第32話:交易都市
ガニラス王国歴二七三年六月一七日
ミノル・タナカ領・アドリア・アンドリュー村改めアーロン・パッタージ村
田中実視点
俺が占領したアドリア・アンドリュー村には、一本の街道しか通じていなかった。
西側にあるエマヌイユ・ディアマンティス街としか通じていなかった。
エマヌイユ・ディアマンティス街は、僅かに魔境から外れていて、東のアドリア・アンドリュー村に通じる道以外に、西南北にも道が通じていた。
そのお陰で、辺境ながら小さな交易街となっていた。
「ミノル、アーロン・パッタージ村にエマヌイユ・ディアマンティス街の商人を呼び込むのか?」
ルイジャイアンは、次男が代官になって村名が変わった事を周知したいのか、率先して新しい村名を使う。
「ルイジャイアンの村にまで商人を行かさなくてもいいのか?」
「それが理想だが、現実的ではない。
とはいえ、領民には豊かな生活させたりたいし、俺も税収を増やしたい。
と言う事で、城壁内側の横穴を店にしたいから貸してくれ」
「構わないぞ、村の事も城の事もアーロンに任せているから好きにしてくれ」
「そういう訳にはいかん、アーロンが息子だからこそ、公私の区別が大切だ」
「だったら、他の領主や商人に貸す事も考えて、二人で賃料を考えてくれ。
ルイジャイアンが言ってくれたのだぞ、不老不死以外の事は何も考えなくていい、息子達に代官をやらせるから負担はないと」
「任せろ、全部俺と息子でやる、だが報告だけは聞け」
「分かった、分かった、それで、領民を雇って商売をするのか?」
「ああ、俺の領民とここの領民の中で、働きたいと言う奴を雇う。
ミノルが持って来てくれた物と、ミノルが狩ってくれた魔獣を売る。
ここで売れば、俺の村にまで来る手間と費用がなくなる。
残念だが、俺の村は立地が悪すぎる」
「この村の立地だと、エマヌイユ・ディアマンティス街を拠点にする商人以外は、エマヌイユ街に一泊するか野営しないといけないよな?」
「そうだな、エマヌイユ街に一泊する分の費用と税はどうしても必要だな」
「前に言っていた、守護魔術を使わない普通の街道を南北に創れば、エマヌイユ街に泊まらずに来られるのではないか?」
「私道だと、有力貴族が造った奴から奪って、関を作り通行料を徴収するぞ」
「国が造った街道は通行料がいらないのか?」
「表向きは徴収しない事になっている。
実際には街や村に入る時や宿泊する時に税を取られる。
街や村の周囲にある広場で野営しても、広場の使用料を取られる。
悪質な領主だと、盗賊に変装させた私兵に野営する商人を襲わせる」
「エマヌイユ・ディアマンティスが徴収する税の、半額の通行料を取っても、周囲の商人は俺の創る街道を使うと思うか?」
「エマヌイユ・ディアマンティスは比較的善良な領主だ。
王の目を気にしているのもあるが、不当な宿泊費や入街税は取っていない。
普通なら、その半額ていどでは街道を造り維持するのは不可能だ。
宿泊費がなくなる分、入街税と同じ通行料を取った方が良い。
それでもエマヌイユ街の左右にある村から人が集まって来る」
「分かった、通行料はそれでいい、その通行料で騎士や兵士を雇ってくれ。
貴族や騎士の子弟で行き場のない者を、優先的に雇ってくれ。
そいつらに俺の街道を守らせたら、手出しする者が減るだろう?」
「魔境を開拓する力も金もなく、有力貴族に騎士として召し抱えてもらえる実力もなく、子弟を領地に残すだけの余裕のない弱小貴族や騎士家の者か……
戦力としては役に立たないが、敵意を逸らす事くらいはできるか?」
「有力貴族家に召し抱えられている騎士家でも、跡継ぎ以外は行き場がなくて困っているのではないか?
それは有力貴族の敵意を逸らす事につながらないか?」
「確かに、有力貴族に仕える騎士家も子弟の事では困っているな。
有力貴族の中には家臣を大切にする者もいる。
分かった、味方に付けようとしている有力貴族家に話を通そう」
ルイジャイアンが賛成してくれたので、堂々と脇街道を創った。
神像の列も創らず、守護結界も張っていない危険な街道だ。
それでも、王国の街道よりも広くて地面がしっかりしている。
その日の内にアーロン・パッタージ村から南北に四キロ、そこで西に曲がって王家の南北街道にまで繋がる脇街道を、南北に一つずつ創った。
本当は道を伸ばして、最初の城ミノル・タナカ城とルイジャイアン・パッタージ村にも直通させたかったのだが、ルイジャイアンに反対された。
脇街道をルイジャイアン・パッタージ村にまで直通させてしまうと、悪意のある有力貴族に奇襲される恐れがあるというのだ。
ドーナツ城とミノル・タナカ城の両方を突破しなければルイジャイアン・パッタージ村に行けない、今の状態が一番安全だというのだ。
確かに、戦える騎士や兵士の半数をドーナツ城とミノル・タナカ城に駐屯させている状態では、奇襲を受けるのは危険だろう。
ドーナツ城とミノル・タナカ城の城代をルイジャイアンの息子が務めていれば、経済封鎖される危険もない。
南北の脇街道が完成して、他の村の商人や領民が数多くやって来るようになった。
内陸で岩塩抗もないこの国では、良質な塩がとても貴重で高価だった。
南方でもないので、砂糖や香辛料もとても高価だった。
有力貴族の所に送った使者には、途中の村や街で商品を売って宣伝させていた。
二度目の使者だけでなく、告発文を持って行かせた最初の使者にも、途中の村や街で商品を売って宣伝させていた。
その結果、鉄製品、職人、奴隷を売って塩と砂糖や香辛料を買って戻ろうとする商人が、大挙してやってきた。
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