第40話:属性竜

 ガニラス王国歴二七三年九月一日

 王都・西地区・王都ダンジョン

 田中実視点


「ただ、一年に一度は戻ってきてください。

 足手纏いにならないようにさせていただきますので、待つ事を御許し下さい」


 ヴィオレッタが緊張した顔と声色で言う。

 まだ十七歳の美少女にこんな事を言わせるのは、男の恥だ。


 男なら女に恥をかかせないようにしなければいけない。

 爺の見栄さえ張れていなかった自分を恥じるしかない。


「ヴィオレッタに覚悟があるなら、村で待つ必要はない。

 ダンジョンについてくるなら必ず護る。

 いや、村でもダンジョンでも好きな所にいればいい。

 何所にいようと必ず護る」


「ありがとうございます、そう言っていただけて安心しました。

 ミノル様に嫌われているのかと、心配だったのです。

 父上との友情の為に、好みではない私を正室にしてくださるのかと、不安に思っていたのです」


「そんな事はない、ヴィオレッタ嬢はとても美しくて魅力的だ。

 俺の孫でもおかしくない、幼いくらい若いヴィオレッタ嬢を、こんな爺が正室にしてもいいのかと、気にしていただけだ」


「そんな事を気にされていたのですか?

 領地持ち騎士に年齢なんて関係ありません。

 必要なのは、領地と領民を守れる実力だけです。

 ミノル様は、領地と領民を護るどころか、新たな領地を開拓して領民を集められる実力をお持ちです。

 私ていどの女が、正室にして頂けるのは幸運以外の何者でもありません」


 ヴィオレッタが真剣にそんな事を言う。

 信じられなかったが、セオドアたちが納得するような表情で頷いている。

 日本とこの世界の常識の違いが、うれしいような申し訳ないような……


「そうか、だったらお互いに幸運だと思って結婚できるな」


「はい、ありがとうございます」


 などと話しながらダンジョン深くに潜った。

 邪魔するモンスターは、魔獣であろうがサブ・ドラゴンであろうが関係なく斃す。

 ドロップは魔術で回収できるので立ち止まる必要もない。


 浅層、中浅層、中層、中深層と潜っていくうちに、尾行がいなくなった。

 深層の到達する頃には、祝福上げや狩りをしている者もいなくなった。

 もちろん深層で狩りなどしない、もっと深くにまでも潜る。


「今日は最深層を超えてもっと深くまで潜る。

 不老不死に最適の深さが分からないから、徐々に深くしていく。

 守護神像の守りが効かない深さまでは潜らないから安心しろ」


「……また常識を破壊されるのですか、ルイジャイアン様にもお見せしたかった」


 セオドアがため息をつくように言う。


「何時も言っているが、俺の実力ではない、神々の御力だ」


「ルイジャイアン様が何度も申されていましたが、神々の御力を借りられるのは本人の実力でございます、覚えてください」


「不毛な会話を繰り返してもしかたがない。

 それよりも、どうせならヴィオレッタたちの祝福上げにもつなげたい。

 呪文が無効になってもいいから、モンスターが出現する前から魔術を唱えろ。

 上手くタイミングが合えば、偶然モンスターに当たるかもしれない。

 最大最強の魔術を唱えて、偶然タイミングが合う幸運を神様に祈っていろ」


「百トン級のサブ・ドラゴン以上のモンスターを相手に、私の魔術が擦り傷でもつけてくればいいのですが、タイミングがあっても傷つけられるかどうか……」


 ヴィオレッタ達は、俺の提案に従って狙いもタイミングも考えずに呪文を唱えた。

 運の良い者は、モンスターの出現に合わせて魔術を放てた。

 最も運の悪い者は、タイミングが合ったのに擦り傷一つ付けられなかった。


 だがそれもしかたがない事だ。

 地下六十階に出現したのはサブ・ドラゴンではなかった。

 ついに亜竜ではなく竜が現れたのだ。


 亜竜と竜の違いは、身体の硬さや力の強さもあるが、決定的に違うのが、ドラゴンブレスを放てるかどうかだ!


 圧倒的な魔力の塊を放ち、射線上にあるモノを全て薙ぎ払い焼き払う。

 その圧倒的な攻撃力が、亜竜と竜を決定的に分けている。

 地下六十階に現れたのは、そんな竜だった!


「「「「「「ギャオオオオオン!」」」」」」


 百トン級のサブ・ドラゴンとは比べ物にならないくらい小さい。

 目算だが、体重は百キロ程度しかないだろう。


 小さいが、体から感じる魔力は百トン級のサブ・ドラゴンの十倍はある。

 小さい分、身体に纏う魔力は濃密で、少々の攻撃など軽く弾いてしまう。

 鱗だけではなく、体表を覆う魔力でも攻撃をはじいてしまう。


「遠く大八島国にて風を司る志那都比古神よ。

 御身を慕う民に力を御貸し下さい。

 御身が嫌う、祝福の対象となる魔獣を斃させてください。

 国之常立神の無限袋で集められる範囲の魔獣を斃させてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、風斬乱舞」


 俺はヴィオレッタ達の安全を優先して範囲攻撃の風魔術を放った。

 風魔術の魔力刃だけでも十分斃せたと思うのだが、安全マージンを多くとるのに、これまでのドロップで手に入れたサブ・ドラゴンの牙や爪を風斬に混ぜていた。


「恐らくだが、この階からドラゴンが現れる。

 だが心配するな、全力を出すことなく斃せた。

 この調子なら次の階も軽く突破できるだろうが、ここは慎重に行く。

 暫くこの階で狩りを続けるから、肉でも焼いていてくれ」


「やれやれ、出会って生き延びた者は一人もいないと言う伝説のドラゴンを、全力も出さずに斃せたと言うのですか、また私の常識が変わってしまいました」


 セオドアにため息まじりに言われてしまった。


「こんな状況で肉を焼けと言われるのは、いくらなんでも非常識過ぎます」


 ヴィオレッタに言われて、ちょっとだけ胸が痛んだ。

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