【11】嫌われ冒険者
母親が病で亡くなったのは、俺が十歳、妹が七歳の時だった。
俺の頬に伸びた冷たい手が力なく落ちたのを、今でも覚えている。
『誰かが涙を流す前に、手を差し伸べられる人間になりなさい』
だから俺は、だいぶ遅かったけど、母親の胸で泣く妹の頭を撫で続けた。
もちろん、俺は泣くわけにはいかない。この時、初めて『固定』を使った。意図的に感情を欠落させられる方法を、俺は覚えてしまった。
そして、母親の死から一年後、ずっと家を留守にしていた父親が死んだと聞かされた。同時に届く父親の遺した置き土産の知らせ。とてもじゃないが、田舎村の兄妹二人で返せるような額ではなかった。
妹は夢語る口を紡ぎ、俺は毎日濁流のごとく降り注ぐ感情に蓋をした。
ある日、村に来た冒険者から父親のことを聞いた。冒険者の中では一番偉く、強い階級だったらしい。その階級になれば、毎日贅沢三昧も夢ではないと、冒険者は語った。
じゃあ、どうして父親は借金を抱え込んだのだろうか。なぜ、何年も村に帰らずに家族を捨てたのか。
分かるはずもなかった。
だって、俺は父親のことを何も知らない。もう顔すら思いだせないのに、何が分かるというのだ。
ただ、その時は父親のことはすぐにどうでもよくなっていた。
ただただ、冒険者は稼げる。そう冒険者が語った雄弁な言葉だけが、ずっと頭の中を渦巻いていた。
十二になり、俺は冒険者になるために村を出た。
ついて来ようとする妹を無理矢理引きはがして、魔法学校に入学させた。学費は目を見張るほどだったけど、妹は特待で入学したから初年度の学費は免除だった。いまさら、いくら必要な金が重なろうが関係ない。そんなことより、妹に重荷を背負わせたくないという思いが強かった。
選んだ街が父親の最期の場所だったのは、本当に偶然だ。
冒険者登録をするなり、「殺人鬼の息子が来た」と言われ、頭からスープを被せられた。熱い。痛い。冒険者初日は貧民街の井戸で頭と服を洗って終わった。
辛くは無かった。そんな感情、いくらでも頭の奥底に『固定』できたのだから。被ったスープがやけに美味しかったことだけ、折りたたまずに『固定』した。
冒険者の日々は、慣れれば楽なもんだった。大抵の魔物は足と口さえ『固定』してしまえば、容易いのだから。
すぐに階級は上がり、宿を借りられるようになった。
しかし、比例するように周囲からの目は厳しいものになっていった。ゴミを投げつけられたり、裏路地で殴られることは日常茶飯事。
良い歳した大人が子供に寄ってたかって。そこまで嫌われる要因をつくった父親は一体何をしたのだろう。そこに特別な感情は既になく、ただ純粋に気になった。
どうやら、父親は街の英雄だったS級冒険者を殺したらしい。思ったよりしょうもなくて、どうでもよくなった。
ただひたすら、毎日依頼を受け、嫌がらせに耐え、泣きそうになっては頭の片隅に積もる塵山を増やす。
そうしたのは、泣きそうな俺に誰も手を差し伸べてはくれなかったからだ。
俺が泣きたいときはどうすればいいのだろう。母親に教えてもらっていない。だから、ただの一度も泣かなかった。
人生、そんなに悪いことばかりじゃない。そのことに気が付けたのは、随分と年月が経ってからだ。
A級になった俺を慕う新米の冒険者が出来た。妹が順調に進学していると聞いた。街には良い人の方が圧倒的に多いと知った。図らずも、新しい魔法を覚えた。
だけど、もう遅かったのかもしれない。
ただひたすら、早く泣きたかった。
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