第9話 第1次晋州城(チンジュソン)攻撃

 空想時代小説


 十兵衛は隼人らとともに機張(キジャン)にて黒田長政隊に合流した。

 文禄2年3月、細川忠興を主将とする3万の軍勢が朝鮮南部中央の要の城である晋州城(チンジュソン)に攻め込んだ。朝鮮勢は正規兵が5000,義兵が3000、民衆が2000の計1万である。

 晋州城は高さ5尺(9mほど)の城壁で囲まれている。1辺が2町(200mほど)ある。門は南門と東門。西側は南江(ナムガン)という大河がながれている。天然の水堀になっている。北には城壁しかない。

 細川忠興勢は正面の南門を攻撃することにし、長政隊は東門を攻撃することになった。

 まずは、投石器で攻撃をしかける。だが、城壁は頑丈だ。ちょっとやそっとでは崩れない。油を投げ入れて、火矢をうちかけるが、城壁が高くて向こうがどうなっているか分からない。民衆が火消しにはしっていたようだ。結局は亀甲車で城門を破ることになったが、城壁からの攻撃が激しくて近づけない。十兵衛らが鉄砲で撃っても、あまり効果はなかった。5尺はやはり高すぎるのだ。高櫓を用意しないと勝てないと思ったが、今回は用意されていない。

 初日はそれで終わった。と思ったが、夜になると敵の遊撃隊が襲ってきた。明け方近くだったので、見張りも眠りかけているところで、油断もあったので相当の被害を被った。十兵衛も寝不足の中、奮戦したが100名の部下の内、半数を失った。あまりにも大きい損害であった。

 2日目は、部隊の再編制となった。隼人の部隊3000は2000に減っていた。その内まともに戦えるのは1000名ほどだった。鉄砲は無事だったので、槍隊から補充をし、100名を確保した。だが、戦力としてはあまりあてにならない。後方の警戒が主な任務となった。

 戦術は相変わらず、投石器と亀甲車の攻撃である。十兵衛は隼人に

「土のうを積んで、足場を作ってみてはどうですか」

 と提言してみた。隼人はそれなりの理解を示してくれたが、長政は取り合わなかったという。被害が多いという理由だったらしい。だが、梯子をかけても石を落とされたり、梯子を倒されて、あまり役には立たない。

 2日目の夜も敵の夜襲があった。夜襲の警戒をして城門を見張っていたのだが、城門は開かなかった。夜襲をかけてくる部隊は別なところからやってきたのだ。それも精鋭部隊だ。生半可な実力ではやられてしまう。そして風のごとく去っていった。後で捕虜から聞くと、大将は権(クォン)将軍だという。あの幸州山城(ヘジュサンソン)で小西行長らを破った将である。

 2日続けての夜襲を受けて、日の本軍は憔悴しきっていた。ほとんど寝ていないと同じ状態だ。隼人が長政に撤退を進言したという。長政は当初しぶったらしいが、細川忠興は撤退を決めたとのこと。忠興勢も相当の被害を被っていたのだ。

 帰路は、歩きであった。隼人の軍勢は1000に減っていた。歩けない者は自決させられた。残ったとしても朝鮮軍に殺されるのが目に見えていた。敗軍の兵はそんなものだ。

 十兵衛は疲れ切った体でとぼとぼと歩くしかなかった。傍らには弥兵衛がいる。だが、仙台からきた者で残っているのは弥兵衛だけだ。残りは皆夜襲で死んでしまった。

「弥兵衛、この戦はなんのためにやっているのだ?」

「それは明へ攻め上るためでは?」

「この状態で明までいけると思うか?」

「戦に勝ち負けはつきもの。小十郎さまも全ての戦で勝ったわけではありませぬ」

「それはそうだが・・異国の地では、捕虜になれば奴隷になるか殺されるかだ。勝ったとしても統治もままならぬ」

「清正公が会寧(フェリョン)でしたように、現地の有力者に統治をまかせることになるのでは?」

「そのために我らは戦うのか?」

「そこから年貢を徴収できるのでは?」

「清正公は年貢を徴収しなかったぞ。収穫をいっしょにして分け前をもらっただけだ」

「最初はそうしないと統治できないのでしょうな」

「厳しくしたら民衆とうまくいかないのは目に見えている。民衆といさかいをしながら統治するのは厳しいぞ」

「でも、太閤さまはそれを欲しているのでござろう」

「問題はそこだ。清正公でさえ、異国の地を統治したいと思っているわけではない。太閤の命だからしたがっているだけで、本音は日の本にもどりたいのじゃ。要は、この戦いは太閤一人だけの欲望なのだ。その太閤がこの惨状を知らぬ。兵が無駄に死ぬだけだ」

「そんなことを人に聞かれたら、捕らえられてしまいますぞ」

「皆が思っていることじゃ。お主とて胸の内にあるだろうが・・」

「それはそうですが・・やはり口にだしてはなりませぬ」

 弥兵衛との会話はそれで終わった。途中、義兵からの攻撃を受けたが何とか退けて機張(キジャン)を経て、西生浦(ソソンポ)へ戻ってきた。

 清正は、隼人らの姿を見て何も言わず、休養を与えてくれた。自分が行かなかったことを悔いているようだった。


 あとがき


 史実では第1次晋州城の戦いは文禄元年6月とされています。ですが、この小説では構成上、文禄2年3月とさせていただきました。また、第1次晋州城の戦いには黒田長政や庄林隼人が参戦したという記録はありません。これも創作です。空想時代小説ですので、その点をご理解の上、読んでいただければと思います。  飛鳥竜二

 

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