迷宮の自律式統括者リエスフィアと、古代都市アヴァロニア。

 床の一部が消失してから約十分後、無縫達が話をしていると奈落の底から床が戻ってきた。

 降りていく時には誰もいなかった筈の床の上には一人の女性が立っていた。


 少し緑掛かった水色の髪を肩まで伸ばした赤と緑のオッドアイを持つ漆黒のマーメイドラインドレスを身に纏ったその女性は無縫達に恭しく頭を下げた。


 この迷宮の最奥に人間がいることも十分怪しいが、それ以上に女性の纏うドレスも奇妙だった。

 全く見たことのない素材で、ドレスの表面には複数の筋のようなものが入り、その部分が青く輝いている。ドレス自体のデザインは大胆にスリットが入った煽情的なドレスそのものだが、その見た目にはサイバーファッションを思わせる要素がある。


 極めつきは、彼女の背中に浮かぶ翼だ。直接背中から生えている訳ではなく、漆黒の翼が二つ独立して空中に浮いているようだが、この翼にもドレスと同様に無数の光り輝く青い筋が入っている。

 見た目こそ人間の女性だが、その浮世離れした美貌や纏う衣装、自律した翼などを踏まえると人間でない可能性の方が高そうである。

 そして、その見立ては正しかったようで……。


「あら? もしかして見惚れちゃってたの? 男ってやっぱり分かりやすい生き物ね。ケダモノばかりで困っちゃうわ!」


「……彼女、人間じゃありませんね。自律機械人形オートマタといったところでしょうか?」


「流石は迷宮踏破者様、ご慧眼ですわ。初めまして、私はリエスフィア、大迷宮とその秘宝――古代都市アヴァロニアの西地区の管理を任された自律式統括者ギア・マスターです」


「……古代都市? 無縫殿、聞いたことはあるか?」


「リリスさん、残念ながら分かりません。図書館にある文献にもそれらしい記述はありませんでした。それに、そもそも迷宮に関する情報自体ほとんどありませんでしたからね。迷宮の入り口が判明しているのも二つのみで、判明している方も百層にすら到達できていないという有様なので迷宮の詳細な情報を期待する方が酷でしょうね」


「皆様、疑問に思うことはあるでしょうが、百聞は一見に如かずと言います。実際に見てもらった方が納得がいくことも多いと思いますので、古代都市に到着してから説明をさせて頂きます。まずは、皆様、この台座にお乗りください」


 リエスフィアの乗る床に魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス達も乗り込むと、最初にこの部屋を訪れた時と同様に床がゆっくりと下へと動き出した。

 床はゆっくりと垂直に巨大空洞を地下へ地下へと降りていく。迷宮一千層の小部屋の灯りはどんどん遠くなり、逆に空洞の下の方に無数の灯りが見えてきた。


 どうやら、地下都市は扇型をしているようだ。これが地下都市の一部であるとは思えないほど巨大な街のようであるが、人が暮らす気配は全くない。まさかに、当時の美しさを残して一切劣化していないだけのゴーストタウンといった有様である。

 街は地上の文明と比べても明らかに発展しており、それどころか地球の文明と比べても進歩しているようにすら見えた。


 今のジェッソとは比較にならないほどの高度に発達した文明が、かつてこの地にはあったのだろう。しかし、その文明が何故消滅するに至ったのか、何故この文明に関する情報が一切残されていないのか、無縫には皆目見当が付かなかった。


「今から七千年前、このジェッソという地には巨大な文明がありました。バビロヌスと呼ばれるこの文明では人間と魔族、今は敵対しているこの二つの種族も手を取り合って暮らしていたのです。高度に発達した科学と、森羅万象に干渉する魔法――この二つを両輪として発展を続けてきたバビロヌス文明は次第に勢力を広げ、遂にはジェッソ全土を支配下に置きました。都市は日を追うごとに科学と魔法によって発展を重ねていきます。そして、彼ら自身が人間や魔族が自我を持つが故に必ず生じてしまう欲により完璧な治世ができないと悟ったからか、それとも都市を管理することに限界を感じたのか、都市を管理するための存在を創り上げました。それが私達、自律式統括者ギア・マスターということになります」


 床は地上へと降り立つ。リエスフィアは床を降りると、この都市で最も高い建物に向かって歩いていく。魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス達も彼女を追うように降りると、床は独りでに動き出して遥か上空へと戻っていった。


「しかし、そのまま際限なく発展していくと思われたバビロヌス文明にも終わりがやってきます。遥か外宇宙より侵略生命体が現れたのです」


「もしかして、それって私達が戦った……」


 エリアボスとして戦った魔物の正体に気づいた魔法少女プリンセス・カレントディーヴァの呟きに、リエスフィアが振り返り、笑顔を向ける。


「えぇ、その通りです。……といっても、彼らは所詮、劣化クローンです。皆様が一千層で戦った最も再現度が高かった四体のクローンのうちの一体でも本物には遠く及びません。侵略生命体デモニック・ネメシス、彼は強大な力を持ち、世界を文字通り蹂躙していきました。多くの都市を破壊し、現在の地上では神代魔法と呼ばれて半ば伝説扱いされている強大な魔法や様々な科学兵器を対抗手段として使っても討伐は困難を極めました。多くの都市が破壊される中、古代都市アヴァロニアはデモニック・ネメシスの攻撃の手が伸びない地下へと都市を移すことを決定し、神代魔法を用いて古代都市アヴァロニアを四つの区画へと分けて地下へと移転したのです。その際に大規模な地殻変動が生じ、四つの大迷宮が誕生しました。今の迷宮は地上と地下都市を繋ぐ通路として改良を加えられたものとなります。古代都市アヴァロニアの民達は安全圏を得ると、デモニック・ネメシスに長きに亘る戦いを挑むことになります。そして三十年後、遂に古代都市アヴァロニアの民達はデモニック・ネメシスを討伐することに成功したのです。地上は再び平和を取り戻しました」


 「しかし、デモニック・ネメシスとの戦いはバビロヌス文明に計り知れない大きなダメージを与えてしまった」とリエスフィアは続ける。


「バビロヌス文明は無力化して捕らえたデモニック・ネメシスを解析し、その力の一端を引き出すことに成功します。空間魔法……時間魔法と対を成し、空間へと干渉する究極の魔法の一つです。この力は現在の迷宮に実装されている転送装置の基礎となりました」


「……空間魔法はともかく、時間魔法? いや、そんなものは存在する筈がない。時の流れに逆らうなど、例え魔法であっても不可能な筈だ。……これまで俺は様々な世界を渡ったが、一度もそのような魔法を目撃したことはない。どの世界でも時を操る力などは神話の産物であると言われていたくらいだ。……本当にそんな力、デモニック・ネメシスにはあったのか?」


 無縫の常識では、魔法で空間に作用することはできても、時間に作用することはできない。そのため、時間に作用する魔法ないし特殊な力が存在したという事実は俄かに信じがたいものだったのだろう。


「えぇ、確かにデモニック・ネメシスは時に干渉する力を持っていたようです。空間と時間、どちらにも作用する時空魔法と呼ぶべきものを扱えたのだと思います。少なくともバビロヌス文明が有する空間魔法とは時空魔法の劣化に過ぎません。しかし、それでもバビロヌス文明には十分過ぎるものでした。荒れ果てた大地と暗い地下都市に見切りをつけた古代都市アヴァロニアの民達は科学と魔法の技術を総動員して空を飛び、空間を渡る巨大な戦艦を創り上げ、遥かなる空へと――まだ見ぬ世界へと旅立って行きました。古き土地と文明の名を捨て、彼らが信仰していた唯一絶対なる神マルドゥークの名を冠して……私が彼らについて知っているのはここまでです」


 七千年前の話をしているうちに、どうやら目的地についたようだ。

 リエスフィアが扉に触れると、扉に無数の青い光が走り、音もなく扉が開く。


「今から百年前、この地に勇者と呼ばれる者がやってきました。初めてこの迷宮を攻略したこの勇者は遊戯の女神盤上の支配者エーデルワイスという女神より加護を受け、人間側に立って魔族と戦っていたようですが、魔族との戦いの中で彼らにも守るべき正義があることを、自分達人間と何一つ変わらないことを悟り、秘密裏に魔王と休戦協定を結びました。そして、二度と勇者が祭り上げられないように、その力を最大限引き出すことができる聖なる武具を封印しようと目論んだのです。彼はこの迷宮に挑み、そして見事に迷宮を攻略して見せました。私達は攻略者である彼の求めに応じて聖なる武具を引き取り、当時はまだ空間魔法で繋がって一つとなっていた古代都市アヴァロニアの四箇所に封印した後、空間魔法そのものを解除して古代都市アヴァロニアを再び四分割したのです。――この中枢管理棟アドミニストレータ・タワーには聖武具の一つ『伝説の聖剣ホーリーディザスターカリバー』が眠っています。迷宮攻略者の皆様にはこの古代都市アヴァロニアの西地区に存在する全てのものを得る権利があります。聖剣もこの都市も、そして私も全て皆様の所有物となりました。これからどうぞよろしくお願いします、管理者様マスター

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