邂逅Ⅰ

邂逅Ⅰ 出会い

 桜が散る。春と言えば桜だけど、ぶっちゃけ四月になるともう、大半が散ってしまう。

 深夜、月明かりを纏い散っていく様は幻想的であり、人に「キレイ」と思わせる要素で溢れていたのを記憶している。

 

 儚い。だからこそきらびやかであり、尊い。それは、幼い頃夢に見た将来そのものだった。

 

 あれは一瞬にして消えた。蜃気楼のように。あの時見た景色、響き、インスピレーション、気持ちも全て。

 

 夢だったのではないか。何度も疑った。

 思い返せばなんて甘ったるい世界で生きていたんだと思う。

 

 でも――。

 

 でも諦められなかった。

 あの時、胸の中にぽっかりと穴が空いたかのような、虚無感に襲われた。

 自分には何もない。与えられたのは「呪い」だけ。

 呪いから解き放たれたい。そう何度願ったことだろう。

 

 だからまた戻ってきた。

 自由になるために、失った夢を取り戻すために。

 伊吹大学附属高等いぶきだいがくふぞくこうとう学校音楽科―――つまり。


 音楽の世界へ―――


 



 (二年四組ねー。はいはい。)

 二年生全員の名前が書かれたクラス名簿字の羅列の中から、やっとの思いで自分の名前を見つけた僕は、クラスへ向かう。

 

 (しかし、私立のエリート校なだけあって広いな。)

 名簿を見た感じ、十クラスはあった。少子高齢化の激しい現代社会において、なかなかのマンモス校だろう。

 妙に長い廊下を歩き、クラスへと向かう。


 クラスについた僕は席を探す。

 黒板には席表がご丁寧に磁石で留められていた。

 

「あった。」

 表から、やっとこさ生徒手帳の置いてある机を発見する。

 申し遅れたが、僕の名前は橘夏希たちばななつきである。

 音楽といえどドラムの知識しかない。

 何せドラムをやっていた時代があったのだから当然だろう。

 席についた僕は出席確認時刻までゆっくりする。

 周りを見渡す限り、一年からの級友が四割程度だった。


 この高校はそれぞれ専科があって、僕の場合は音楽科。クラス別けは専科関係なく選別される。


 八時四十分。出席確認の時間だ。

 新担任の朝倉菜奈あさくらななという女教師は、去年からの付き合いだったりする。

 

「はーい、みんなおはよー。今日は、転校生が来てるよ。」

 なんということだろう。突然の知らせに級友たちがざわつき始める。

「ささ、早よ入ってき。」

  

 先生の合図と同時に、ガラッとドアを開けて入ってきたのは、妖しく艶光する漆黒(紫に近い)の髪を持つ女性だった。

 

 女性だった。じゃあなくて。ちょっと待て!

 

 髪の色は良いとしよう。まず、その格好。なんで白色のショートコート?それに白いカーボパンツ。耳にはピアスがちらほらと。そしてヘッドフォンを首に掛けている。

 

 この高校はまず制服だ。それにピアスはダメだし、不要物の持ち込みもダメ。校則に反しまくっている。


「はーい、今日から新しくこのクラスに来た子です。それでは自己紹介どーぞ!」

「水原茜。音楽科。よろしく。」

 クールというべきか、素っ気ないというべきか。

 

 そういえば隣の席の人が居ないなーと思っていたら、水原変人は、僕の隣に座ってきた。

 

 ……マジかよ。

 朝のHRが終わる。始業式まで時間がある。

 

 コミュ力には自信がある。でもさ。

 さすがに気まずいぞ?

 でも何か話さない方が気まずいので話しかける。


「えっとーども。初めまして。橘夏希です。」

「……にょ?」

 ……え?にょ?ってなに?

「あのーよろしくお願いします……」

 

 とりあえず素性を聞き出そうとする。

 すると変人はノートパソコンを取り出して、せっせと開き始めた。

 

 スマホは良い。でもパソコンはだめだろ!

 僕の悲痛な心の叫びを気にせず、変人は黙々と作業を始める。


「初めまして!よろしくお願いします!!」

 一際大きな声で言ってやった。

「にゃにゃ!?」

 いや、猫かい!

 

「いえ、あのーよろしくお願いします……」

「え?ああ、あれって私に言っていた感じか。」

 それ意外ないと思うんだけど……。半ばあきれながら会話を続ける。

「僕は橘夏希です。」

 

 やっと言えたー。

「えっとー、あ、はい、ども、あかねです。水原みずはら茜。」

 なんでそんな句読点いっぱい使うんだよ。読みづらい聞き取りづらいだろ。

 

「えっとー、水原さんはどこの中学出身?」

 ありきたりな質問で、会話を繋ごうと試みる。

「私……私は高校が初めてかな。」

「え?マジで。義務教育どしたん?」

「私は帰国子女だからね。」

 帰国子女なのかよ……。

 

 帰国子女とは、親の都合など、やむを得ない事情で海外で暮らし、日本に帰国した子供のことである。

 

 水原はヘッドフォンを耳につけると、バッグからキーボードを取り出して、電源をいれる。

 五線譜が印刷された楽譜を取り出すと、鉛筆でなにかを書き始めた。

 邪魔をしない方が良い。そう判断した僕は、式典の準備を始めた。




「瑞々しい春の陽気溢れる中、真新しい制服に身を包み、正門をくぐって……」

 校長の式辞とは長いものだ。その事実をこの十六年間でよく知っている。

 この高校の入学式と始業式は合同で行われる。

  

 てきとーに聞き流すと表情でばれたことがあるので、一応耳は傾けた。

 

「保護者の皆さま、この度はお子さんのご入学、おめでとうございます。愛情を込め育ててきたお子さんが義務教育を修了し、こうして将来への一歩を踏み出したことに、感慨もひとしおのことと存じます。教職員一同……」

 

 やっぱ長ぇ。正直、過半数の人が聞いてないだろう。ふと女子席の方をみると、ホワイトのコートを着た茜が目立っていた。

 そりゃあそうだろう。この高校の制服は、黒色。ブレザーである。桜色と黒色の混じったネクタイ、リボンが特徴だ。

 そんな中に、ホワイトのコートを着た人がいたら違和感を持つだろうな……

 

 長い入学式(と始業式)を終え教室に戻った僕らは、この学校についての説明を長々と聞く羽目になった。


 下校時間。神の時間が訪れる。

 

 少し説明しておくと、この高校は学生寮があり、基本的には二人部屋で男女別だ。

 正門を出て左手が男子で、右手が女子寮である。

 高級ホテルのような豪華絢爛な作りになっているため、学費も勿論値が張る。

 

 部屋は一年のときと変わらないのでいつも通り、九○七号室へと足を運ぶ。

 ロビーへと入った僕は学生証生徒手帳をかざす。

 エレベーターで九階最上階まで上ると、七号室へ鍵をいれた。

 

 ガチャリと音がなり、鍵が開く―――と思ったのも束の間、鍵が開かないではないか。

 ひょっとして――と思い、鍵を再び回すと――


 案の定、鍵は開いた。もともと鍵が開いていたのだ。

 閉めたけどなぁとも思いつつ、中へ入ると女子の靴があった。


 基本的に二人で一部屋なのだが、訳あって一人で過ごしていた。

 しかし、僕にはこの靴の持ち主がわかるまで、時間はいらなかった。

 

 何を隠そう、水原茜転校生である。


 急いで入るとそこには――

 案の定というべきか、水原茜が居た。


「なんで、此処に……?」

 率直な疑問を口にする。

「私の部屋になったから……だけど。」

「ルームメイトってことになるのか……」


 水原曰く、先生に部屋が此処しか空いていないと、言われたらしい。

 こうなったからには一緒に生活するしかない。


「ドラムとか色々散らかっているけど、悪いね。」

「あぁ全然大丈夫。私もmidiキーボード置いちゃったし。」

 midiキーボードとはmidi入力が対応したソフトで音を入力できるキーボードで、DTMなどに使われるキーボードだ。

 ふと視界にスタンドが倒れているのが映る。


「……あれ?なんか倒れてる」

「あっ……」

 水原が反応する。

 それは――

「あぁ!買ったばかりのハイハットがー!」

 

 ちょうど買い換えたばかりのハイハットが倒されていたのだ。

「ご、ごめん。気づかなくて……」

「まぁ、良いけどさ」

 気を取り直して。

「じゃあ水原さん。いや、固いか。じゃあ茜さん。これからよろしく」

「こちらこそよろしく。夏希。」


 というのが僕と茜の邂逅かいこうである。

 

 この先の人生に置いて、茜の存在が大きく影響することを、このときはまだ予想値にしていなかった。

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