第2話:不老不死には金がかかる。

 ガニラス王国歴二七三年五月五日

 ルイジャイアン・パッタージ騎士領

 田中実視点


 念願の異世界に来られたが、いきなり大ピンチだ!

 予防接種をしている病気なら良いが、それ以外なら命が危ない。

 特に天然痘のような病気だと、異世界転移して直ぐに死ぬ事になる。


 まあ、元々六十歳で死ぬと思って始めたおふざけが真になったのだ。

 こんな幸運を、感染が怖いからと言って手放す事などできない。

 細心の注意は払うが、ここで逃げる選択だけはない。


「ヴィオレッタ騎士、最初に聞いておきたい事がある」


「何でも聞いてくれ、知っている事は全て正直に話そう」


「この世界に不老不死はあるのか?

 俺は死にたくなくてこの世界にやってきた。

 若返られなくてもいいが、永遠の命は欲しいのだ」


「不老不死のドロップは有ると言われているが、普通では絶対に手に入らない。

 ダンジョンの奥深くに潜り、伝説級のモンスターを何十何百と斃して、ようやく手に入る幻のアイテムだ。

 数十年に一度売りに出される事があると聞いているが、私は知らない。

 昔話として、百年前に売り出された時には、大金貨千枚だったと聞いている。

 今売りに出されたらどれほどの値がつけられるのか想像もできない」


「この世界の金貨は銀や銅が混ぜられているのか?」


「いや、金貨も銀貨も混ぜ物はない」


「大金貨の重さはどれくらいなのだ?」


「四三グラムだ」


 その後も話を聞いたが、この世界の通貨交換はとても分かり易かった。

 硬貨がダンジョンからドロップされるからか、金銀銅の重さが違うのだ。

 食べ物や着物の値段、職業別の日当も聞いたので、大体の価値は分かった。


小銅貨:  3g:  100円:1ペク

大銅貨: 30g: 1000円:10ペク

小銀貨:2・9g:   1万円:100ペク

大銀貨: 29g:  10万円:1000ペク

小金貨:4・3g: 100万円:1万ペク

大金貨: 43g:1000万円:10万ペク


「ここが病人を集めている礼拝堂だ、入ってくれ」


 ヴィオレッタ騎士が礼拝堂の扉を開けてくれたので、先に入った。

 病人臭ではなく糞尿の臭いが鼻をつく。


 ガラスが発明されていないからか、ガラスが高いからなのか、薄暗い。

 正面の観音開き扉以外には、左右に僅かな隙間が空いているだけだ。


 形から考えると矢狭間としか思えない。

 モンスターなのか人間なのかは分からないが、襲撃に備えているのだ。

 とでも頑丈そうで、高さもある防壁だったが、突破される可能性があるのだ。


「何者だ?!」


 中にいた者に咎められた。

 まだ礼拝堂の薄暗さに慣れないので、姿形がはっきりしない。

 声から中年の男だと思うのだが、異世界の医者か?


「大丈夫だ、別の世界からの客人だ」


「ヴィオレッタ様、ここは危険でございます、直ぐにお戻りください!」


「戻れぬ、父上の代わりに別世界の客人を案内しなければならない。

 初めて来てくださった客人が、危険な疫病患者を診てくださるのだ。

 領主家の者が誰一人同行せぬのは恥だ」


「……そういう事ならしかたありませんが、病の者達に触れてはなりません」


「分かっている、客人、診てくださるという事だが、何かする事はあるか?」


「最初に意識の有る患者さんに話しておいてください。

 礼拝堂の中が明るくなるので、驚かないようにと」


「分かった、明かりの魔術を使われるのか?」


 魔術、魔術もあるのか?!

 聞き忘れていたが、ダンジョンがあってモンスターがいるなら、魔術もあるよな。


「魔術ではないですが、私の世界の術で明るくします。

 病の方々に話して、驚かないようにしてください。

 心臓が弱っていると、驚きで心臓が止まってしまうかもしれません」


「それは大丈夫です、魔力の余裕がある時は中を明るくする事もあります」


 医師か看護士と思われる先ほどの男が言うので、遠慮なく明るくした。

 生れて初めて、どんな危険が待ち受けるか分からない異世界を探検するのだ。

 日本で手に入る武器や道具はできるだけそろえて来た。


 頭はオートバイ用のフルフェイスヘルメットで守っている。

 その上からLEDヘッドライトも付けている。

 両肩にもペン型のLEDライトをつけて暗闇に備えている。


「明るくする」


 俺はちゃんと断ってから一つずつライトをつけた。

 ざっと百人弱の人間が寝かされているが、子供と老人が多い。

 体力がない者が罹る疫病なのだろう。


「疫病患者の症状を聞かせてくれ」


 ヘルメットを取り医療用のマスクと手袋を付けている間に、医師か看護師と思われる異世界の男に話を聞いた。


 男の話が正しいとしたら、患者の命を奪うのは激しい下痢のようだ。

 ちらっと見た患者の顔には、最悪のブツブツがない。


 天然痘の痂皮があったら逃げる気だったが、話を聞いている間に遠目に見た患者さんたちの肌に痂皮はない。


「ちょっと病気の状態を診させてもらうね、舌を出してくれるかな?」


 遠めの望診では触っても大丈夫と思えたので、舌診もしてみた。

 真剣に東洋医学を研鑽してきた人の足元にも及ばないが、ダラダラとやってきた程度の知識と経験はある。


 聴診器は持って来ていないから、聞診は声色や咳の有無ていどで済ませる。


 問診は患者さんに意識があれば直接聞き、意識がなければ介護の家族に聞く。


 最後の切診では左右の手首で脈をとり、リンパ節を押して痛みがあるか確認した。


「病気を完全に治せるかどうかは分からないが、下痢さえ止められれば直ぐに死ぬ事はないと思う。

 下痢を止めて脱水症状を何とかするには、経口補水液を飲ませる必要がある。

 ちょうど商品にしようと思って持ち込んだ上白糖と食塩がある。

 買ってくれるのなら経口補水液を作るが、どうする?」


「それは、この者達を治せるという事か?」


「根本的な病を治す訳ではない。

 病から下痢になって、身体の水が抜けてしまって死ぬのを防ぐだけだ」


「その上白糖と食塩というのを、いくらで売ってくれるのだ?」


「暴利を貪る気はない、上白糖と食塩は、この世界の小売値で売ろう」


「分かった、父上の所に案内する、ついて来てくれ」


「さっきも言ったが、領主殿に会う前に風呂に入った方が良い」


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


 危険を伝えているとしか思えない鐘が聞こえて来た!


「緊急事態だ、私は西門に向かう!」

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