第99話 決着

俺は、拠点の見晴らしの良い屋上から、望遠鏡でそれを覗いていた。


そこそこの距離があるので、さすがに何を話しているのかまでは解らない。だが、心配したようないきなり皆殺しにはならない様だ。


幾つか言葉を交わすと、相手が剣と盾を構える。他の兵達に動きは見えないから、一騎打ちだろうか。男の身なりは明らかに周囲と一線を画しており、一角の人物である事が解る。


「いざ!」


俺の耳に2人の掛け声が届くと、フランシーヌが剣を抜き放ちふっと駆け出す。振り上げた剣を、走り出した勢いのままに振り下ろすと男が構えた盾を易々と切り裂く。素早く後ずさった男は盾を投げ捨てて剣を両手に構えると、思いっきり踏み込み剣を振り上げる。そしてフランシーヌの姿がぶれると、男の振り上げた剣がそのままの勢いに宙に舞う。腕が肘の上辺りで綺麗さっぱりと断たれて、剣を握った腕はそのままにだ。


そして気が付けばフランシーヌは男の背後に立ち、首筋に剣を当てていた。一瞬の出来事だ。うん、まるで見えん。しかしフランシーヌは容赦が無いな。


その後、男は激痛故か膝を屈する。フランシーヌが周囲の兵士に指示を出したのか、慌てて転がった腕を拾うと男の腕に充てる。恐らくはフランシーヌが癒やしてくれるのだろう。出来ればこれ以上は無駄な死者を出したくは無かった、俺の意向を汲み取ってくれた様だ。取り敢えず問題が解決した事は解った。


何せ、決着が着いたのと殆ど同時に、視界に映るネームカラーの色が一斉に変わったからだ。現在は中立。少なくとも敵対関係は解除された様で何よりだ。


取り敢えず問題は解決した様なので、俺は拠点を出てフランシーヌの元へと向かう。


俺が着く迄に粗方話は終わった様だ。兵士達が一斉に膝を折って俺を迎える。うーん、何がどうなったのだろう。


「卓也様、お言い付け通りに話をつけました」


満面の笑みを浮かべるフランシーヌ。尻尾が思いっきり振られている幻想が見える。褒めて欲しいのが丸わかりだ。


「うん、良くやってくれた、フランシーヌ。見事な働きだったよ、ありがとう」


「は、ありがたきお言葉!」


「それで、どうなったのかな? 良かったら説明をしてくれる?」


その声に応えたのは、先ほどフランシーヌと戦った人物だった。


「は、直言をお許し頂けますでしょうか?」


「直答を許す」


舐められない様に精一杯背筋を伸ばして鷹揚に答える。


「シェリー王国の軍を束ねる将軍位を賜っておりますルドヴィックと申します。今代の英雄であるタクヤ様に拝謁を賜り御礼申し上げます」


「ああ、堅苦しいのは良いよ。取り敢えず話しずらいから、皆楽にしてくれ」


とは言え、何時迄も堅っ苦しい喋り方を続けられるものでも無い。


「はっ!」


一斉に立ち上がると、改めて皆が示し合わせた様に礼を取る。頭を軽く下げ、顔の前で左手に右手の拳を合わせる。


「決闘にてフランシーヌ様に負けましたので、我がシェリー王国は国内におけるお二方の一切の活動を不問に付します。他に要望が御座いましたら何なりとお申し付けください」


「うん、俺たちとしては何事もなく南の国境を抜けられれば良いから、邪魔さえしなければ特に要望は無いよ」


「は、かしこまりました。こちらをどうぞお持ちください」


懐から金属製の鑑札を取り出すと、うやうやしく俺に差し出す。デザインは国境で貰った通行手形と同じ物だ。ただ、やや黒光りする金属で作られている点が異なる。


「ありがとう。これは?」


「我が王国において、いかなる仕儀も許可する免状です。何か御座いましたらこれをお示しください」


「うん、有り難く受け取るね。とは言え、俺達も事を構えるつもりは無かったんだ。君達にも少なかず犠牲が出ているだろう、申し訳ない。良かったら亡くなられた方達の見舞金にでも充てて欲しい」


こんなケースは全く予期していなかったとは言えないから、全面的に彼らが悪いとも言えない。俺なりの誠意を少し位は見せたいと思ったので、アイテムボックスから金のインゴットを何本か取り出すとルドヴィックに渡す。


俺の事を英雄と呼んだのだから、フランシーヌが聖女である事も伝わっているのだろう。聖女と英雄は気に食わない事があると戦力に物を言わせる何て変な噂が立つのは何と無く嫌だ。まぁ金で物を言わせるのも違う気がするが、俺なりの誠意と言う奴だ。


「は、有り難く頂戴致します」


一瞬、受け取りを固辞しようとする気配を感じたが、フランシーヌが目で黙らせる。今このおっさん、ビクッとしたな。まぁ怒った時のフランシーヌさん、マジで怖いからな。


その後、俺達は拠点を片付けると、ルドヴィック達に別れを告げてその場を後にした。南の国境まではそれ程距離は無い。昼前には峡谷に辿り着く。


道中馬車に揺られながら、先程はどんな流れでああなったのか、詳しい話をフランシーヌから聞いた。


どうもこの国では俺達が魔物の領域と考える辺りも国が領有権を主張している様だ。何か主張できる様な根拠があるのだろうか。何にせよ彼らからすれば、俺達は領地を不法に占拠した輩と言う訳だ。

とは言えいきなり軍隊が出張ってきて、幾ら不在だったからとは言えいきなり攻撃を仕掛けてくるのは少々野蛮過ぎないか? でも逆の立場で考えたら、自分の家の庭先に突然押し入ってきて不法に占拠されたら叩き出すのも当然かも知れない。うーん、トウカの町中にいきなり知らない奴が家を建ててたら、警告、捕縛。抗うなら衛士隊で囲って実力行使。規模は違えどやる事は一緒かも知れない。


それが何故あんな結果になったのかと言えば、お互いの主張が平行線で相容れない事は早々に解ったので、どうするかを決闘で決める事にしたからなのだそうだ。


この大陸の最も古い法に決闘法がある。古くから強者が支配をする世界だ。結局の所、国だろうがギルドだろうが、その権威を担保するのは軍事力、戦力に他ならない。


主張が交わらない時の解決方法は最終的には軍事的解決であるし、その最も明確で古くからある解決方法が、一騎打ち。つまりは決闘だ。

お互いの求める条件を宣誓し、戦いに勝利をした者がその全てを得る。これは古くから伝わる神聖な法だ。


フランシーヌは、負ければ国の法の裁きに従う事を賭け、相手は国内でどの様な事をしても一切を問わない事を賭けた。そして敗者が勝者に従った結果があれだ。決闘の作法に従えば俺の誠意も不要だが、それこそ勝者の権利だから固辞するなんて以ての外。あの時、将軍が断ろうものなら約束を違えたと切り捨てるつもりだったのだそうだ。嫌、そこまでせんでもと思うが、まぁそれもこの世界の流儀なのだろう。


因みに正式な決闘の約束を違える事は例外なく認められない。決闘は申し込まれたからと言って、必ずしも受ける必要は無い。軽々しく決闘を吹っ掛けるのも、大抵の場合は無作法と見做される。戦争が国際法上の最終的な解決手段であるのと一緒だろう。あくまでお互いの主張が歩み入れない時、その最終手段として決闘と言う手段が選択される。


でも、それで国とか成立するのかな。どんな約束も決まり事も、結局強ければ何とでもなるし無理も通せるって事じゃ無いのかな?


しかし、どれ程の強者であっても1人で生きていける訳では無い。好き勝手に我を通そうと思えば遅かれ早かれ立ち行かなくなる。それにどれ程の力があろうとも全方位を敵に回して、無事で済むとも考え難い。事実、暴君と呼ばれる国主や、悪逆非道の限りを尽くした者も歴史には度々現れるが、そうなれば人類の敵と見做され滅ぼされるのが道理だ。


ギルドの高位冒険者はどうであろうか。ギルドであれば、そうした危険な芽は早い段階でつまれる事が殆どだ。ギルドはそう言う意味で暴力装置の安全弁で有り、セーフティーとして機能をしているのだそうだ。

それに、ギルドに加名すると戦争へ加担をする事が出来なくなる。強力な戦力を国同士のいざこざから遠ざける事で、国同士の安全性を高める一助にもなっているのだそうだ。


今後も武力に物を言わせるのは出来れば避けたいが、どうにもならなければ最悪避けては通れない。ならば、やはり備えは必要だろう。フランシーヌの腕で後れを取るとは考え難いが、装備の質が勝敗を分けた要因の1つである事は間違い無い。いや、違いないんじゃ無いかな。多分そうだと思う。でも俺が今以上の上位の装備に身を包んでも、先程のフランシーヌの動きを見ればどうにかなるとは思えなかった。


フランシーヌに限らず、この世界にはまだ見ぬ強者も居るはずだ。備えは怠るべきでは無いだろう。何せ、この世界には俺が使えない魔法があるのだから。


この世界の人達は、多かれ少なかれ魔力を持っている。魔力に秀でたものは強大な魔法が使えたり、武技が使たりするのだそうだ。先程の将軍だと、防御力を飛躍的に高める鉄壁、剣の重さと衝撃を増す重撃を使用した。魔力が高ければその威力や効果も比例して高まる。他にも身体の動きを早める瞬身や、敵を貫く刺突等。大仰なスキル名は無くともその効果は明白だった。


この魔力の量や魔力を操る技術の優劣が、戦闘能力に直結するのだそうだ。

先の将軍はギルドの等級に当て嵌めると恐らく7等級。大陸には8等級が何名か居るし、過去には9等級も存在している。10等級ともなれば過去の英雄しかいないから、たったの3人だ。でも、もしかするとギルドに所属していないだけでフランシーヌさえも太刀打ちが出来ない様な実力を有している者が居るかも知れないの。魔物に限らず、敵の存在には常に注意が必要だろう。今回はたまたまどうにでもなったが、何時も同じ結末を迎えられるとは限らないのだから。


国境の砦では列に並ばずそのまま列の隣を駆け抜ける。城門の前で当然衛士に止められるが、貰った鑑札を出すと土下座する勢いで頭を下げられて、ノーチェックで丁重に峡谷の外に案内をされた。


今後も、今までと同じ様に拠点を建造するかは一瞬悩んだ。また同じ様なトラブルが発生する可能性があるからだ。適当な町で宿を取る事も考えられるが、夕方の報告会と朝議は外せない。それに拠点では毎日の日課も欠かせない。


自分の都合でしか無いが、結局は可能な限り人目に付かない場所に拠点を建造して、転移門を設置するのは既定路線と言える。まぁなる様にしかならないだろう。

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