第131話 夜明け前

この世界における、職業軍人の割合は3〜5%程が一般的だ。

領主直属の騎士団にその従者。町の防衛や治安維持の為の衛士隊等だ、

ギルドは国や領主の管轄では無いので、この数字には含まれない。含むと最大で10%程。ただしギルド所属の冒険者は中立性が担保されている為、国同士の争いには参加出来ない。


アマテラスの場合は現在の人口は2万人強。騎士団の定員は400人で現在は正騎士が30名、准騎士が300名。衛士隊が同じく定員が400名。人口の凡そ4%が職業軍人だ。


実際には、アマテラスでは14歳以下の未成年の割合が大きい為、成人比率で見ればその割合は非常に高くなる。通常職業比率を見れば農業従事者が最も高くなるが、アマテラスでは安定して食料が供給できるからこそ、高い割合で職業軍人を抱える事が可能になっている。


今回の戦いに衛士隊は動員をされていない。准騎士以上には戦車と魔導アーマーが配備されていて火力は十分だし、通常なら必要な後方支援も無用だからだ。


対してセザール侯爵領は人口10万人、シャトー王国でも有数の大都市だ。

食糧が潤沢で資金も豊富だった事から、ここ10年を掛けて軍備の増強を進めていて、既にギルドは解体されていて自領の軍で防衛を行っている。


卓也達が訪れたシェリー王国もそうだったが、自分達で防衛を行えるだけの十分な戦力がある場合は、ギルドの支部を置かず、冒険者の受け入れを行わない場合も少なくはない。


騎士団、防衛隊、准騎士に従卒を含めると、常備軍は1万人になる。

内5000を自領の防衛に残し、そこにバローロ王国軍の5000を加えた1万。常備軍とは別に後方支援として5000が動員されている。


モンペリエとアマテラスの予想戦力は予備戦力も含めても最大でも1万。同程度の戦力で有れば、セザール大公軍には帝国から提供された魔導兵装に、攻城用の戦術級魔術がある。装備や練度、技術の差により大幅に優位を保てると想定されていた。


モンペリエ迄残り15㎞。明日にはモンペリエの南に布陣して、一気に城塞都市攻略戦を行う。先行した偵察兵からは、敵に動きは無いと報告を受けていた。モンペリエは、どうやら籠城を決めた様だ。


夜間は魔物の活動が活発化するので、夜襲の可能性は低い。とは言え警戒を疎かに出来ない。それで無くても魔物の襲撃に備える必要が有る。野戦陣地が構築され、交代で十分な戦力が歩哨として立てられていた。


ただし、彼らがどれ程周囲を警戒していたとしても、篝火の灯りが届くのは精々数100m。断続的に野営地を襲う魔物や、夜襲に十分な警戒をしたとしても、野営地から10kmは離れて大きく迂回して南進をする陰に気が付く事はついに出来なかった。


卓也はフランシーヌとマリーズを伴い、夜の平原を一気に駆け抜ける。重騎士クラスの魔導アーマーであれば、軽く駆けるだけでその移動速度は時速で30㎞を優に越える。それだけの巨体で重量もあるから、駆け足で移動をすれば結構な音がしそうなものだが、身のこなしは搭乗者の技量をそのまま反映する。動きは非常に滑らかで、卓也であっても多少スピードを抑えて軽く流す様に走れば、それ程音を立てる事は無い。フランシーヌとマリーズに至っては、殆ど音を立てずに走っていた。


セザール大公軍、即ち聖女討伐軍の野営地を照らす篝火を遠目に捕らえながら、回り込んで予定地へと辿り着く。もう少し南に行くと東西に森が広がっている。かつてはそこに城塞都市があったが、魔物に呑み込まれてからは放棄されており再建はされていない。


100年は遡れば、今はなき城塞都市を中継地としてモンペリエとセザール侯爵領を結ぶ街道があったが、今は名残を残すのみである。既に11月に入って道を覆う草花も多少は減って来たから、舗装された道の名残を目にする事が出来る。


予定地に到着をすると、手早く大型造成装置を設置し、砦予定地の造成とそれを囲う城壁の建造を仕込む。30分も掛からずに完了するが放っておいても問題は無いので、完了を見届ける事なく次の作業に移る。西へ向かって移動して川へ突き当たると、そこから500m間隔でタレットを設置する。今回は消音性と射程を重視して大型魔導弓を設置する。強化型迎撃用クロスボウの更に上位のレシピで、基本の射程は300m、レジェンド等級であれば驚異の750mを誇る。今回は戦闘後に南へ逃亡する敵兵を漏らさず討ち取る為に設置をするので、タレット自身の防衛を考えておらずタレットを囲う城壁の設置は行っていない。タレットの足元に収納箱を設置して、取りあえず鋼鉄製の大型クロスボウボルトを1000本ずつ詰めて置く。事故防止の為、後日撤去する予定にしているので、これだけあれば十分な筈だ。


魔導アーマーを利用すると、こうした設置作業の合間の移動も格段に効率が上がる。自分の足で走っていた頃から考えると、雲泥の差だ。

500m置きに20カ所、川から東に向けてざっと10㎞にタレットの設置を完了する迄に2時間も掛からなかった。


タレットの設置が完了すれば最初に大型造成装置を設置した砦予定地び造成が完了しているので、中央に転移門を設置。拠点の4角に同じ様にタレットを設置し、北側に大型の城門を設置する。戦車どころか魔導アーマーでも悠々と通れる程の大きさがある。とは言え、実際には砦の外で特殊兵装を展開するので実の所それ程巨大な城門は必要では無いのだが。


アマテラスを出発したのは日が変わる直前だったが、転移門の起動迄終えたのは夜明けまでまだ3時間は残した3時頃だった。


起動した転移門をくぐってアマテラスへ戻る。ほぼほぼ予定時刻から誤差は無い。


転移門の前には、既にクラフター騎士団の面々が、整列して出陣を今か今かと待ち構えていた。直ぐ脇には、オデットさんと並んで国王陛下が奥さんと一緒に待っている。


「準備は大丈夫かな?」


「タクヤ様、ご苦労様です。私共は何時でも出陣が可能です」


「しかし、この程度の手勢で大丈夫なのかい? 見た所、精々が100人位だろう?」


トリスタン陛下の疑問も最もではある。国王夫妻は、実際に戦車も魔導アーマーも目にした事が無いからだ。日中であればアマテラスの至る所で目にする事が出来る魔導アーマーも、今は非稼働時なので仕舞っている。一応一目でかなり上質と解るお揃いの装備を身に纏って並んでは居るのだが、それにしたってたったの90名だ。1万の軍勢に挑む人数とは、とてもでは無いが思えない。


今日が決戦の日である事は町の皆も知っているので、固唾を飲んで見守って居るのだろう。本来であれば皆寝静まっている時間だが、町全体に何とも言い知れない緊張感が漂っていた。


「まぁ何とかなると思いますよ。陛下にはこんな時間からご足労を頂きありがとう御座います。戦いの行方について、証人となって頂ければと思います」


「勿論だとも。むしろ、今回の戦いに何ら寄与出来ない事を申し訳無く思う。セザール侯爵領の領都については任せてくれ」


「はい。私達もこれ以上面倒事を抱えるつもりは有りませんので、そちらは全面的にお願いをしたいと思います」


既に、王都からアラン将軍が率いる軍勢が出陣をしている。道中、諸侯の軍勢を吸収しつつ、セザール侯爵領に到着する頃には、その規模は3万に膨れ上がる見通しだ。


可能であれば隣国のバローロ王国まで攻め寄せたい所だったが、既に11月。もう少しすればシャトー王国に冬が到来する。そうなれば侵攻もままならない為、バローロ王国の攻略迄は難しいと考えられていた。


セザール侯爵領は、今年予定されていた食料の供出を全てストップしている。本来であれば多くの領地で食糧難に陥り、飢えに苦しむ人達が出る見通しだった。タクヤのお陰である程度は見通しが立っているが、それでも限界はある。


セザール侯爵領の攻略が果たせれば、兵を出した貴族達はセザール侯爵が貯め込んでいた食料を戦利品として獲得する事が出来るから、勝利を掴む事さえ出来れば今年の冬は越せる筈だ。それだけに、兵の供出を拒む貴族は居なかった。活躍次第では、新たな侯爵位を賜り、セザール侯爵に成り代わる事さえ出来るかも知れないのだ。ただし、それもこれもこの戦いの趨勢次第だ。


聖女の名が持つ影響力は大きい。まかり間違って聖女討伐軍により聖女が打倒されてしまうと、結果として王国の求心力も大きく低下する。そうなれば、セザール侯爵に着く貴族が出て来る可能性も否定は出来なかった。


トリスタンは、マリーズからの報告でタクヤが計り知れない力を持っている事は理解しているつもりだ。だが、これは戦争だ。敵側には帝国から未知の技術が供与されていて、決して侮る事の出来ない戦力である事は明白だった。


帝国は数々の国を滅ぼし、傘下に収めて来た実績がある。直接では無いとは言え、その帝国の意向を受けた軍勢に挑むのが、目の前に並ぶ100名に満たない騎士達なのだ。さすがに自分が敬う聖女が率いるとは言え、一抹の不安を拭う事は出来なかった。気が付けば、我知らず拳を強く握り込んでいた。手の平に爪が食い込み、うっすらと血が滲む。


「あなた、肩の力を抜きなさいな。聖女様が出陣をされるのです、何を心配する必要が御座いましょうか?」


「そうは言うがね、イズー。君は、たったこれだけの戦力で、どうやってセザールの軍勢に対抗出来ると言うのかね?」


「おかしな事をおっしゃるのね。私達は聖女様に、身も心も捧げると誓った身では御座いませんか。全ては偉大なる神の思し召しですよ」


そう言って、イズー王妃はトリスタンの手を優しく包み込んだ。


卓也の号令により、オデット指揮の元、クラフター騎士団の面々が次々と転移門を潜って行く。卓也はそれを見送りながら、隣でその様子を見守るトリスタン陛下と、王妃のそのやり取りを横目で見る。


何時だって、こんな時は女性の方が強い。卓也自身も、フランシーヌに何度と無く支えられて来たから、見覚えのある光景だった。


「ではトリスタン陛下、イズー殿下。そろそろ私達も行きましょう」


騎士団の皆が転移門を潜ると、次にマリーズとフランシーヌが転移門を潜る。続けて陛下と王妃殿下が卓也に先導されて最後に転移門を潜った。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る