第137話 大聖堂へ

ニコラさんの案内で参道を登ると、聖堂へと辿り着く。聖教都に入って大聖堂に至る迄の道は一本で繋がっているので、案内が無くとも迷いはしない。だが、ここからは案内無しに進むのは難しそうだ。まだ朝も早い時間から人で溢れていて、大聖堂の中、礼拝の間からは神へ捧げる祈りの言葉が聞こえて来る。


大聖堂と言うだけあって、礼拝堂は非常に大きい。かなりの人数が収容できそうだったが、神社に参拝するのとは違って、礼拝堂ではそれこそ1日中祈りを捧げる人も居る位なので、この時間は中へ進む人の方が格段に多い。


まだまだ朝も早い時間だが、礼拝堂を目指す人の列を横目に、ニコラさんの案内で更に奥を目指す。今回聖教都を訪れたのは、正教会のトップである教皇に呼ばれたからだ。それにフランシーヌはへの祈りは欠かした事が無いから、礼拝堂に立ち寄らなくても問題は無かった。


大聖堂の奥へ進むと、至る所で聖堂を守る聖堂騎士とすれ違う。案内無しに進もうとすれば呼び止められるに違いないが、今はニコラさんが一緒だから、すれ違う人が皆姿勢を正して道を開けてくれる。


フランシーヌは聖女ではあるが、普段身に付ける法衣は普通の信徒が身につける物と大差が無いから、一見しただけでは聖女とは解らない。ニコラさんが居なければ多少は手間取った事だろう。一応教皇からの招待状は懐に仕舞っているので、それを見せれば時間は掛かるだろうが案内はして貰える筈だ。


大聖堂の奥まった場所に、教皇が住まう御所がある。この辺りにもなれば更に警備は厳重で、教会内部でもかなり高位の身分で無ければおいそれと立ち入る事が出来ない場所だ。だが、教皇の信任が厚く、実質正教会におけるNo2であるニコラさんが居るので、例え見知らぬ俺達が一緒でも全て顔パスだった。それでも、声を掛ける奴が居ない訳では無い。


「これはこれは、ニコラ枢機卿。この教皇様の御所へ人をお連れになるとは、何用ですかな?」


「これはこれは、ユダ枢機卿。こちらは教皇様のお客様にございますれば、詮索など無用に御座います」


「そうは申されましても。ニコラ殿であっても、教皇様にお目通りを願うのであれば、正式な手順は踏んで頂かなくては」


そう慇懃無礼な態度で立ちはだかったのは、身長が190はある優男だ。歳は30頃、線は細く、中性的で整った顔立ちをしている。枢機卿と呼ばれるだけあって、正教会ではかなり重責のある立場なのだろう。許可無く立ち入る事を誰何しながらも、訝しむと言うよりも嘲る様な視線を感じる。


「控えよ、ユダ殿。こちらは聖女様であらせられる」


一瞬を目を見張る様な仰々しい仕草をするが、その視線に宿る感情に変化は見られない。つまりは聖女と知った上で声を掛けたと言う事か。


「これはこれは、お初にお目に掛かります、聖女様。私は西方教区と聖堂の守護を任されておりますユダと申します。ご尊顔を拝し、恐悦至極。聖女様に祝福を賜る栄誉を頂戴できますれば、これに勝る喜びは御座いませぬ」


そう言って膝をつくと、両手を組んで祈りの姿勢を取る。


「我々の祈りは、我が主へと捧げられるべきものです。祈りも礼も不要なれば、急ぎますので道を開けなさい」


今のフランシーヌは聖女モードだから、威圧感が凄い。しかし、その威圧を受けた筈のユダはまるで気にする様子も無くどこ吹く風で、すっくと立ち上がると大仰に腕を広げてから、お辞儀をする。


「聖女様の祝福を頂けないとは残念です。畏まりました、どうぞお通りくださいませ。しかし、聖女様についてはご理解を致しましたが、そちらのお二方は如何なる御用で御座いますかな?」


「教皇様からの正式な招待を頂いているんだが、君は何の権限があって道を阻むのかな?」


この手の手合いは面倒で、しかもユダはいけすかない。俺は懐から、教皇様から届いた書簡を取り出すと手に持ってひらひらと振って見せる。


「これは失礼を。私は聖堂の守護を管理しておりますので、正式な手続きを踏まずに侵入する者を咎める任を果たす責が御座いますれば、平にご容赦を」


「あなたの職責は理解した。それで、通っても?」


さすがにちょっと面倒臭くなってきた。出来れば用事はさっさと済ませてしまいたいのだが。


「ユダ殿、お戯れはそれ位にして頂こう。聖下も来客をお待ちしていらっしゃる。余り職権を振りかざす様なら、異議を唱えざるを得ないが?」


「畏まりました。では、私はこの辺で退散をする事に致しましょう。聖女様におかれましては、私共に祝福をお与えくださる事を心よりお待ち致しております」


そう言って、ユダは道を譲ると深々と頭を下げる。そのまま一同無言で、奥へと進む。


「ああ言う方って、何処にでもいらっしゃいますよね」


とはマリーズ。露骨に嫌悪感を滲ませている。


「あれで優秀では有りますからね。オーギュストが聖堂騎士団を辞した後、聖堂騎士団を束ねる地位が与えられたのは、その証左では有ります。ですが、最近は少々増長している様にも思えますな」


と、少し恨めしそうに説明をしてくれる。ニコラさんなら教皇の手紙を運んだのはオーギュストさんである事は当然知っているからの発言だろう。


「すいませんね。オーギュストさんは、今はうちで指南役を務めて貰っています」


「指南役で御座いますか。あやつがお役に立てたなら何よりですな。オーギュストは昔からフランシーヌを可愛がっておりましたから、フランシーヌのご夫君へ手紙を出すと聞きつけると、自分が伝書役をすると譲りませんでしてな。面倒事は私に押し付けて飛び出してしまったのです」


ニコラさんとオーギュストさんは教皇の懐刀として信任が篤くお互いの親交も深い。ニコラさんは枢機卿として、オーギュストさんはその剣の腕もあって、聖堂騎士を束ねる立場として教皇を支えて来たのだそうだ。


そんな人が教会を辞するとあっては、かなり混乱もあったのでは無いだろうか。そんな状況下で、するっと聖堂警護の責任者に収まったのが先程のユダらしい。名前が如何にもな感じで印象は最悪だが、あれでも帝国の矢面に立つ西方教区を監督する立場なので、実績もあるし、意外と人望もあるのだそうだ。


ユダの第一印象は最悪に近いが、だが余り憎めずにもいた。なにせ、ネームカラーが青色で友好的だったからだ。あんな言動をしていながら友好的とはどう言う事だろうか。彼なりに何か考えがあるのかも知れない。友好度は推し量れても、何を考えているかが解る訳では無い。深く考えても仕方が無いので頭の隅に留めて置く事にした。


視界内に映るネームカラーは、表示頻度を下げているとは言えなるべき意識をする様にしている。何せこれだけ巨大な都市だから、帝国の間者位は居るだろう。実際街中を歩いた際も、ネームカラーが赤色の人を3人は見掛けた。

だからと言って自分の領地でも無いし、直ぐに何か問題が起こる訳でも無いだろうから今の所は放置をしている。さすがに聖堂内で見かけたらニコラさんには報告をした方が良いだろうが、今のところこの辺りでは見かけていない。


程なくして奥まった場所にある部屋に辿り着く。部屋の入り口も聖堂騎士が2人立って警戒して居るが、こちらは特に俺達を咎める様な事はしない。


「聖下、お客様をお連れ致しました」


ニコラさんがドアの前からお伺いを立てると、直ぐにどうぞと中から声がする。

ドアは両開きで、両脇に控える聖堂騎士が、すっとドアを開けてくれた。


教皇の御所、教皇が寝泊まりをする場所だ。入って直ぐはかなり広いリビングになっていて、奥にはダイニングテーブルとソファが並んでいる。


生活はここで完結できる様に、部屋の奥には小さいながらも専用の礼拝堂があり、寝室と入浴施設も揃っている。傍仕えが控える部屋もあり、そちらには台所も併設されている。今も雑事を担当する女性が傍に立って控えている。メイド的な立ち位置だが、腰にはメイスが掛けられているし、しっかりと金属製の胸当てに、腰回りは板金を縫い込んだスカートを履いている。


彼女は聖堂騎士から選抜された女性騎士で、護衛と身の回りの世話とを担当している。神に身も心も捧げた信徒で、教皇の号令あれば即座に敵を屠る事の出来る戦士だ。一応不殺の為に刃の無いメイスを携行しているが、必要とあれば剣を振るう事もあし、神に仇なす者であれば弑する事に一切の躊躇は無いだろう。


この部屋の主である教皇の見た目は思った以上に若い。一見すると10代に見えなくも無い程。でも、これでも40歳らしく、つまりはかなりの童顔だ。元々魔力の高い人は比較的老化が緩やかなんだそうだ。そして代々の教皇は、信徒の中でも魔力、正教会の信徒であれば神力と呼ぶ事もあるが、その魔力に特に秀でている人が選ばれる。今代の教皇は歴代の教皇の中でも抜きんでて魔力に秀でている事で有名だが、それでもフランシーヌの魔力量には届かないそうだ。


ならフランシーヌが童顔かと言えばそうでも無いから、魔力が外見に与える影響には個人差があるのだろう。そう言えばアメリーも幼児体型で成長が遅い事を気にしていたから、意外と魔力が関係していたのかも知れない。


隣に居るもう一人の高魔力持ちであるマリーズを見る。マリーズもどちらかと言うとフランシーヌ寄りで出る所はちゃんと出ている。むしろ出過ぎている程度には自己主張をしているから、やっぱり人それぞれなのだろう。


「ジョエル聖下、お客様をお連れしました」


「ニコラ、手間を掛けたね」


俺達が部屋へと案内をされると、教皇が立ち上がって出迎えてくれる。


そもそも教皇に謁見をしようと思えば、本来であれば謁見を申し込んで数ヶ月の予約待ちとなる事が普通だ。当然、大聖堂には格式が異なる応接室が幾つもあり、教皇に謁見を賜われる程の人物であれば最上位の応接室で面会を賜るのだが、こうしてプライベート空間である御所まで案内をされる事は無い。ここに立ち入る事が出来るのは聖堂騎士でも限られた上位の騎士と、枢機卿位のものだ。枢機卿も誰彼構わずに自由に立ち入る事が出来る訳では無く、通常は事前に許可を得る必要があるから、許可を取らずに出入りが出来たのはニコラ枢機卿と聖騎士と謳われたオーギュスト位のものだった。


だから、こうして御所に直接卓也達が案内をされたのは異例中の異例な事だし、先程大聖堂の警備を監督する立場にあるユダが、正規の手順に沿っていないと咎めたのも、本来は当然の事と言えた。


教皇は宗教上の象徴的な意味合いが強い。正教会のトップである事は疑い様が無いが、政治的な側面においては正教会の重要な決定は枢機卿による合議制となっており、教皇の一存が直ぐに通る訳でも無かった。まぁだからと言って、教皇が直々に招待状を出してニコラを迎えに寄越した客人を、枢機卿とは言え咎め立てするのは不敬と取られても仕方が無い事でもあった。


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