【6】家をつくろう!

 さて、それではスローライフの第一歩として、家をつくろうと思う。

 衣食住。どれも大事だが、火急を要するのは住まいだ。衣類に関しては問題は無いし、食事もまだストックがある。尽きたら魔物を狩りに行けばいい。魔素の森に入ってから、食用出来そうな魔物は何体も見た。


「というわけで、まずは家をつくろうと思うんだけど、本当に二人で住むのか?」


「あったりまえじゃない」


「あったりまえなんだ……」


「でも、家をつくるって、ここには私たちしかいないのよ? 大工を連れてくることも出来ないし」


 ユズリアの疑問は当然だ。もちろん、貴族の彼女に建築の知識があるとは思えない。


「俺が建てるから、安心してよ。ユズリアには木材を調達してきてもらおうかな。木ならそこら中に余るほどあるし」


 ユズリアは眉にしわを寄せて黙りこけている。いや、呆れているのだろうか。


「木が切り倒せないなら、俺がやるけど……」


「馬鹿にしないで。それくらい『身体強化魔法』があれば出来るに決まってるわよ! そうじゃなくて、」


「むっ、他に何か?」


「家って、道具がないと建てられないのよ? 一般教養受けてないにしても、常識だと思うのだけれど」


 なるほど、彼女はそっちの心配をしていたのか。それにしても、貴族のお嬢様に常識を諭されるとは、恐れいった。確かに、一般教養は受けてないから、そこに関しては反論の余地はない。

 代わりに妹には学校通わせてるからね。美しき兄妹愛ってやつですよ。


「その心配ならご無用。とりあえず、設計図考えているから、材料の木を持ってきてもらえるかな」


「……まっ、私にアイデアがあるわけじゃないしね。伴侶の世迷言も妻が付き合ってあげるとしましょう」


「まだ言ってる……」


 ユズリアは意地悪く舌を出して森の奥に消えていった。おい、可愛いな、やめてくれよ。


「あんまり遠く行くなよー! 危なくなったら、大声で呼べー!」


「私だってS級よ!」


 そんな反論が木々の奥から返って来る。どうにも、彼女が同じS級冒険者だと忘れそうになる。昨日だって、一歩間違えれば初撃で喉元を突き破られていたというのに。

 思いだして、背筋が冷える。なるべく、怒らせないようにしよう。それがいい。妹だって、ぶち切れると手の付けようがなかったからな。その点、ユーニャは大人しくて可愛いもんだった。


 少し距離が離れたところで、雷鳴が天を貫いた。次いで、木々が倒れる振動が地面から伝わる。

 こうしちゃいられない。さっさと大まかに設計図をつくってしまおう。パンプフォール国での住まいは五年ほど前から、土地だけ買って自分で建てた家だ。その時、大工のドワーフに教えてもらったノウハウはまだ覚えている。あの後、数年はドワーフたちの勧誘がすごかった。それも、今となっては懐かしい思い出だ。

 その後、何度か同じように雷が瞬き、ユズリアが戻って来た。


「とりあえず、これくらいでいい?」


 そう言いながら、樹齢数百年であろう巨木を、四本まとめて軽々引きずってくる細い女の子。うん、やっぱり彼女を怒らせては駄目だ。


「あ、ありがとう……。多分、足りると思う」


「でも、この木は魔素を十分に吸っちゃってるから、使えないんじゃない?」


 確かにユズリアが持ってきた木々は幹も葉も黒々と染まっている。魔素を含んだ木材は耐久力が弱く、一般的には使うことが出来ない。


「とりあえず、泉の中にぶち込んでみようか。それで駄目なら、他の方法を考えよう」


「それもそうね」


 彼女はひょいっと一本の巨木を持ち上げ、泉に突き刺す。深さが人の腰辺りまでしかないから、巨木の根本が浸かるだけだ。しかし、次の瞬間、泉に浸かった部分がすっと鮮やかな黄櫨はじ色に染まり、ぐんぐんと上に昇っていく。ほんの数秒で幹が浄化され、葉も緑のみずみずしさを取り戻した。


「す、すごいな……」


「これ、ただの魔力溜まりじゃないわよね……」


 泉の正体は謎に包まれたままだが、すさまじい浄化能力を持っていることが分かった。

 続いて、ユズリアに浄化した巨木を木材に成形してもらう。細い剣一本で木を加工する様をドワーフたちが見たら、怒り狂って襲い掛かってきそうだが、今だけは目をつむってもらうとしよう。そもそも、木が割れてしまう前に綺麗に断ち切る『雷撃魔法』を使いこなす彼女にしか出来ない芸当だ。

 ユズリアが居なかったら、この時点で詰んでいた。


「ありがとうな」


 感謝の言葉を告げると、ユズリアは首を傾げた。

 自覚が無いのかもしれないけれど、人間とは思えないことを次々こなしているんだ。もっとその豊かな胸で威張ってくれていいのに。


「それで、結局ここからどうするのよ」


 目の前に山盛りになった様々な寸法サイズの木材を見て、ユズリアが疑問を投げかける。


「まあ、見てなって」


 俺は似合いもせず腕をまくる。そして、柱となる大きな木材を掴み、グッと力を入れた。そう、思い切り、踏ん張って、使えもしない『身体強化魔法』の術式を胸の中で唱えて、せーのッ!


 しばしの沈黙。遠くから、鳥型魔物の甲高い鳴き声が聞こえてきた。


 うん、無理!


 ほとほと呆れ顔のユズリアに木材を持ってもらう。

 なんか、本当にすんません。


 尊厳の欠片も無い状態に涙を流しながら、木材と木材のつなぎ目に『固定』をかける。これで、俺が『固定』を解除しない限り、どんな衝撃を受けようが、地震に襲われようが、業火に包まれようが、木材が離れることはない。


「へえー、これなら確かに家を建てられそう。本当、とんでもない魔法ね」


 ユズリアが感嘆の声を挙げるが、俺は無い胸すら張る気にならなかった。


「僕、くっつけることしか出来ないんで……へへっ……」


「主語変わってるじゃない……」


 そんなこんなで、ユズリアに木材を持ってもらい、俺が『固定』をかけて、組み立ててを繰り返す。

 ユズリアに間取りの希望を聞きながら、都度設計を変えていき、数日かけてようやく念願の家が完成した。

 天井の高い一階建てのウッドハウスだ。玄関を開けてすぐに広い居間リビング。その横に調理場キッチンを設け、反対には大きめの風呂場バスルーム。居間の奥に寝室を二部屋。各所に光の魔石を取り付け、寝室のベッドには魔素の森産Aランク相当鳥型魔物の高級羽毛を敷き詰めてつくった枕と敷布団マットレス。調理場と風呂場には火の魔石と水の魔石を取り付け、持ってきた鍋やフライパン。

 文句のつけようがない完璧な一軒家(最高の庭付き)だ。寝室が二つあることに首を傾げてはいたが、ベッドは大きくしたいなど、ユズリアの希望にも沿った満足のいく出来。まさにスローライフに相応しい。


「で、できたー!」


「ああ、今日からここが俺たちの住まいだ!」


 二人でまだ閑散とした居間に、身を投げ出して大の字になる。天井を高くしたおかげで随分と開放的な気分だ。深呼吸をすると、魔素の森に生えてたとは思えない芳醇な木の香りが肺を満たす。

 横目でユズリアを見ると、彼女も満足げに目を細めていた。


「でも、まだ色々と揃えなきゃいけないものもあるわね」


「そうだな。テーブルと椅子はつくったけど、それにしても殺風景だもんな」


「今度、実家から調度品を持ってこようかしら」


「貴族御用達の生活用具って、スローライフにはもったいない気がするんだけど……」


 自然と完璧に調和したこの空間に、煌びやかな装飾はあまり似つかわしくないな。


「それもそうね。じゃあ、今度街まで行って、買いそろえましょう」


「街って言ったって、ここから一番近いロトゥーラの街でも一週間はかかるぞ?」


「あら、私にかかれば二日で往復できるわよ」


 確かにユズリアの魔法を持ってすれば、それくらいの早さで行き来出来てもおかしくはない。うらやましいくらい便利な魔法だ。


「じゃあ、お使いでも頼みますか」


「貴族を使いっ走りに使うなんて、顔に似合わず随分と豪胆なのね」


「勘弁してくれ……」


 ユズリアは可笑しそうに笑う。つられて俺も笑みが零れていた。

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