第176話 これからの事
有難い事にこの俺にも子供が出来た。子供が産まれる前に、出来る準備って何があるだろうか? そんな事を忙しい合間にピッケルで穴を掘りながら考える。
まず激しい運動は避けるべきだから、フランシーヌを連れ歩くのは厳禁だ。心配は掛けるだろうが、今でもこうして穴を掘る時はフランシーヌは伴っていない。災厄も当面は挑む予定は無いのでそう無茶をする事も無いから、多分大丈夫。
現時点でクラフト出来る最強装備を調えて安全マージンも確保している。一番警戒すべきは暗殺だろうか。だがヒヒイロカネの装備を一式揃えた以上、この世界で俺を害する事が出来る人は居ないんじゃないかなと思う。
フランシーヌの装備も、一旦はオリハルコン製で揃えている。幾ら身重とは言え個人戦力なら俺が知る限りでは最強のフランシーヌだから、こちらも問題が有るとは思えない。勿論俺が予期せぬ不測の事態が起こる可能性も有るから、注意は怠らない様にしている。
ならば栄養のあるご飯? これでも食材には気を使っているし、多分大陸で一番栄養価の高いご飯が食べられるのはアマテラスだろう。今の所悪阻は軽いが、嗜好はどうしたって変わる。この点については食材は豊富だから、フランシーヌのリクエストに応える為に料理長が色んな新メニューを試行している最中だ。産婦人科の先生は居なくても、出産経験のある女性は多い。俺なんかよりも余程頼りになる人達ばかりだ。
清潔な環境はどうだろう? 妊娠すると出産の前後に限らず免疫が落ちる事がある。生活環境に置ける衛生面に気を付ける必要が有るし、出産時の配慮も勿論必要だ。とは言えアマテラスでは家を建てる時、トイレは俺が必ず設置する様にしている。風呂も各所に設けていて、最近ではクラフトに頼らない薪で火を沸かす公共の温浴施設も次々と建造されている。なにせ薪には困らないからアマテラスでは皆1日1回は入浴をする習慣がある。
水回りも重要だ。水が淀めば衛生環境は悪化する。だがアマテラスでは季節を問わずに綺麗な水が水路を通じて町中を巡っている。枯れない井戸も至る所にある。だから生活用水に困る事も無い。
衣服はどうだろう。アマテラスでは紡績に力を入れている。糸も布も交易に出せる位に充実していて生活用水にも困らないから、アマテラスに住む人は皆清潔な衣服を身に纏っている。何を取って見ても他のどんな町と比較をしても清潔で衛生的と言える自慢の町だ。
出産時の体制についてはどうだろうか。神殿には、今も各地から聖女を求めてアマテラスに居を移す敬虔な信徒が後を立たない。その中には神聖魔術に秀でていて癒しの魔法が使える者も少なく無い。加えて医療の発展に力も入れている。医術、魔術の両面で適切な診療や治療を受けられる環境が既にあり、しかも専門の施設も建造中だ。
この世界では乳幼児の死亡率は格段に高いが、アマテラスの乳幼児の死亡率は他と比べると格段に低い。十分な栄養を摂る事が出来て、衛生的な環境が備わっている事。そして病気の際に迅速に診断と治療を受ける体制が整っている事が理由だ。
どれも新たに始めた取り組みでは無く、今まで少しずつ環境を良くする為に進めて来た事だ。そのどれもが、未来に繋がっているのだと実感が出来た。フランシーヌが安心して子供を産み、そして一緒に育てる環境をこれからも作っていく。
そして将来、子供達の時代には、魔物に怯えなくても良い世界を残してやりたい。この世界で俺に何が出来るのかは何時も考えていたが、未来に何が残せるのか? 今は尚更に考える様になった。
災厄を討伐する事自体は簡単な事だ。実際に超大型魔導炉を破壊したとして魔物が居なくなるかは解らないが、恐らく居なくなるという漠然とした予感が有った。
もし魔物が居なくなれば人々の生存圏はこの大陸に留まらなくなるだろう。人口も爆発的に増え、今までは魔物と言う共通の敵が居たからこそ団結できた人々が相争う事になる。それは避けられない事だ。それでも、少しでも明日の平和に繋がる様にバトンを渡してやりたい。今まで漠然と思い描いた事が、急速に形になりつつある様に思えた。
だからと言って、俺が大陸を統一するとか支配者になる事はまるで考えてはいない。どれ程カリスマがある人物が国を束ねたとしても、地球の歴史を翻って見れば、どうせ長くは続かない。それにこの世界はこれから激動の時代を迎えるだろうから。歴史の転換点には必ず歴史を動かす様な寵児が現れる。だから、まだ見ぬ偉人達に後の事は任せれば良いのだ。俺にはそんなカリスマも頭もないし、何よりそんな野望もない。
俺が望むのはただ一つ。フランシーヌと産まれてくる子供。そしてマリーズやオデットさん、町のみんな。かかわった人達。皆が幸せに暮らしていける事だけだ。
衣食住は事足りている。仕事に追われていたあの頃と比べればはるかに良い暮らしだと思う。忙しさは甲乙付け難いが、やり甲斐や手応えは比べるべくも無い。
本当は面倒毎を全て放り出して引きこもってしまいたい気持ちもあるが、さすがにこれだけ多くに人と関わってしまうと、他人事だと割り切って素知らぬ顔も出来ない。
一方で、これだけの力があるのだから、相応に責任を持つべきだと言う意見もある。そうは言われても、結局個人に出来る事には限りがある。この世界をしょって立つなんて土台無理な話だ。だが今は一応身分としては地方の一領主に留まってはいるが、それも今後は難しい事も解っている。そんな時、フランシーヌが俺に言ってくれた好きにしても良いと言う言葉はどれだけ俺を救ってくれているだろう。今もフランシーヌは俺に望む事はしない。ただ、寄り添う事。共に有る事を願ってくれている。
だから、これまでもこれからも、何をするにしても、それは俺がやりたいからするだけだ。明日の為に、未来の為に、俺の子供やアマテラスの子供達の為に。
さて、先日冒険者ギルドとの会談を経て、大枠の方向性について決定をした。今、多くの人が今後どの様にすればより良い未来に繋がるのかを真剣に考えてくれている。出来る事を少しずつ形にしている段階だ。
食料を大規模に供給する為の、穀倉地帯の建造もそうだ。アマテラス比べても比較にならない規模で人手が居るから、正教会に動員をかけて貰う予定にしている。その為には教皇に正教会内部を掌握して貰う必要がある。
その為の方策として、2月に入って直ぐ枢機卿と会合の席を設ける事になった。
1月の半ば頃にはこの辺り一帯を管轄として治めるジャコブ猊下が、そして先日大陸中央の南方地域を管轄するクリストフ猊下がアマテラスに来訪をした。
枢機卿2人がアマテラスを訪れたのは、教皇に焚き付けられて俺を見定める為だ。当然2人の枢機卿はフランシーヌが授かった神託の内容は知っている。フランシーヌが共にある事を選んだのであれば、俺が神の現身である事は明らかだ。だが、その真偽は定かでは無い。
だから俺という人物を直々に見定める。彼らが俺を神と認めればフランシーヌが聖女である証左になるし、認めるに値しなければフランシーヌは紛い物の聖女という事になる。そうなれば独断で聖女認定をした教皇の信用問題にも繋がる。
ジョエルさんは、2人なら直ぐに解るので問題は無いよと言っていたが、実際に会ってみればジョエルさんと初めてあった時と同じ光景が繰り返される事になった。
高位の神聖魔術の使い手程、神の気との親和性が高いので一目瞭然なのだそうだ。ジョエルさん程明確に知覚出来る人は早々居ないが、今回お会いした二方は、いずれも神への信仰と、その証である高位の神聖魔術の使い手である事が認められて枢機卿の座まで登り詰めた人物なので、会ってしまえば後は簡単だった。
かくして、教皇と、ニコラさんを含む3人の枢機卿が、俺に忠誠を誓った。こうなってくると、幾らジョエルさんを矢面に立たせたとしてもいつまでも俺が隠れている事は出来ない。何処かのタイミングで正式に神託の内容を公表して、正教会が信仰する神の現身である事の証を立てる必要があった。
そうしなければフランシーヌの正当性を証明する事が出来ないし、今後の災厄討伐の号令の正当性が疑われる可能性がある。
その為、大審議を開催する事になった。
大審議とは、正教会の重大な決定事項。例えば次代の教皇を選定するとか、聖戦を宣言するとか、そうした重大な決め事を行う為に正教会の本部に枢機卿12人が一堂に会するイベントだ。教皇の資質を問う宗教裁判も含まれる。
枢機卿が全員集まるのは滅多に無い事なので、大イベントを一目見ようと敬虔な信徒もまた正教会に集う事になる。今回はユダが、聖女認定を行った教皇に対し、その正当性を審議する為に開催を呼びかける事になった。
既に召集が掛かっていて3月に入って早々に開催される事になっている。ジャコブ猊下とクリストフ猊下も会合の後、直ぐに聖教都を目指して旅立った。
聖女の正当性を証明する為に、俺が神の現身であるかどうかの真偽を確認する必要がある。神の現身とはどう言った存在かは明確に定まっていない。神様そのものなのか、誰よりも神様の力を受け継いだ依代みたいな者なのか。
ジョエルさん曰く、神に等しい存在だろうとの事。とは言え、全知全能とは程遠いし、クラフターの力は確かに強大だが神と呼べる程かと言われると疑問はある。だが、クラフトモードは世界の在り方そのものを変容させる力だ。神以外の何者に出来るのかと言えば、ちょっと考え付かなかった。
証明をどうするのかと言えば、その役割は審問官の長であるシクスト猊下の領分になる。やる事は異端審問と変わらない。手っ取り早い実力行使で、神の資質を問うのだ。神様、もしくは神の寵愛を受けたのであれば、これ位の試練は問題になりませんよね? と、実際に審問を行いその真偽を問うのだ。
シクスト猊下は強硬派の重鎮なので、教皇が事前に取り込むのは難しい。だから、彼が俺にどの様な審問を行うのかを事前に知る事は出来ない。審問を受けて認められれば、俺や聖女の存在を否定する事は難しくなる。俺が神の現身として認められれば、俺に表立って背く事等出来る筈も無い。そうなれば他の枢機卿の信任を得る事も簡単な為、一気に掌握を進める考えだ。序でに大審問目当てで聖教都に集まる信徒に動員を掛けて、人手を一気に確保しようと言う目論見もあった。
どの様な審問が行われるかは事前に知る事が出来ないが、凡そ予想は出来る。恐らくは火炙り、水責め、そしてシクスト猊下子飼いの異端審問官による物理的な試しだ。
まぁ予想される範囲なら、何がきても問題にはならないだろう。
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