【18】狂喜乱舞が相応しい

 ユズリアがいつの間にか破岩蛇に肉薄し、その鼻っ面に鋭い突きを放つ。まさに目にもとまらぬ速さだ。しかし、細剣は表面の岩をほんの少し削り取るだけで弾かれてしまう。

 間髪入れず落下しながら二発喉元を突くが、同じように小石を散らすに過ぎない。

 破岩蛇が蛇とは思えない甲高い咆哮を放つと、身体の周りにいくつもの魔方陣が展開され、大きな岩の弾丸が射出される。

 宙にいるユズリアにその岩を避ける術はない。かといって、細剣では『身体強化魔法』があってもいなすことは難しいだろう。

 二本の指を立てる。

 遠くから、ユズリアが一瞬こちらに目を向ける。その表情を見て、俺はそっと指をほどいた。

 ユズリアの周りを魔方陣が展開する。金色に強い閃光を放つと同時に、雷撃の槍が弧を描いて落石を次々と撃ち落とす。


 そして、ユズリアは地に足をついた瞬間、再び姿をくらました。

 気が付けば、破岩蛇の体表を削り取り上空へ、さらに瞬きの隙に再び岩を散らし、真下へ。その速度は反発するごとに速度を増し、雷の残像が破岩蛇を包み込む。

 砕け散る破岩蛇の岩が、雷に弾かれて火花を散らす。

 しかし、破岩蛇の『反転』も同時にすさまじい速度で展開される。無数の岩石の塊が縦横無尽に駆け回るユズリア目掛けて追尾ホーミングする。岩石は互いにぶつかり合い、熱を帯びて溶岩のように真っ赤に染まる。


 あんなの掠っただけで半身が焼けこげるぞ……。


 すさまじい速度で削られていく破岩蛇の体表から、艶めく肉肌が見えてきた。

 しかし、『反転』によって生まれたマグマのごとき岩石が瞬時にまとわりつくように埋まり、いつの間にか破岩蛇は真っ赤に身体を焦がす。

 流石のユズリアも速度が落ちてきた。その間にも、何倍にも膨れ上がった威力の真っ赤な岩石がユズリアの背に迫る。


 ユズリアが一度距離を取る。すると、岩石の群れはユズリアへの追尾をやめ、破岩蛇の周りを高速で纏うように渦巻く。


「おいおい、これは厄介すぎるだろ……」


 餓死戦法は間違いじゃなかったと思わされる理不尽さだ。まともに戦ったら、こうなるのだから。

 

 ユズリアがチラッと俺を見る。その意味を俺は瞬時にくみ取った。

 ユズリアの姿が消え、再び岩石の渦を縫うように飛び回る。

 その靴と足に向けて『固定』をかける。

 ユズリアは次々と岩石を蹴り飛ばす。軌道のズレた岩石に後続の岩石がぶつかった瞬間、俺は右手を素早く振り下ろす。二つの岩石はピタッとくっつき、一回り大きくなる。あとは、この繰り返しだ。

 徐々に大きくなっていく真っ赤な岩石の塊。優に破岩蛇の大きさを超えるほどになっていた。しかし、速度は変わらず、ユズリアを追尾し続ける。

 背に触れそうなほど接近する山のような巨岩。そのままユズリアは破岩蛇の鼻先に降り立つ。ユズリアの背中を溶岩が焦がそうとした刹那、今まで以上の速さで雷の如くユズリアの姿が消えて追尾を振り切る。


 全く、今まで速度を抑えていたとでもいうのか。


 追尾先を完全に見失った巨岩が速度を落とせずに破岩蛇にぶつかり、周囲に衝撃をまき散らす。形も残らずに砕け、焼けこげる破岩蛇。もう、『反転』が発動することは無かった。


「よっと……!」


 稲妻を纏って帰って来るユズリア。ものの数十秒だ。


「いえーい! 息ぴったり!」


 そう言いながら、満面の笑みでVサインをする。

 苦笑いの零れる俺はぴたっとくっ付けた二本の指を横に開いて彼女を真似た。

 まさか、ユズリアがこれほどまでに強かったとは思わなかった。

 最後のあの馬鹿げた速度。到底、目で追えなかった。

 出会い頭にやられていたら、きっと俺は今この場にいないだろうな。


「ふぅー、久々に緊張したぁ~」


「お疲れさん!」


 ユズリアがじっと俺を見つめる。そして、上目で何かを訴えるようにぴょんぴょんと背伸びした。


「んっ!」


「え、なに……?」


「んーんっ!」


 これはあれだろうか。

 あってるかも分からないが、ユズリアの頭を撫でる。ちょっと静電気を感じた。


「えへへっ……」


 先ほどまでの凛々しい彼女はもうおらず、なんとも腑抜けた溶けてしまいそうな表情だ。

 まあ、頑張ったし、こんなのでいいならいくらでも撫でてやろう。それにしてもコノハといい、ユズリアといい、頭を撫でられるのが好きなんだろうか。

 そういえば、ユーニャもご褒美くださいとかいって、なぜか俺に撫でるように要求していたような。

 うーむ、若者の流行なのか?

 今度、妹にも久々にやってみようかと思い、なぜか寒気がした。今やったら、手がちぎり取られそうだ。あいつ、最近反抗期っぽいしな……。


「それより、セイラさんとドドリーさんは大丈夫かしら」


「あー、多分大丈夫だろ。もう終わるはず」


 実は、後方にいた俺にはずっと視界に入っていた。


 まず、セイラが光魔法で宙を舞いながら破岩蛇を引き付ける。

 どうやら前衛はセイラで、後衛がドドリーのようだ。神官が前衛なんて、聞いたこともない。

 不思議に思っていると、セイラが柔らかな笑みを零す。慈愛に満ち溢れた、まるで女神のような微笑み。


 そして、次の瞬間――錫杖で破岩蛇の脳天を思いっきりぶん殴った。


 すさまじい衝撃音と共に破岩蛇の岩肌が硝子のように砕け散る。衝撃は破岩蛇を突き抜け、地面を大きく陥没させた。


 思わず、怖っ、と心の声が漏れる。


 『反転』が発動し、すぐさま肉肌を埋めようと岩石が射出される。しかし、次の瞬間には風を纏った矢が寸分の狂いもなく岩石の中心を貫いていた。

 無数にセイラに襲い掛かる岩石を、矢の群れが次々と撃ち落とす。その間、セイラは錫杖でひたすら破岩蛇を殴る、殴る、殴る。

 錫杖を振るうたびに、彼女の笑みが愉悦に歪んでいくのは気のせいではないはずだ。何なら、彼女の口から聞こえてほしくもない狂喜じみた笑い声すら聞こえる。


「な、なにあれ……」


 流石のユズリアもドン引きしていた。


 体表をほとんど削り取られ、ボロボロになった破岩蛇。最後の力を振り絞ってか、今までで一番大きな岩石をセイラに向けて打ち放つ。


「あっ! あれ!」


 ユズリアが指さす方向を見ると、なぜかドドリーが破岩蛇の真上にいた。そして、弓矢をかまえ――ずに投げ捨て、なぜかそのまま風魔法を纏って破岩蛇に向けて飛び込む。


「ふーぁはっはっはっはッ!」

「きゃははっはっはっはッ!」


 二人の絶笑が響き渡る。

 山のような巨岩は粉々に砕け散り、破岩蛇は脳天から一直線に貫かれた。生気を失い、パラパラと散る岩と共に地に堕ちる破岩蛇。

 残ったのは高嗤うマッチョエルフと、返り血を浴びたバーサーカー神官だ。


「なにあれ怖い……」


 俺とユズリアは抱き合って静かに震えていた。

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