第10話 奴隷の少女

 彼女は明らかに嫌がっており、嫌だと泣き叫んでいるのが見えた。


「おとなしく来るのです。さもないと命令しますよ!」


 しかしそのひと声で、暴れていた少女はおとなしくなった。びくんとし肩を落とすと、奴隷商の命令に従って店に入っていく様子が目に留まった。その少女は粗末な衣服を身に纏い、銀色の髪を肩まで伸ばしていた。いや、あれはそんな代物じゃない。ズタ袋に穴を空けて被っているだけだ。酷い!こんなことが許されて良いのか!と僕は怒りを覚えた。


 彼女の姿はかつて孤児院で過ごした時に、妹のように僕を慕ってくれていた子に似ており、心がざわついた。


 でも、彼女は赤茶色の髪だったため、似ているだけの他人であることは明白だった。


 それでも気になり、奴隷商に近付いたところ、こちらに気が付いたようだ。

 デップりとした30代半ばの脂ぎっている男だ。


「これはこれは冒険者様。お恥ずかしい場面を見せてしまいました」


 渋々建物の中に入っていく少女の後ろ姿を目で追っていた。

 僕が興味を示したので、奴隷商は先程の少女について話し始めた。


「困ったものでして。彼女は先日仕入れた奴隷でして、まだ教育も受けていないのです。ですが、その美貌から数年後に性奴隷として売りに出せば、高値が期待されております。興味がおありですかな?」


 ここで怒りを露にしても軽くあしらわれるのは自白の明だ。

 そこで頷くことにした。


「それでしたらついでとなりますが、後学のためにも私どもの奴隷を見ておいきになられますか?彼女のこともお話をしましょうか?」


 僕は頷くしかできず、奴隷商の主自ら直々に案内された。


 まず通ったのは女性の奴隷がいるエリア。

 僕に色目を使ったり、わざと胸を見せてきたりと僕は真っ赤になる。


「奴隷商は初めてですかな?」


「あっ、はい」


「彼女たちは出戻りの性奴隷で、買われた主人によって生きざまが左右されます。失礼ですが女性に対する免疫の少なさそうなバンスロット様に買われやしないかとああやってアピールをしております。ですがいちいち表に出さぬことですよ」


「えっ?僕名乗りましたっけ?」


「これはしたり。大抵の奴隷商は鑑定スキルを持っているのですよ。ギフトをお待ちのようですね」

 

「そんなことまで分かるんですか?」


「ほほほ。やはりギフトをお待ちなのですね。カマを掛けたのですよ。お気を付けなさい。私のように善良な者ばかりではないですぞ」


 あんた善良なんか?善良な奴が人を売り買いさせないだろ?とツッコミどころ満載だが、先へ進むので次のエリアにいる戦闘系を見ていく。

 奴隷は細長い檻に入れられていて、展示されている感じだ。


 そうして一通り見て歩くと、応接に通され奴隷商は部下になにかを指示していた。


「僕は自分からばらしたってことですか?」


「そうなりますな。良いですかな?鑑定しても冒険者カードに記録されている内容程度しか見れません。ご安心なさい。私どもの口からばれることはございません」


「何故僕を案内してくれるんですか?見ての通りランク8の若造ですよ?鑑定したなら尚更でしょ?」


「バンスロット殿はソロでございましょう?昔から独力でダンジョンにソロで入るようになった者は大成すると言われております。ギフト持ちとなれば尚更でございます。未来のお得意様に唾を付けるのは商売人の性でございます」


「確かにたまたま魔物を倒す機会があり、ランクが上がり、その時にステータスチェックをしてギフトの存在に気が付きました」


「さて、あの娘・・・欲しいですかな?もちろん処女でございます。と言っても、そのような目的ではないのでしょうが、このままだと買われた先でどうなるか分からない方でもございますまい」


「教育前に僕が買うことは難しいですよね?」


「駆け出しの方でございますれば無理でしょうな。あれだけの上玉は中々入荷出来ません。3年みっちり教養や奉仕の仕方を仕込んで販売しますと、そうですな、3000万gつまり金貨3000枚程になりましょう」


 僕は絶望の表情を浮かべていたと思う。


「バンスロット殿、顔に出ておりますぞ。あくまで教育を施した場合でございます。あなた様の本気を示してくだされば、仕入値でお売りしましょう」


 僕はパッと明るくなった。


 ドアがノックされ、先程の子がメイド服に身を包み、トレイに飲み物と茶菓子を持って現れた。


「889号、となりに座ってご挨拶をなさい。貴女を買うかも分からないご仁ですよ」


「よ、よろしくお願いします」


 僕はその声に魅了されたかのように頷いた。

 先程の格好ではなく、布面積の多いメイド服に安堵した。


「あのままの格好ですと、バンスロット殿は鼻血を出して倒れそうでございましたからな。奴隷は番号で呼ぶのですが理由は分かりますかな?」


 僕は首を横に振った。


「ひとつには自分が奴隷であることを分からせるため。新たなご主人様が名を付けられるまで通し番号を使うのが通例でございます。もうひとつは、情を移さぬためでございます。例えばこの者ですが、教育するとなると3年顔を見ます。それほどいれば僅かながら情が移るものです」


「それは分かりましたが、僕にどうしろと?」


「7日間待ちます。7日後にこの者の仕入値である金貨500枚を揃えなされ。ランク8の方ですと、それこそ命を賭けても難しい額でございましょう。6日後に近くのダンジョンが発生して1年になります。クリアすれば不可能ではございません。貴方にできますかな?お金を用意できるのなら私にとって悪い先行投資ではありませんからな」


 僕は倒れそうになった。

 僅か7日で。しかもランク4、単独だとランク3はないと厳しいダンジョン踏破をやってのけろと言ってのけた。


「先行投資?えっと、じゃ、じゃあ、7日は待ってくれるんですね?」


「もちろん。横槍が入らぬよう他の者の目に止まらぬところに隠しておきますとも」


「止めておきなさいよ!あんた死にたいの?バカじゃないの!そんなの無理に決まっているでしょ!私、あんたが命を賭けられるような価値のある女でもないし、知り合いですらないのよ!」


「うん。バカだよね。さっき外で君が泣いているのを見たんだ。女が泣いているのを見て助けたいと思っただけなんだ。それにこの人、見た目はこんなだけど悪い人じゃないような気がするんだ。色々なアドバイスをくれたし、僕ならやれると思っているんでしょ?」


「はて?どうでしょうか?ギフト持ちですから可能性は低くないと思いますぞ」


「あんたさっき、ギフトのことは言わないって!」


「この子が他の人に買われる状況を考えてごらんなさい。貴方は彼女を見捨てないでしょう。ならば他の者が買うその状況は、貴殿の死を意味するでしょう。さすれば死ぬかこの子の主人となるよかのどちらかですぞ。奴隷は主人に関して守秘義務がありますから、この者の口からバンスロット殿の秘密は漏れませぬ」


 僕は正論にぐうの字も出なかった。


「お金は・・・何とかします。絶対この子を助けます!」  


「宜しい!流石は私が見込んだご仁ですな。ただし、私の知る限りダンジョン踏破だけでは足りませぬぞ」


 僕は頭を下げた。


「君を必ず奴隷から救うと誓うよ。だから信じて待っていて欲しい」


 そんな事を言ったは良いけど、クサいセリフに恥ずかしくて僕は彼女の顔を見れなかった。そう言ってから僕は奴隷商を後にした。

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