見送ると十兵衛と弥兵衛は西生浦(ソソンポ)への道を北上した。たった二人だけで行くのは神経を使ったが、まだ日の本の陣が近くにあり、さほどのことはなく、2日で西生浦へ到着した。

 出丸の守備を任されている庄林隼人が二人に気づき、走って出迎えてくれた。

「よくぞ、参った。政宗公が帰国されたと聞いて、いっしょに帰ったのかと思っておったぞ」

「隼人さまを置いては帰れませぬ。いっしょに苦楽をともにした仲ではござりませんか。生きるも死ぬもいっしょです」

「うれしいことを言ってくれる。殿もあと少しでもどってこられる。二人で殿をおささえしようぞ」

 と、数日後、清正は西生浦へもどってきた。そして、蔚山(ウルサン)の城造りも加わり、忙しい日々が続いた。

 戦況は明との講和交渉が始まり、戦線は膠着状態であった。そうこうしているうちに4年の月日がたち、慶長2年(1597年)6月、またもや戦が始まった。

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