水族館の男

澄瀬 凛

水族館の男

 そのお客さんはよく、とある大きな水槽の前で、その生物を何時間も、飽きることなくただじっと、眺めていた。


「お好きなんですか?」

 言いつつ、飼育員は水槽にむかい、指を指す。


「ええ。好きですね。と言っても俺がこいつを好きになったのは、つい最近のことでして」

「かっこいいですよね。僕も子どもの頃から好きで。そんな気持ちがこうじて、水族館の飼育員になったくらいで。お客様はなにか、好きになられたきっかけでも?」


 この人と仲良くなりたいかも。

 だって毎週の休日にこの水槽の前に立っては、何時間も黙って、熱心に眺めているのだから。

 そんな高揚さえみせる飼育員の横で、男は飼育員の方をふり返ることなく、目の前の巨大な水槽で、巨大を気のむくまま眺める男はやがて、ぽつりと漏らした。


 飼育員にだけ、聞こえる囁きで。




「憎きあいつを、生きたままで捕食して、生地獄を味あわせつつ殺してくれた。俺にとっては命の恩人の、仲間だから」


 想像とは斜め上の、全く違う男の言葉に呆気にとられる飼育員の視線には構わず。


 引き続き男は、さめ水槽をまた熱心に、眺め始めた。

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水族館の男 澄瀬 凛 @SumiseRin

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