第38話:抗議

 ガニラス王国歴二七三年八月三一日

 王都・西地区・高級宿

 田中実視点


「今回の件は、財務省と軍務省に正式な抗議を行いましょう。

 ただ、根回しも無しに抗議しても、罪を捏造されて潰されてしまいます。

 味方してくれる有力者の所に行って話を通します」


 セオドアが教えてくれるが、覚える気もやる気もない。

 そんな面倒な事をするくらいなら、かかって来る連中を皆殺しにする。

 殺すのも面倒ならば、ダンジョンに引きこもればいい。


 俺独りだけなら、誰も追いかけて来られないダンジョンの最深部に聞き籠れる。

 誰にも干渉されずに生きて行けると分かった。


 王都ダンジョンなら、誰に煩わされる事もなく、引き籠った状態で不老不死ドロップを手に入れられると分かった、


「やるならセオドア達だけでやってくれ。

 俺の事はいいから、ルイジャイアンの利益になるようにやってくれ。

 明日になったらダンジョンに潜る。

 一緒に来るのなら連れて行くし、嫌なら置いていく。

 王都に残ってもいいし、村に戻ってもいい」


「分かりました、ミノル様は好きにされてください。

 私はヴィオレッタ様達を指導いたします」


 俺はヴィオレッタ達と別れて単独行動をとった。

 再び王都の各種ギルドに魔獣を売って、前回以上の金を手に入れた。

 自分では食べる気にもならない弱い魔獣を少しは売る事ができた。


 貧乏性なので、王都ダンジョンでドロップした物は全部保管しているが、税を払っていないので、売る訳には行かない。


 そもそも、王家の騎士や兵士でも潜れない深さのドロップなので、王都の人間には見せる事もできない。


 売り歩きを終えて、ヴィオレッタたちと待ち合わせた宿に向かった。

 王都には最上級から最下級までの多くの宿があるが、約束したのは最上級の宿だ。

 ただ、有力貴族に占有されている場合は、次善の宿になる。


 俺が魔獣を売り歩いている間に、セオドアたちも根回しを終えていた。

 ヴィオレッタの顔に、ダンジョンに潜ったのとは違う疲労が見える。

 疲労の原因によっては、有力貴族をぶち殺してやる。


 狂暴な気分になっていると気がついて、誰にも気づかれないように深呼吸して、怒りを呼気に込めて静かに吐き出す。


 ヴィオレッタたちに何かあったら、有力貴族を皆殺しにする気だったが、何事もなければそれが一番良い。


 誰にも辿り着けないダンジョン最深部に引き籠れると分かって、そこで狩りを続けたら不老不死ドロップが手に入ると分かって、怒り易くなった自覚がある。

 慣れない交渉で疲れただけならいいな……


「ミノル様、有力貴族との交渉結果を報告させていただきます」


 セオドアが話しかけてきた。


「全部任せるから聞きたくないと言ったらどうする?」


「任せて頂くのは構いませんが、報告だけは聞いてください。

 将来の話ではございますが、ヴィオレッタ様がミノル様の正室となられます。

 面倒事は全てヴィオレッタ様と家臣が行いますが、家臣が悪事を働いても、その責任はミノル様が背負う事になります。

 ミノル様のこれまでの言動から推測させていただきましたが、家臣がやった事でも責任を感じてしまわれるのではありませんか?

 誰かの命や生活を背負うのは嫌だと申されていましたが、もう既に四〇〇〇人もの騎士と、二千人もの民の生活と命を背負っておられます。

 その全てを放り出して逃げるのも嫌なのでございましょう?」


「分かった、話を聞こう」


「ルイジャイアン様が味方に選ばれた有力貴族の方々の所に参りました」


「うむ」


「今回の件を恥じる方と、我々に対して不当に怒り出す方がおられましたが、あらかじめ調べていた順番で訪問いたしましたので、争いにはなりませんでした」


「ダンジョンの利権に加わっていない有力貴族から話を付けて、利権に加わっている有力貴族が身動きできないようにしたのか?」


「その通りでございます。

 ただ、有力貴族自体を罰する事はできませんので、手先の処分で手を打ちました」


「配下を自分で処分しなければいけなくなるのは、自分の失態と無力を公にするのと同じだから、影響力が低下したのか?」


「これからの状況を見なければ何とも言えませんが、そうなる可能性は高いです」


「逆恨みされるな」


「はい、間違いなく逆恨みされますが、元々何時敵に回るか分からないのが貴族ですから、気になされる事はありません。

 その分、新たな味方ができました」


「ダンジョンの利権を握っていた主流派を敵にして、新たにダンジョンの利権を手に入れようとしている、反主流派を味方にしたのか?」


「はい、その通りではありますが、それだけではありません。

 主流派とも完全に敵対している訳ではありません。

 利害が一致すれば、再び手を結ぶ事もございます」


「それは、捕虜にした連中を死刑にまではしないと言う事か?」


「はい、本人は騎士位の剥奪ですませ、実家は叱責を受け罰金を支払います」


「罰金は王家に入るのだろう?」


「はい、その通りでございます」


「俺達に賠償金は支払われないのか?」


「そのようなはした金が必要でございますか?」


「不要だ、よけいな面倒を抱えるくらいなら賠償金などいらない」


「そう申されると思いましたので、こちらからはお金の件には触れませんでした。

 財務省と軍務省の方が賄賂と税を返してきました」


「賄賂を要求した連中の処分はなしか?」


「はい、賄賂など最初からなかった事になっております。

 お気に召されませんか?」


「ああ、俺の好みじゃない、だが、こんな国がどうなっても知った事ではない。

 王都の貴族が腐敗していて、内部から滅んでも知った事ではない。

 ダンジョンに潜れて、実力で不老不死ドロップを手に入れられれば。それでいい」


「ここにいる全員分の、ダンジョンの自由出入り証を頂きました。

 これからは小銀貨一枚で自由に出入りできます」


「それは良いが、ダンジョンに来る者、王都に残る者、村に帰る者は決まったのか?」

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