第18話:逃亡

 ガニラス王国歴二七三年五月七日

 ルイジャイアン・パッタージ騎士領奥の魔境

 田中実視点


 俺は、心から心配してくれる孫のような年齢の女の子の言葉を、無視するほど傍若無人な性格ではない。


 ヴィオレッタの警告に従って、直ぐに村の方に戻ろうとした。

 戻ろうとしたのだが、遅かった。


「「「「「ギャオオオオオ」」」」」


 複数の魔獣が放つ咆哮が周囲から迫ってきた。

 これまでとは全く違う殺気がヒシヒシと感じられる。

 直感が、敵を確認してからでは手遅れだと告げていた。


「遠く大八島国にて風を司る志那都比古神よ

 御身を慕う民に力を御貸し下さい。

 御身が嫌う、祝福の対象となる魔獣を斃させてください。

 御身を慕う民が苦しむほどの魔力を使わない範囲で、魔獣を斃させてください。

 国之常立神の無限袋で集められる範囲の魔獣を斃させてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、風斬」


「「「「「ギャッフ」」」」」


 確かに手応えがあり、断末魔も聞こえて来た。

 間違いなく強大な敵を多数斃した証拠に、身体がピカピカと光っている。


「「「「「ギャオオオオオ」」」」」


 だが、まだ全身に感じる強大な殺気が減らない。

 命の危険を感じほどの殺気が、どんどん近づいてくるのが分かる。


「遠く大八島国にて風を司る志那都比古神よ

 御身を慕う民に力を御貸し下さい。

 御身が嫌う、祝福の対象となる魔獣を斃させてください。

 御身を慕う民が苦しむほどの魔力を使わない範囲で、魔獣を斃させてください。

 国之常立神の無限袋で集められる範囲の魔獣を斃させてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、風槍」


「「「「「ギャッフ」」」」」


 先ほどよりも多い魔力を使って、強力な投槍をイメージして魔術を放った。

 今回も確かな手ごたえがあり、断末魔も聞こえて来た。

 間違いなく強大な敵を多数斃した証拠に、身体がピカピカと光っている。


「「「「「ギャオオオオオ」」」」」


 なのに、まだ全身に感じる強大な殺気が残っている。

 命の危険を感じほどの殺気が、さっきよりも近づいてくるのが分かる。

 全力で馬を駆けさせているのに、引き離すどころか近づいている。


「ヴィオレッタ、倒れるくらいの魔力を使ってドラゴンを斃す。

 俺が倒れたら村まで運んでくれ」


「分かりました」


「遠く大八島国にて風を司る志那都比古神よ。

 御身を慕う民に力を御貸し下さい。

 御身が嫌う、祝福の対象となる魔獣を斃させてください。

 御身を慕う民が死なないギリギリの魔力を使って、魔獣を斃させてください。

 国之常立神の無限袋で集められる範囲の魔獣を斃させてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、風槍乱舞」


「「「「「ギャッフ」」」」」


 意識を失う覚悟で、使える限りの魔力を使って魔術を放った。

 危険を考えて、事前にヴィオレッタの頼んでおいたが、ギリギリ意識を失う事なく、落馬する事もなく、多くの魔獣を斃す事ができた。


 その証拠は、ずっとピカピカと光り続ける身体だ。

 とんでもなく強い魔獣を、数多く斃せたのは間違いないのだが……

 周囲から迫っていた殺気の大半は消えたが、全て消えたわけではない。


「ギャオオオオオ」


 たった一つだけになったが、鳥肌が立つほどの殺気が残っていた。

 魔力を振り絞ったというのに、まだ斃す事ができない強大な敵が残っている。


「ミノル殿、私が囮になります、振り返らずに逃げてください」


 黙って囮になったら俺が追いかけると思ったのだろうか?

 決意の籠った声色でヴィオレッタが言う。


 俺が、周りの人間に嘲笑されても異世界を探し求めたのは、死ぬのが怖いからだ。

 見栄や体裁を捨てても死にたくなかったからだ。

 だが、そんな俺でも、まだ二十歳のもならない少女を身代わりにはできない!


「じじいを舐めるな!

 黙ってついて来い!」


 俺は無限袋から高カロリー飲料を取り出して立て続けに飲んだ。

 高カロリー飲料は完全栄養食で、点滴しなければいけないほどではないが、消化吸収に問題がある人のための栄養補助食品だ。


 高カロリー飲料だけ飲んでいれば、身体に必要な最低限の栄養は摂取できる。

 必要量を飲めば、高カロリー飲料だけ生きて行ける。

 常識外れの早さで消化吸収出来れば、体力だけでなく魔力も回復できる、はず。


「遠く大八島国にて健康を司る墨坂大神よ。

 六大神の力の総称、墨坂大神よ。

 天地宇宙創造の神、天御中主神よ。

 男女産霊の神、生成力を持たれる神、高皇産霊神よ。

 生成力を我々人間の形とした御祖神、神皇産霊神よ。

 国生みと神生みの男神、伊邪那岐神。

 天津神の命により創造活動の殆どを司り、冥界を司る女神、伊邪那美神よ。

 五穀豊穣、厄除け、国の守護神である、大物主神よ。

 御身を慕う民に力を御貸し下さい。

 食べた物を体力と魔力に代えてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、完全回復」


 内臓がフル回転しているのが分かる。

 飲んだばかりの高カロリー飲料が消化吸収されるのが分かる。

 魔力が吹き出すように造られているのが分かる。


「遠く大八島国にて雷と剣と相撲を司る建御雷之男神よ

 御身を慕う民を御救い下さい。

 御身を慕う民を殺そうとする魔獣を叩き殺す力と技を御貸しください。

 戦う力を残して全ての魔力を使って魔獣を叩き殺す力と技を御貸しください。

 今追いかけてきている竜を斃せる力を御貸しください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、身体強化」


 これまでにないほどの力を授かったのが分かった。

 これほどの力なら、追いかけてきている手負いのドラゴンを斃せると確信した。

 だが、魔力の大半を使った状態で戦いに挑むほど、俺は愚かではない。


 無限袋から追加の高カロリー飲料を取り出してがぶ飲みした。

 十個二十個と立て続けに飲んで、使った魔力を回復させる。

 墨坂大神は優しい、後から飲んだ高カロリー飲料も魔力にしてくださる。


「お前達は村に戻っていろ、直ぐに追いかける」

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