【57】師弟関係

 ユズリアが何者かの気配を察したらしい時から十分程。俺の膝の上で丸まっていたコノハの耳がピンッと立つ。


「むむっ、ユズリア殿の言う通りでありまするな。誰か近づいて来ていまする」


 シグとユーニャがすぐさま警戒したように殺気を散らすが、俺を含め、他の面子は腰を上げることすらしなかった。

 その様子に二人は少々困惑気味だ。


「あ、あの、私の気配察知にも引っかかっているんで、コノハさんの言ってることは本当だと思いますよ……?」


「ん? あぁ、分かってるよ。なんたって、コノハは優秀だからな」


 コノハの頭をわしわしと撫でる。


「じゃ、じゃあどうして……」


「んー、まああれだな。シグもユーニャもそのうち慣れるさ。……不本意ながらね」


 というか、別にユズリアのことだって疑ってはいなかった。だから、どーーーーーせこうなるんだろうなと思ってたさ。

 それにどんな人物が来たところで、ここにはとんでもない戦力が揃っているんだ。こちらは気配を断つなんてことはしていないし、シグとユーニャが殺気を漏らした。向こうも気が付いているだろう。だから、せいぜい姿を現すまで束の間の休息を味わっておかないと。


「何じゃ、懐かしい気配じゃのお」


 リュグ爺がぽつりと呟く。


「知り合いか?」


「おそらく、な」


「えっ、リュグ爺も?」


 そう言ったのはユズリア。先ほどの件もあるし、彼女も覚えのある気配だったのだろう。


「二人に共有の知り合いなんていたのか?」


 リュグ爺とユズリアは顔を見合わせ、はてと首を傾げる。そして、二人して同時に言ったのだ。


「多分、私の師匠よ」「おそらく、儂の弟子じゃ」


「はぁ!?」


 いやいや、そんなことあり得るのか? ……あり得ちゃうんだろうなぁ。


 冒険者が誰かに師事を乞うことは少なくない。そうしないと、簡単に死んでしまうのが冒険者というものだ。一つのミスが命取り。だから、先達に教えを受けるのだ。自分が知らない魔物の情報、危険な依頼の見分け方など、生きて強くなるためにたくさん学んで、皆それから自分の道を歩みだす。それが冒険者ってやつだ。


 俺みたいに孤独にランクをのし上がっていく方が珍しい。いや、そりゃ俺だって誰かに教えてほしかったけどさ。仕方ないじゃんか。

 ちなみに俺の弟子――とまでは言わないが、色々教えてあげたのがユーニャだ。


「リュグ爺様のお弟子さんってことは、ミスティアさんですか?」


 セイラもどうやら見知った人物らしい。何というか、世界は狭いな。


「え、やっぱりそれ師匠の名前!」


 魔素の森の木々がふわっと揺れた。次の瞬間、ユズリアの身体にがしっと女性が抱き着いた。刹那の出来事。


「えっ……?」


 じっと魔素の森を見つめていたシグが、一拍遅れて振り向く。

 俺も思わず目を見張ってしまった。全くと言っていいほど、目で追えなかった。最高速のユズリアすら凌駕しているような速さ。一体、俺たちの中で何人が女性の動きについていけたのだろうか。


「ほう、いい動きだ!」


「あらあら、ミスティアさんったら、相変わらずですね」


 ドドリーとセイラは見えていたらしい。本当、こいつら底が知れないな。


「ちょっ、師匠、離れてください」


「やーん、ユっちゃん久々なのにつれないー!」


 すらっと背の高い女性だった。肩上で短く切り揃えられた紅色の髪、それと同じ燃えるような色の瞳。随分と軽装に思える装備。というか、ほとんど何も守っていなそうだ。胸当てと皮のショートパンツ、両腰には二本の細い剣。流石はユズリアの師匠と言うべきか、使っている武器は似ている。


「本当に恥ずかしいから離れてください。……って、相変わらず馬鹿力!」


 ユズリアが本気で剝がそうとしているのに、ミスティアはまるでびくともしない。あのユズリアが力比べで負けるのは俄かに信じがたい光景だ。


「もっと私との再会を喜んでよぉ。ほら、小さい頃みたいにほっぺたにチューしてあげる」


「ひぃいいっ! た、助けてロアー!」


 そんなこと言われても、ミスティアはユズリアしか目に入っていなさそうだ。俺が肩をとんとんと叩いても見向きもしない。


「ねえ、どうしてこんなところにいるの!? あっ、もしかしてS級になった? 流石、私のユっちゃんねー! よし、ご褒美にいっぱいよしよししてあげるね! ユっちゃん、頭撫でられるの好きだもんねー」


「や、やめっ! 皆いるんだから、それ以上喋んないでください……」


 ……へぇー。

 確かに、何度か俺も彼女にそういうことを求められたことがあったけど。

 羞恥心で涙目になるユズリア。可哀想だけど、俺たちには二人のやり取りを傍観する以外ない。


 しかし、彼であれば話は別だろう。


「――久しいなミスティア」


 ユズリアに抱き着いたまま、ミスティアの動きがびくりと止まる。まるで石のように動きを固め、恐る恐る視線だけ動かす彼女。その先は俺の隣、つまりリュグ爺に向けられた。

 みるみる青ざめていくミスティア。そして、次の瞬間弾かれたようにユズリアから飛び退き、彼女は勢いよく両膝を付いて頭を地面に擦り付けた。


「お、お師匠―ッ!?」


 がくがくと身体を振るわせるミスティア。放心状態のユズリア。何だこの状況は。


「ど、どうしてここに……。えっ、というかどうしてユっちゃんとお師匠が!?」


 完全に蚊帳の外の俺は小さくため息をつく。


「何か、また騒がしくなりそう」


 珍しい感想をぽつりと呟くサナに、俺は大きく頷いた。

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