【短編】チャラ男にNTRされた幼馴染に「よりを戻そう」と言われて断りたいけど、状況が全くそれを許してくれそうにない話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】チャラ男にNTRされた幼馴染に「よりを戻そう」と言われて断りたいけど、状況が全くそれを許してくれそうにない話





「断る」

「うぅっ……!!」







 幼馴染の真鍋まなべ美波みなみの頼みを、僕、和比良かずひら瑞葉みずはは一蹴した。

 わざわざ自宅に来てくれたのに申し訳ないが、だからってさっき彼女が言った頼みを承諾するかというとNOだ。






「よりを戻そうと言われても、僕はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、美波」

「ねぇみっくんお願い……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」





 昔と全く変わらないあだ名で、僕のことを呼んで来る美波。

 はたから見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、その事実に僕は反吐が出ていた。



 確かに、小学校低学年の頃の僕たちは、実の兄と妹のように仲が良かった。

 中学に入って、異性として意識し合った結果、付き合うことにもなった。




 だがその関係も、僕が高一だったあの日すべて終わった。

 繁華街で、彼女がチャラ男の先輩と一緒にラブホテルから出てくるのを見た、あの日に。






「大体君にはあのチャラい先輩がいるじゃないか。あの人と一緒になればいい」

「みっくんも知ってるでしょ……あの人は最低の浮気野郎だったのよ! だから私も埋め合わせしたじゃない!!」

「三年以上も付き合っておいて、彼を庇う気もないのか。僕のこともそんな風に裏切ったわけだな」

「そ、それは……」




 彼女の言葉は、すべてが白々しかった。

 チャラ男を今になってクズ呼ばわりしてはいるが、それならば腕に彫られたタトゥーを、せめて隠す努力くらいはするはずだ。




「ともかく、もう金輪際、君と関わる気は一切ないんだ。わかったら帰ってくれ」

「でも……でもぉ…………」

「でもでもって子供かよ! 君も僕と同じ成人なら、やったことのけじめくらい自分でつけろよな!!!」








 一度最低の裏切り方をしたのに、今になってしつこく食い下がろうとする彼女には、流石の僕でも、完全に堪忍袋の緒が切れていた。

 そもそも今の僕にはもう既に、ヒサちゃんという新しい彼女がいるし、今の美波には本来何の用事もないのだ。








「じゃあ、じゃあみっくんは……」












 イライラしながら、僕は次の言葉を待った。

 これ以上何かくだらない言い訳を言いだすようなら、力ずくで追い返す覚悟で。

















「私達の組から借りた100万、どうやって返すつもりなの……?」

「………………………………………………………………………………………………」
















 指定暴力団・真鍋組三代目組長・真鍋まなべ力也りきやの長女にして、同組織の女若頭・真鍋美波は、五、六人ほどの入れ墨で体を覆ったコワモテ男を背後に控え、そう言って迫って来た。

 僕―――後輩(賭博好き。夜逃げ済み)に泣きつかれて借金の連帯保証人になった大学生・和比良瑞葉は、その問いに正座しながら押し黙るしかなかった。






「私とよりを戻してくれれば、今すぐ反故にしてあげられるのに」









 ……訂正。

 いくら彼女に腹が立っても、力ずくで追い返す覚悟は決められそうにない。

 あとタトゥーは多分チャラ男の影響ではない。


◆   ◆   ◆





「ねぇ、お願い。考え直して? 私とよりを戻してよ。それでチャラにできるんだから」




 賭博好きの後輩に泣きつかれて一見合法な金融会社の連帯保証人になったところ、実はその会社がヤクザの経営している闇金融だった、ならよくある話かもしれない。

 しかし僕みたいに、部下を引き連れて取り立てに来た若頭が昔別れた幼馴染でしかも復縁を迫られている、という状況はレアケース中のレアケースじゃないだろうか。





 ~♪


 ふと、高●健の任侠映画のテーマが流れる。


「あ、伊藤さんから電話だ。ちょっと待っててね、みっくん」


 彼女のスマホの着信音だった。

 


 一旦玄関を出る美波。

 部下のコワモテ男が家中に居座ったままだし、玄関にも見張りの団員がいるので、逃げようにも逃げようがない。




         「何でっか? 伊藤はん」



 壁越しに声が聞こえてきた。

 岩下●麻さんかと思った。

 

 え、この声、本当に僕と同じ十九歳の女の子が出してるの?

 外に別の女性がいるわけじゃないんだよね?


(……でも、確かにこの声の主は彼女なんだよなー……)

 あのドス声の主が美波であることは、さっき彼女に出くわした時に確認済みだった。




◆  十分前  ◆


『もしもし、おたくが保証人なった佐々木はんの100万円、今日が期限でっせ。一時間後に家行くから、耳揃えて返してもらいましょか』

「あのー、実は一時間後は用事が……」

『すんまへんな。実はな、もう和比良はんのウチへ来とんねん。大家さんに合鍵ももろとるガチャさぁ、耳揃えて………………………………えっ、みっくん……………………?」

「美波……………………?」


 驚く彼女に「名前で気づかなかったのか」と聞いたところ、「同姓同名かと思った」と女子らしいお茶目な回答が返ってきた。


◆  現在  ◆





                 「かなんなぁ、そないなこと言われたらウチ大損でっせ……」



 黙って正座して、営業モード(?)の美波の声を聞く僕。










「返せ言うたら返せゴラアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!」

          「ひっ…………!!」



 予想はしていたが、鉄筋コンクリートを貫通して、美波のドス声が僕の部屋に響き渡るまで時間はかからなかった。

 思わず情けない悲鳴を上げてしまう僕。




「隣の家に物乞いしてでも、今週中に二百万持ってこんかい!!! 夜逃げしたら捕まえて東京湾沈めたるからなァ!!!!!」

 ガチャ。


 ドス声が響き終わったかと思うと、家に美少女が戻ってきた。




「お待たせっ、みっくん♪」

「どこからさっきの声出てるの……?」




 さっきのドス声の主がこの美少女なんて、隣人に行っても誰も信じないだろう。



 岩下●麻さんと福●遥のような声を同時に出せるなんて、よほどのベテラン声優じゃないと難しいだろう。

 緩急のつけ方が完全に未知や●えさんだ。

 ともあれ、彼女が指定暴力団の若頭として立派に成長したことは疑いがなかった。




「どうして私とよりを戻してくれないの、みっくん? 借金は返せるし、パパの娘婿になるんだから将来安泰だよ。なにかと苦労の多い就活ともサラリーマン生活とも無縁だし」

「あの、そもそも、暴力団の若頭と債務者って釣り合わないだろ……君一人の所存で決められるもんじゃないし」

「パパが【お前の選んだ男なら間違いない】って言ってくれたもん」

「一回間違ったのに……? 一回間違えてしたのに……?」



 

 なお彼女の言うとおり、僕から彼女を寝取ったチャラ男は浮気がバレた結果、彼女率いる暴力団員にをさせられた。

 近くの山奥の土中で。




「彼だったら娘を任せられる、ってパパも言ってくれたもん」

「おとうさ……お義父さんじゃない、組長僕の何がそんなよかったの……?」




 シマを取り仕切ってきた兄貴分とかならともかく、うっかり保証人になるような大学生の何をそんなに気に入ったの……?

 まさか娘の幼馴染ってだけで……?




「あとさ、みっくん」

「何」

「さっきの『あの人と一緒になればいい』ってどういうこと……?」

「え」

「私も埋まれってこと……?」

「あ違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!」




 やべぇ!!!!!

 怒りに任せてヤクザ相手にとんでもないこと言ってた!!!!!!!!!!

 後ろの部下たちが懐から何かを取り出すような仕草をしたのも視界に映ったが、美波が右手の合図だけで静止したことでその瞬間は事なきを得た。




「まぁいいや……それにね、みっくんはさっき、けじめくらい自分でつけろって言ったよね」

「…………それが何」

「わかってほしいのは、私はもうちゃんとけじめをつけてるってことなの!」

「え……?」

 言葉の意味を飲み込めない僕を前に、なぜか右手にだけ付けていたゴム手袋を外す美波。



「浮気男に引っ掛かって家のメンツ潰したスジ通せーってパパに言われたもんね。ほらッ♪」


 

 笑顔でその右手をパーにして、机に置く彼女。

 どういうことかと思って彼女の右手を見る僕。









「? ………………………………      ――――――――ッッッ!!!!!」








 思わず腰を抜かして後ずさり、声にならない悲鳴を上げた。

 彼女の右手。

 その右端。

 が、確かにそこにあった。

 





「ねッ? つけたでしょ、け・じ・め♪」

(つけてるけど……つけてるけど…………!!!)

 今日のネイルどう? みたいな感じで、右手を見せてウインクしてくる美波に、僕はただ愕然とするしかなかった。







 ケジメつけてるけどけじめつけてない…………!!!

 けじめのつけ方がけじめつけてない…………!!!!

 けじめってそういうことじゃねーよ……………………!!!!!





 ちなみに、残りの九本はキラパーツが目を引く色鮮やかなネイルで彩られていた。





「ゴクトモにも評判いいんだよー? 四本指だから●ッ●ーとお揃いでカワイイって」

(ゴクトモ……? あぁ、極友か)

「わかってくれた? 埋め合わせしたあの人との赤い糸は、もうこうやって切ってるってこと。今はみっくんと、新しい赤い糸を結び直したいんだ。将来君と同じ指輪をつける指でね」

「何を甘酸っぱい感じで言ってるの……?」

 最早昔裏切ったこととは全く別の理由で、彼女とは関わりたくなくなってきた。





 そもそもなんでこの娘と付き合っちゃったんだよ、中学の頃の僕……

 もうその年代なら彼女の登下校に黒いリムジンが送り迎えしてたことや、授業参観日に彼女の父親に大勢のコワモテ男が同行してたことの意味くらいわかりそうなもんだろ。

 もう昔のこと過ぎて付き合った理由ははっきり憶えてないけど、きっとその当時は少女時代から脱皮して思春期特有の香りがしてきた幼馴染が相当魅力的だったに違いない。

 ま、その正体は裏切り女、兼未来の若頭だったわけだけど。




 ともあれ昔のことを悔やんでも仕方ない。今はこの状況をどうするかだ。

 今すぐ100万用意できるわけもなし、このままだとマジで復縁せざるを得なくなるわけだが……

 …………そうだ、肝心なこと訊き忘れてた。




「…………仮に君とよりを戻したとしてさ、借金反故にしてくれるっていう発言をどれだけ信じればいいの……?」

「そりゃもう全面的に信じてくれていいよー!! 言ったでしょ? 昔みたいに楽しくやろうってさ!! 実はね? よりを戻した時用に、借金苦の日々を忘れられる楽しいデートプランも考えてあるんだ!!!」



 完全に、僕とよりを戻すこと前提に話を進めてくる美波。

 実質拒否権とかなさそう。



「一番楽しみなのはクルーズ旅行なんだよねー!!」

「クルーズって、どんな」

「マグロ漁船でインド洋横断ツアーとか!!!」

「いや全然反故にしてねーじゃん!!!!!!!!!!!!!!」



 マグロ漁船って100万払わせる気満々じゃねーか!!!!!!!!!!!!



「もちろんそれだけじゃないよー? 他にもギャンブルクルーズもあるしね、『エスポ●ール』って船で」

「それもっとダメ!!!!!」




 その船、確実に僕と美波とで違う階に乗せられる気がする。




「あと、みっくんがもっとかっこよくなるためにダイエットツアーも考えてるんだ、主催してるのは東南アジアの山奥にあるお医者さんで」

「いや絶対体内の大事な部分を売買してのダイエットじゃん!!!!!」




 てか、将来四代目になる人間の体でそれやるの不味くない?




(……………………………………………………はァ、やっぱりな)

 いずれにせよ、今のやりとりではっきりわかった。

 二兆歩譲って彼女と再び付き合ったところで、この借金を反故に出来るわけでもない。安定した生活が期待できるわけでもない。

 まあ口約束だけして後で平気で破るのは、極道のお家芸だし仕方ない。

 かと言って、彼女を拒否すれば真鍋組若頭のメンツを潰したことになるし、もっと酷い目に遭わされる。

 埋め合わせをさせられた、チャラ男のように。




「わかったでしょ、私がどれだけみっくんとやり直したいか。ホラ、また昔みたいな恋人に戻ろうよ!」

 打開策が一つもなくなった僕に対して、表情だけ純真そのものの笑顔で詰め寄ってくる美波。

 彼女に合わせるように、囲うように距離を詰めてくるコワモテ団員たち。 





 文字通り、完全に詰んだ状況。

 どんな名棋士でも、「参りました」と言わざるを得ない状況。

 そんな状況下で、僕はたった一言だけ呟くように言った。







「………………………………無理だ………………………………」








 自分でも驚いた。

 仕切っているのが幼馴染の元カノとはいえ、極道を前にしてこんなにはっきりとした拒絶をする度胸が自分に残ってるなんて。







「…………そんなに、私のことが許せないの…………?」

 営業モードでキレてくるかと思ったが、悲しそうな目でそう訊いてくる美波。

「………………………………君がどう、とかじゃないんだ……」

 そんな彼女に対して僕は、ありのままの本心を伝えたかった。

 それが理由かはわからないが、さっき彼女の右手にビビり散らしたとは思えない程冷静に言葉を紡げていた。

 不思議なもんだな。

 心からの本音を言う時は、逆に感情がこもらないもんなんだ。




「今、僕には大切な人がいるんだ。昔の僕が、君を大切に思ってた以上に、大切に思ってる人なんだ。その人を裏切るような真似は、死んでも出来ない」

「うーん、みっくん、悪いけど説得力ないよその言葉? そんなに大切にしてる人がいるなら、その人に黙って借金の保証人になんかならないよね」

「ハハッ、言えてるな」

 思わず苦笑した。こればっかりは彼女に突っ込まれても仕方がない。

 さっき美波に怒りはしたが、恋人に隠し事をしたという意味では僕も同じ穴のむじななのだろう。




「だから、責任も僕一人で取る。僕の大切な人には手を出さないでほしい」

「………………………………強くなったね、みっくん…………おい」

 美波はそれだけ言った。

 そして団員たちを促して、僕の両肩を掴ませ逃げられない状態にした。






「連れていくならさっさと連れてってくれ。臓器売買でも生き埋めでも何でもすればいい」

「お前一人が犠牲になって、それで解決すると思ってんのか? ミズ」








 玄関から聞こえてくるその声に、僕はハッとした。

 紛れもなく女性の声だが、営業モードの美波の声でも、プライベートモードの美波の声でもない。

 オラついていて特徴的だが透きとおっていてそれでいて芯のある、凛とした声。

 そして、この世界で僕のことを「ミズ」と呼ぶ女性は、一人しかいなかった。



「ヒサちゃん……!!!」



 幼稚園の頃の一番の親友で、幼稚園卒業時に親の引越しで疎遠になったものの大学の映画サークルで再会し、意気投合して恋人になった、徳松とくまつ久乃ひさの(女子大生・警察官志望)だった。

 気の弱い女の子だったはずなのに、久々に会ったら、めっちゃヤンキー風の美人女子大生になってたので驚いたが、彼女は僕のことを覚えていてくれた。



「話は玄関前の見張りの坊主から全部聞かせてもらったぜ。まったく、無駄な人の良さ、相ッ変わらず全く治そうとしねーな」

「ちょっとアナタ、みっくんは今私と話してるんですけど」



 言葉遣いから僕の身内と判断したのか、営業モードではなくプライベートモードでヒサちゃんに問い詰める美波。

 彼女に対して、ヒサちゃんは言葉ではなく、ポン、と机に置いた札束で返事をした。



「120万ある」

 暴利の付いた借金額に更に上乗せされた金額を、いとも簡単に差し出すヒサちゃん。




「これを、コイツの借金のカタ、プラス、ネーちゃんと手を切る費用にして欲しいんだけど、いいか?」

「そ、それは僕たちの結婚費用に……」

「バーカ。結婚はいつでもできっけど、今のミズはこの金でしか助けらんねーだろ」




 僕に同じく、ヒサちゃんもまだ大学生だ。

 将来の結婚関係なく、俺なんかのためにそんな大金を手放すのは色々大損のはずなのに、彼女の表情も動きもためらい一つ見られなかった。




「ちなみに、アタシの親父は警視庁組織犯罪対策部マル暴務めの警官だ。今手を引かなきゃ、お互いに無事じゃ済まねーぜ?」




 メンチ一歩手前のギラついた表情で、美波を睨みつけるヒサちゃん。

 一触即発の空気がその場に充満し出す。

 さっきとは違う意味で、ここは地獄になる気がした。




 が。





「縁は異なもの、味なもの、か…………、負けたよ、みっくんと……えっと」

「アタシは久乃だ」

「ヒサノさん」




 何かを観念したように、心なしか悲しそうな笑顔で120万を手に取る美波。





「キミにいい恋人ができて嬉しいな、みっくん。さよなら」





 悲しそうな微笑みはそのままに、真鍋美波は部下と共に去って行った。

 切ない失恋の言葉のはずなのに、何故か違う意味に聞こえる言葉を添えて。





 結果。五、六人のコワモテ男と一人の少女がたむろしていた部屋は、僕とヒサちゃんの二人だけになった。

 さっきまで圧迫感に包まれていた部屋は、ものの一分ほどで一人暮らしの大学生特有の空虚な空間へと戻った。




「あの、ありがとう、ヒサちゃん……」

 思い出したように礼を言った僕に、ヒサちゃんは。




 パシィッッッ!!!




 その平手打ちは、全く本気ではなかった。

 極真空手三段の彼女が本気で平手打ちをすれば、貧弱な僕なんか顎の骨が砕けるだろう。

 でもその一撃は、美波たちとのやりとり以上に心に訴えかけてくるものがあった。




「バカな後輩助けたことに、じゃねーぞ。こんな事態になるまでアタシに相談しなかったことに、だ」

「……うん」






「…………………………………………どんだけ……………………………………」



「?」



「……………………………………どんだけシンパイしたと思ってるのよミックンッッッ………………………………」




 さっきまでの異性が嘘のように、ポロポロこぼれる涙を両手で拭うヒサちゃん。

 当時友達だった僕だけが知っている、幼稚園の頃のか弱い少女と同じ姿。

 彼女の、彼氏の僕にしか見せない姿だった。




 そっか、暴力団員の幼馴染を前にして、最後の最後で異様に冷静な発言ができた理由がわかった。

 僕にだけ特別な顔を見せてくれる女の子は、美波だけじゃなかったからだ。

 ヒサちゃんの存在は、僕に不釣り合いな勇気を与える程度には、大きいものになってたんだな。





 贖罪のつもりで、僕は号泣するヒサちゃんをそっと抱きしめた。





「ごめんヒサちゃん……ちゃんとけじめは………………………………………………」

「けじめは……?」

「えーと、ちゃんと埋め合わせを…………………………………………………………」

「埋め合わせを……? どうしたの、ミックン」

 さっきまでの状況が状況だけに、言外の意味がちらついてうまく言葉を紡げない僕。





「あーもうまどろっこしーんだよ!!!!」

 うまく喋れなかった僕に、秒でヤンキーモードに戻ったヒサちゃんは。




 

 チュゥゥゥッッッ。




 熱い口づけを、交わしてくれた。

 先手を取られて無念に思いながらも、僕もより強く抱きしめ、より強く唇を重ねた。





◆   三年後   ◆





「あの事件からもう三年か。色々あったなァ」

「だなァ。目の前の奴は全く変わってなくて月日忘れっけど」





 僕とヒサちゃんは、片づいた部屋でを今までの事を懐かしんでいた。

 あの事件の後、お義父さんのところへ挨拶へ行ったこと。

 その結果、お寺で修行して、娘に黙って金を借りたことのけじめ付けと埋め合わせをしてきなさいと言われたこと。

 修行の後ヒサちゃんより一年遅れて就職して、二人でをまた貯め直し始めたこと。




 そして、今僕らは。




 ガチャ……

 僕とヒサちゃんしかいなかったその部屋に、中年の女性が入って来た。







「では、会場の準備が出来ましたので、新郎新婦のお二方はご準備の方をお願いします」

「「はい」」

 ウェディングプランナーの方にそう言われた僕ら―――タキシード姿の僕と、ウェディングドレス姿のヒサちゃんは、結婚式会場へと向かうのだった。











「ところで新郎様」

「何でしょう」

「来賓者名簿に名前のない真鍋様という方が団体で来られてるのですが……」

「……お義父さん、ちょっと頼みたいことが……」

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【短編】チャラ男にNTRされた幼馴染に「よりを戻そう」と言われて断りたいけど、状況が全くそれを許してくれそうにない話 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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