クラスメイトside3. 突きつけられし絶望。

 ――勇者パーティによる第二次ルインズ大迷宮遠征は最悪の幕引きを迎えることとなった。


 迷宮の入り口は衣裳垢膩プリュイの手によって崩壊。

 適当に斬撃を放って崩壊させたと思いきや、絶妙な加減で迷宮の入り口付近の天井が破壊されたらしく、騎士団と冒険者ギルドによる共同調査によって復旧までにはかなりの日時を必要とするだろうという見解が示された。


 崩落の瞬間を、美雪はただ茫然と見ていることしかできなかった。

 やっと無縫の生存を確認しに行くことができると一縷の望みを抱いてここまで来たというのに、その可能性が無惨にもたった一人の少女の手によって打ち砕かれたのである。


 ……まあ、衣裳垢膩プリュイは美雪達の奈落へと消えた無縫の捜索を意図して妨害した訳ではなく、彼女達なりの思惑や正義に従って行っただけであり、彼女達からすれば「いや、そんなこと言われても困るんだけど」と言いたくなるような話なのだが。


 それに、無縫も既に迷宮を脱出し終えているため、第三者の神の視点から見れば随分と滑稽な話である。……まあ、美雪達に無縫が生存していることも、時に空間を越え、時に北半球の大陸中を駆け巡り、奔放に楽しく旅をしていることなど知る由もないことなのだが。


 ルーグラン王国に戻ったガルフォールはすぐさま王族にルインズ大迷宮で起きたことを伝えた。

 報告を受けたオルティガは激怒。白花神聖教会の敬虔な信徒であるオルティガにとって勇者パーティとは神が使わした使徒――その精鋭たる春翔が負けるなど断じて許されない、あってはならないことなのである。


 オルティガはガルフォールに騎士団による速やかなルインズ大迷宮入り口の修復と、ログニス大迷宮への遠征を命じた。

 勇者の聖武具の回収は急務だ。ルインズ大迷宮の復旧を待っている暇などない。

 ルインズ大迷宮の入り口の復旧作業を進めている間にログニス大迷宮で勇者パーティのレベル上げを進める――オルティガは我ながら良い案を思いついたと自画自賛していたが、振り回される側は溜まったものではない。


 ……まあ、そのログニス大迷宮もとっくの昔に攻略され、大切な聖武具は虚界からやってきた侵略性怪人幹部のコレクションになってしまっているため、遠征の旨みはほとんどないというのが実情なのだが。


 美雪は今回の一件で再び心が折れかけていた。迷宮という食料が乏しい環境では、例え運良く生き残っていたとしても力尽きることになってしまう。

 無縫の生存確率を高めるためにも一刻も早く迷宮の下層を探索しなければならない。そう息巻いていた美雪にとってこの足止めはあまりにも大きすぎる痛手だった。


 遠征に行くような気力などルーグラン王国に戻った時点ではすっかり無かった美雪は同行を拒否、花凛も美雪が心配だから城に残ると言い出したが、春翔と億土の二人が中心となって「勇者パーティは団結しなければならない!」などと言い出し、美雪達の感情も斟酌せず同行を強要。

 結果として、ルインズ大迷宮に赴いた時と同じメンバーで(聖武具がとっくの昔に回収された)ログニス大迷宮へと向かうことになった。


 春翔は「勇者パーティの結束をより強固にできた」と一人満足していたが、この時の春翔達の美雪達の気持ちを斟酌しない勝手な行動が美雪達と春翔の関係を大きく悪化させたのは言うまでもない。



「一体、どうなっているんだ!?」


 砂漠の過酷な環境に悩まされながらログニス大迷宮まで辿り着いた春翔達を待ち受けていたのは残酷な現実であった。

 迷宮の入り口は分厚い氷で閉ざされている。砂漠の照りつける日差しを浴びても全く溶ける様子はないようだ。


「この氷は……いや、しかし何故……」


「ガルフォール団長、何か知っているのですか!?」


「ああ……似たような氷を一度だけ見たことがある。彼女は魔法の才に優れていた。氷獄術師と呼ばれる固有系戦闘系天職を持っていた。『万象が凍結する世界セントラル・オブ・コーキュートス』と呼ばれる魔法が代名詞となっている強力な魔法使いで、対魔族の切り札になるのではないかと一部では言われたくらいだ」


「でも、王城内でそんな人の噂は聞かなかったわよ」


「花凛が知らないのも無理はない。フレイヤ・スカーレット・ピジョンブラット公爵令嬢――かつて、我が国の第一王子オーブリア・ムーンライト・ルーグラン殿下の婚約者であった我が国の筆頭公爵の娘であった彼女は卒業パーティで王子殿下に一方的に婚約破棄を突きつけられたことで絶望し、自ら命を絶ったのだからな。……あの痛ましい事件は王城の中では禁句だ。誰も口にしようとしない話なのだから、知らないのは当然のことだ」


 筆頭公爵家として権勢を誇っていたピジョンブラット公爵家の令嬢フレイヤは模範的な令嬢として社交界で知られる人物だった。

 血統も王族の婚約者に相応しいものであったことから幼少の頃に次期国王と目されるオーブリア王子と婚約を結ぶこととなった。


 ルーグラン王国の繁栄のために厳しい王妃教育も耐え抜き、遂にはルーグラン王国で二番目に賢い才女と呼ばれるに至るまで成長。

 その傍ら、類い稀な氷獄術師の力を駆使して騎士団と共闘し、魔物の大氾濫スタンピードなどから幾度となく国を守り、ルーグラン王国の危機を救ってきた。


 オーブリア王子はフレイヤ公爵令嬢と結婚し、国は益々繁栄をしていくことになる……と、その頃の誰もが信じて疑わなかった。

 だが、二人が王立魔法学園に通い出すようになってから少しずつ雲行きが怪しくなってくる。


 辺境の地出身の聖女の天職を持つ男爵令嬢がオーブリア王子や国の重鎮達の子息達と交流、いや、最早交流と呼ぶべき枠を逸脱し、逢瀬を重ねるようになっていったのである。

 オーブリア王子の婚約者であるフレイヤは婚約者がいる身でありながら男爵令嬢に必要以上に入れ込むオーブリア王子に再三に渡って警告した。

 男爵令嬢に対しても淑女として、その行いは良くないと、あくまで模範的な公爵令嬢として男爵令嬢を嗜めた。


 フレイヤ側に決して非があった訳ではない。フレイヤも、フレイヤを支持する公爵家派閥の貴族令嬢達も決して一線を越えるような真似をしたことはなかった。

 しかし、男爵令嬢はフレイヤ達から嫌がらせやイジメを受けていると告発。彼女曰く、教科書を破られた、鞄の中身を荒らされた等々……フレイヤ達は彼女が根も葉もないことをでっち上げていると反論したが、オーブリア王子達は聞く耳を持たず、遂に学年末パーティでオーブリア王子はフレイヤに「君のような人間は私の妻に相応しくない」と婚約破棄を告げたのである。


 パーティ会場から一人逃げ出したフレイヤはしばらく茫然としていたが、自暴自棄となったのかルーグラン王国の王都を流れるロナヴ川まで走り、靴を脱ぎ捨てて、その欄干から川へと身投げした。

 その光景を橋の近くにいた幾人かと、近くにあったスラム街の人間が何人か目撃していたことが後の調査で判明している。


 パーティ会場を守る騎士は王子達が「追う必要はない」と告げたことでフレイヤの追跡を断念しており、橋の周囲にいた人々は彼女の身投げを止めようと動いたものの、結局彼女の自死を止めることはできなかった。

 もし、王子達が止めていなければ、あのような痛ましい事件は起きなかっただろう。


 後に判明することであるが、その男爵令嬢はマールファス連邦の息の掛かったスパイであり、魅了という力を使って王子達、国の中枢の人間を籠絡してルーグラン王国を内部から破滅させる傾国の姫としての役割を期待されて送り込まれていた。

 そのことが判明した後、男爵令嬢は死罪となった。


 ……だが、全く非が無かったフレイヤの死について王国側からの謝罪は無かった。

 魅了されていた王子達に責任はないと、ピジョンブラット公爵家には引き続き王家のために尽力してもらいたいと、国王オルティガは顔色一つ変えずにピジョンブラット公爵に対して宣ったのである。


 王国の腐敗を目の当たりにしたピジョンブラット公爵は娘の命を、その犠牲をなんとも思っていない王家に対して怒りを覚えた……が、それ以上に身の危険を感じた。

 これ以上国に留まっていたらどのような目に遭うか分からないと速やかな国外脱出を決意したピジョンブラット公爵は家族と信頼に足るピジョンブラット公爵家派閥の貴族達と共に国外へと脱出しラーシュガルド帝国への亡命を果たした。


 これが、後にピジョンブラット公の亡命事件という形でルーグラン王国の歴史書の一頁に刻まれることとなる。


「……確かにそれだけ聞けばフレイヤ嬢は悲劇の令嬢だ。しかし、こんな噂もある。彼女は死んでいないのではないかという話だ。……まあ、ほとんど願望みたいなものだがな。彼女は主に共闘した騎士団や宮廷魔法師達から高い信頼を勝ち得ていた。そんな彼女があんなくだらないことで命を散らした筈がないと思いたかったのだろう。……だが、全く根拠がないという訳ではない。その大きな理由が、彼女が貧民街に足を運んでいた姿を目撃したという噂だ。まあ、あの高貴な令嬢が貧民街に赴くとは到底思えないのだが……」


「確かに、可哀想な境遇だが王国への恨みはあるよな? ってことは、そのフレイヤって奴が衣裳垢膩プリュイの力を借りて王国に復讐しようとしているってことか? 俺達の妨害をして。まあ、確かに気持ちは分からない訳でもないけどよ、でも、人々を危険に晒してまでやるべきことじゃないと思うぜ」


「億土の言う通りだ! 人々の生活を脅かすフレイヤさんのやり方は許せない。もっと他に、ルーグラン王国と和解できる方法がある筈だ」


「……春翔君、億土君、話を纏めようとしているところで申し訳ないのだけど、ちょっと待ってもらえないかな?」


「テルリン、どうしたの?」


 五十鈴の声も聞こえていないのか、照はほんの少しだけ思考の海に沈んでいたが、考えが纏まったのかゆっくりと瞑っていた目を開ける。


衣裳垢膩プリュイは二つの言葉を使っていたよね? クライアントと相棒。この場合、フレイヤさんはクライアントという扱いになるのかしら?」


「そこまでは分からないが、衣裳垢膩プリュイには二人の仲間がいて、フレイヤ嬢はその中の一人ってことになるんだろうな」


「もし、クライアントであれば衣裳垢膩プリュイともう一人、フレイヤさんの協力者がいるってことになる。でも、もし、フレイヤさんが衣裳垢膩プリュイの相棒だったとしたらクライアントは誰になるのかしら?」


「あれほどの戦力を従えることができる存在となると限られてくる。衣裳垢膩プリュイの言葉を真と置いて魔族が絡んでいないとすれば、闇の世界の重鎮や、マールファス連邦やラーシュガルド帝国の上層部……だが、男爵令嬢を派遣して国崩しを狙ったマールファス連邦と協力するとは思えない。となると、公爵家が亡命したラーシュガルド帝国か?」


「或いは、まだ私達が気づいていない存在が暗躍しているのかもしれないわね」

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