雪女は恐ろしいって偏見が人間にはあるみたいですけどぉ、私には人間である父親の方がよっぽど異常者に思えましたわぁ。

 砂嵐の吹き荒れる砂漠……その中に突如として現れた異質な緑。

 それが、オアシスの国――クランチルス公国である。


 規模は東京都と同じ程度で、人口に至っては東京の昼間人口の五分の一程度と他の国に比べてかなりの小国だが、商人達の重要な交易路網がそのど真ん中を貫いているからか活気に満ち溢れている。

 もう一つ、活気に満ちている要因があるとすれば迷宮だ。攻略されていない大迷宮の一つ、ログニス大迷宮があるこの地には大迷宮に眠る秘宝を求めて多くの冒険者が集まっている。


 ルインズ大迷宮の周辺と同様に冒険者向けの宿泊施設や娯楽施設が発展しており、それらが重要な資金源となっているようだ。


 さて、真由美、幸成、雪芽の三人が目指すログニス大迷宮の入り口はクランチルス公国がある巨大オアシスからほんの僅かに離れた砂漠の中にあった。

 無数の巨石によって構成される古代の遺跡のような建物が地下迷宮への入り口となっているらしい。かつて、この地には地下迷宮へと繋がる巨大な大穴があったが、古の時代に迷宮そのものを信仰する文明が生じ、彼らが迷宮を祀るために神殿を築き上げたらしい。その神殿の成れの果てがこの古代の遺跡ということになるようだ。


「ふむ、見ない顔だな。……ここ最近この地に来た冒険者か? 軽装で少数精鋭、それに女性二人に優男一人……本当に大丈夫か?」


 迷宮の入り口から続く列の最後尾に並び、順番が回ってくるのを待っていた真由美達は、自分達の番になって早々に受付を担当していたガタイの良い男から訝しむような視線を向けられた。

 真由美達は明らかに他の冒険者に比べて軽装である。それに、他の冒険者は回復職の女性が一人いるかいないかでほとんど男所帯のようだ。

 冒険者に成り立てで右も左も分からないルーキーだと勘違いされたのか、背後の冒険者チームの者達から「クスクス」と感じの悪い笑い声が聞こえる。


「まあ、いい。ステータスプレートを見せてくれ」


「これでいいかしら?」


「おう……とりあえず、怪しい奴ではないみたいだな。マユナ=モモサワ、ユキナリ=カモワケイカヅチ、ネージュ=スノーホワイト……聞き慣れない名前や苗字が多い気がするが」


 名前と苗字をひっくり返し、名前を僅かに変え、苗字を清音に変えただけの真由美以外の二人が明らかに変な偽名を選んだ二人に真由美が「流石にここは統一しなさいよ。訝しまれてしまうじゃない!」という意思を込めて睨め付ける。

 ……まあ、真名を知られることは呪を無防備で受けるということ。基本的に陰陽師も鬼斬も安全とは言い難い場所で濫りに名前を口にすることはないのだが。

 ちなみに、ステータスプレートの名前は通常のステータスプレートと違い自由に変更可能である。


「天職はマユナが蒼焔騎士……聞いたことはないが、恐らく戦闘系の固有系天職だな。ユキナリが……ほう、風水師と地図職人のダブル天職持ちか!? 非戦闘系天職の地図職人はともかく風水師の方は固有系天職、未知数だな。そして、ネージュが洌流剣士と占星術師か? どちらも固有系天職だな? しかし、剣士というには剣を持っていてもいいように思えるが……剣を持っていないようだが?」


「うふふ、剣ねぇ。この通り、魔法・・で作れるから問題ないわぁ〜」


 ピキリピキリと大気が凍り付く音と共に氷の剣が生成される。

 その剣を掌で握ると、雪芽は妖艶を笑って剣を一振りした。


「魔法師系の天職ではないのに随分と魔法の才能があるみたいだな。……前代未聞だが、実際に見せられちゃ反論の余地はねぇ。よし、名簿に名前は書いた。危なくなったら帰ってこいよ」


 「もうここには帰ってこないんだけどね」という言葉を飲み込み、三人は迷宮の中へと突入した。



 迷宮に出現する魔物はまだ百層未満の上層部ということもあって大した強さではなかった。

 真由美達は自分達の得意分野である鬼斬の技と陰陽術を封印し、それぞれの天職でできることをとりあえず手探りで調べていくことにした。相手は緑小鬼ゴブリン程度の雑魚のため、いざという場合でも遅れを取ることはないだろう。それに、他の冒険者達もいるため最悪の状況に陥っても助かる可能性は十分にある。……まあ、そもそも他の冒険者がいないのであれば容易に鬼斬の技や陰陽術を解禁できるのだが。


「蒼き焔よ! 我が太刀に宿れ!! ……なるほど、こういう感じなのね」


 普段は覇霊氣力を纏わせている刀身に蒼焔を纏わせ、美しい剣捌きで次々と緑小鬼ゴブリンを斬り捨てていく。

 その剣技の美しさは迷宮に通い詰めている常連の冒険者達が思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまうほどだ。


「相変わらず、美しく恐ろしい剣捌きですね。では、私も……【地形把握】、【全マップ探査】!」


 一方、幸成はというといきなり戦闘には参加せずに非戦闘系天職であると思われる地図職人の力から調査を開始した。

 【地形把握】のスキルで迷宮の地形を読み取る。その後、【全マップ探査】のスキルを発動し、大迷宮の一階層分のマップを視界にゲームのウィンドウのように浮かび上がらせる。


 筆写系のスキルを用いてマップを書き出すことも可能だが、手頃な紙を持っていないため紙のマップを作ることを諦めた幸成は、満を辞して風水師の能力の調査を開始する。


「風水とは地形を読み解くこと。そして、そこに秘められた力を引き出すこと。――ゴブリン諸君、上からの落石にご注意を」


 幸成が糸目のままニヤリと口角を歪めた瞬間、降り注いだ無数の岩が緑小鬼ゴブリンを押し潰した。


「迷宮内部では地震や落盤、落石などの発生率が高いみたいだ。とはいえ、ものによっては私達にも被害を出しかねなくなる。ご利用は計画的にだね」


「うふふ、なかなか強いわねぇ。じゃあ、私も実験、始めちゃおうかしらぁ?」


 氷の剣に水を纏わせるイメージを思い浮かべると、雪芽の剣の刀身を水が覆った。


「――激流の斬撃カレント・ストリームよぉ〜」


 雪芽が力いっぱい剣で横薙ぎを放つと、刀身に纏っていた水が刃となって緑小鬼ゴブリンの群れに殺到した。

 剣にほとんど・・・・触れたことのない・・・・・・・・素人が放ったにも拘らず、斬撃は緑小鬼ゴブリンの身体を綺麗に両断する。


「うふふ、色々と検証の余地はありそうねぇ。さぁてぇ、もう一つの方も調べちゃいましょうかぁ?」


 次の瞬間、雪芽の口から飛び出した言葉に真由美と幸成は背中が冷たくなる感覚を味わった。


銀河衝突グレート・アトラクター


 次の瞬間、緑小鬼ゴブリンの群れの近くに二つの小さな銀河が生じる。二つの銀河はグレート・アトラクターを引き起こし、巻き込まれた緑小鬼ゴブリン達を跡形もなく粉砕した。


「あらあら、思っていた以上に強くて困っちゃうわぁ」


「……占星術師って星々の運行を支配する職業だったかしら?」


 真由美が常識を疑うような占星術師の力に目頭を押さえ、幸成は「素晴らしい術ですね」と手放しで雪芽の力を讃えた。

 そして、それを見ていた(真由美や雪芽のことを狙っていた)冒険者達は「あの人達だけには逆らってはならない」と強く心に刻み込んだのだった。



 迷宮を進むにつれ、引き返す冒険者が増えていった。

 その要因は迷宮の構造である。完全にランダムに配置されている地下へと続く階段を手探りで探すのは困難を極める。では、マップがあれば……という話になるが、巨大な迷宮の通路を地図職人などの天職を使わず正攻法でマッピングするのはなかなかに大変だ。

 マッピングせずにひたすら階段を探すというのも一つの手だが、冒険者達は転送装置の存在を知らない。迷宮から安全に帰還するためにも迷宮の構造の確認や階段の位置に関する情報は必須である。


 それに、マッピングしている間にも魔物の群れとの遭遇戦が行われることになる。

 魔物との遭遇戦をしながらのマッピング……当然、それほどの苦行を経て手に入れたマップは一財産だ。

 迷宮の財宝に少しでも近づける情報である。それを何の見返りもなく他の冒険者仲間やギルドに公開してしまうことは不利益に繋がるのではないか? そのように、他の冒険者達よりも先んじて迷宮を攻略しようと情報を隠す冒険者達の存在も迷宮攻略が無縫が呆れるほど進展していないこの状況の要因となっていた。


 もし、一部の冒険者達のように全ての冒険者達が情報を提供していれば百層までの攻略は可能かもしれない。……まあ、その先に待っているのはあの侵略生物のデモニック・ネメシスな訳だが。


「そろそろ四十五層ぐらいかしら? 私が数え間違えていなければ、だけど」


「四十五層であってますね。……三十八層で最後の冒険者パーティと分かれてからかなり時間が経っています。予定より早いですが、お二人をお呼びしても良いかもしれませんね」


 安全第一で他の冒険者パーティは切り上げている。幸成達が共に入った冒険者パーティはこの時点で全て探索を切り上げており、ここまで先行部隊の他の冒険者パーティとも遭遇していない。

 幸成は予定より早いがドルグエスと楪をこの場に呼び寄せても大丈夫だと考えていた。真由美も雪芽も幸成の意見に同意する。


 幸成が代表して無縫に電話を掛けている間、真由美は雪芽に抱いていたとある疑念を晴らすことにした。


「……雪芽さん。さっきの氷って魔法ではないわよね? あの時、一瞬妖気を感じたわ」


「あははぁ……私が妖怪ですかぁ? そんなふうに見えますかぁ?」


「でも、異世界に行ったことはないのよね? 天職も魔法系では無かったし、過去に異世界に行っているなら無縫君も何かしらの反応を示す筈」


「まあぁ、隠しても仕方ないですしぃ……私は雪女と人間の半妖ですわぁ」


「なんじゃと!? まさか、雪芽! お主、妖怪の血を引いていたのか!?」


 時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを経由してやってきた楪が現れるなり驚愕の形相で固まった。ちなみに、一緒にやってきたドルグエスは「そんなに驚くことなのか?」と不思議そうにしている。


「そういえばぁ、楪さんには言ってなかったかしらぁ? でもぉ、大妖怪の楪さんなら気づいていると思ったわぁ」


「き、きき、気づいていたに決まっておろう!」


「……気づいていなかったわね」


 明らかに動揺している楪に真由美が呆れの篭った視線を向ける。


「私、出身地は奥羽山脈の永久吹雪地帯なのぉ」


「……確か、雪女の集落がある地域ね。人間の探索を阻むように分厚い雪が降り積もり、極寒の吹雪が吹き荒れるとか。人間の精気を吸い取ったり、凍死させたり、谷底に突き落としたり、食い殺したり……恐ろしい噂しか聞いたことがないわ。まあ、基本的に一つ所に留まっているから人間への被害なんて滅多にないのだけど」


「雪女って閉鎖的な性質の妖怪ですからねぇ。……実際、私の父もお母様に殺され掛けたらしいですしぃ。まあ、でもぉ、お母様は雪女の常識で動いているとはいえ、人間の価値観にも寄り添える柔軟さがありますしぃ、他の頭の固い連中とは違いますけどねぇ。……人を見る目はゴミですけどぉ」


「……ゴミって、流石に自分の親にそれは酷い言い草ではないか!!」


「……あのぉ、本来は父親と呼ぶべきではないあんな男を見初めてぇ、私を産んだんですよぉ。真面な審美眼をしている訳ないじゃないですかぁ。悪い男に惹かれるダメな女の典型ですよぉ。それにぃ、私は思うんです……お母様みたいな雪女よりもあの男の方が異常者だってぇ」


 雪芽は声のトーンを落とし、吐き捨てるように言った。

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