第41話 教会にて。誓い
「ギルドとしては、そんな素材を通さなくても良いんですか?」
「そこは冒険者個人の判断だから、本来はギルドがどうこう言える事では無い。下手な商会なんかを直に通せば、貴族、それこそ領主から横槍が入る可能性は否定が出来ない。ただこれだけの代物で、ましてや相手がニコラ様なら、領主程度がどうこう出来る話では無いな。だから手っ取り早くタクヤ殿の実力を示すには良い手段だと思う。」
「そう言う意図は無かったんですけど。フランシーヌと結婚したいから、そのお礼に
なれば程度の考えだったのですが。」
「まぁむしろ夫の甲斐性と思えば上等じゃないか?悪く無いと思うぞ。なぁ、ベアトリス。」
「そうですね。妻としては非常に喜ばしい事かと存じます。夫が妻の家に結婚の際に贈る財貨は、財力や権力を示す為の物ですからね。これだけの物を用意出来るのは、それこそ王族位のものかと。夫がそれ程の甲斐性を示せば妻としては喜ばしい限りです。それだけの相手に嫁入り出来たと言う事ですからね。」
「フランシーヌ、そう言うものなの?」
「卓也さんの御心のままに。ただ、」
「ただ?」
「嬉しく無い訳じゃ無いです。」
なるべく表情を変えない様にしているが、ちょっと照れている様で嬉しい。こう言っちゃ何だが、こんな物でフランシーヌが喜んでくれるのなら万々歳だ。
ギルドに問題が無いなら、ニコラ様にはお礼としてこれを渡すとしよう。寄付金として現金でも良かったのだがどの程度が相場か解らないし、何と無く現金は嫌だった。
「相談に乗って頂きありがとう御座いました。」
「いや、こちらこそ領主の件ではすまなかった。またギルドを頼って貰えるとありがたい。」
「はい。今後も素材の買取で頼む事も有るかと思いますので。」
「宜しく頼むよ。」
ギルドマスターと握手を交わす。ノリは商談が終わった時に商談相手と交わす握手だな。大人気なくかっとなった事もあったが、ギルドは総じて色々と便宜を図ってくれる良い取引相手だったと思う。他のギルドも同じかは解らないが頼りにしても良さそうな気はした。
その後はギルドを後にして教会へと向かう。
ニコラさんに面会を求めると、慌ただしく旅の準備をされている最中だった。
教会の応接室でニコラさんと話しをする。
「忙しいのに時間を取って貰ってすいません。」
「とんでもない。こちらこそ足を運んで貰ってすまないね。本日はどんな用件で?」
「実は、フランシーヌに結婚を申し込みまして。養い親であるニコラ様にその許可を頂きに参りました。」
「フランシーヌ?」
「はい、私も卓也さんの事は好ましく思っております。」
フランシーヌが頬を赤らめながらそう返す。ギルドでの反応もそうだが、神に仕える神官としてでは無く、フランシーヌの素に近い反応に思えてとても嬉しい。フランシーヌの話しを聞いてから、距離が縮まった気がしていた。
「そうか、それは実に喜ばしい。今はタクヤさんと呼んでいるんだね。」
「はい。」
「タクヤ様、済まないね。この子は幼少の頃に神から啓示を受けた為、それこそ大人でも音を上げる程の厳しい修行を課してきた。神から授かった力を正しく使う為には必要な事だった。だが、その影響か誰よりも神を敬う反面、どうしても視野が狭くてね。タクヤ様に仕えるとは言ったものの、神の威光にばかり目を向け、タクヤ様を蔑ろにしているのでは無いかと心配はしてはいたんだ。フランシーヌはちゃんとタクヤ様に向き合っている様で実に喜ばしく思う。」
「ありがとう御座います。では結婚はお認め頂けますでしょうか。」
「勿論だとも。親御さんから預かった大事な娘さんだが、私にとっても娘同然だ。誰よりも幸せになって欲しいと願っている。どうか、この子を幸せにしてやって欲しい。」
ニコラさんが深々と頭を下げる。それは皆から敬われる枢機卿としてでは無く、一人の親としての真摯な思いが伝わるものだった。
「ありがとう御座います。俺は絶対にフランシーヌを幸せにします。任せてください。」
「先日の別れ際に聞いた言葉を、また同じ様に聞けるとは。何だか不思議なものだ。」
そう言えば、前にあった時に大事にしますと宣言したんだっけか。その想いは今も変わらず、むしろ強まっているから問題は無い。
「ところで、フランシーヌと結婚するに当たって、お礼としてこちらをお納め頂きたいのですが。」
そう言って、テーブルの上に例の物を置く。ニコラさんはそれが何かに直ぐに気付いた様だ。今までのフランシーヌのお父さんの顔から、一気に枢機卿としての顔に変わる。見た目は何も変わらないのだが、明らかに部屋の空気がりんと張り詰めた気がするから凄い。俺も改めて背筋を伸ばし、姿勢を正す。
「こちらは?」
「お察しの通り、クイーンジャイアントスパイダーの糸で編んだ上質なスパイダーシルクです。」
「これを我が正教会にお預けくださると言う事ですか。これがどれ程の価値をもつものかはお解りかな?」
「勿論です。フランシーヌとも相談しましたし、ギルドマスターにも相談をしました。ニコラ様であれば悪くは扱われないと。」
「ふむ。正教会にでは無く、私にお預け頂けると。」
「はい。まぁ、フランシーヌを妻に迎えるお礼なので、養い親であるニコラ様に感謝を伝えたいと言うのは本音です。現金でもと思ったのですが、お金でフランシーヌを嫁に貰う様に感じて嫌だったので、それなら俺らしく魔物の素材が良いのでは無いかと思いまして。」
「なるほど。では、私がこれをどの様に扱っても問題は有りませんか?」
「はい。全てお任せします。」
「丁度、長らく留守にしてたもので教皇聖下に報告に戻ろうかと思っていた所です。これで法衣を仕立てて献上をすれば、さぞかし教皇聖下に映えるに違いありません。」
正教会は多くの国で国教として定められているだけあって、影響範囲は非常に広い。教皇がいらっしゃる正教会の総本山とも言うべき大聖堂もこの国ではなく、そこそこ離れた国にあるそうだ。法衣を仕立てると聞いて、ふと思いつく。
「そう言えば、法衣を仕立てる時に何か染色したり、刺繡をしたりはされますか?よく使う色なんかがあれば、教えて欲しいのですが。」
「ん?そうだな。貴き色としては紫か金色が好まれる。紫はより濃く深い色程、尊いとされているな。」
「さすがに金糸はまだ作れないのですが、ちょっと部屋の隅をお借りしても?」
ニコラさんの許可を貰って、部屋の隅に染色台を設置する。染色台は染料さえあれば、色んな物に色を付ける事が可能だ。レンガブロックにだって色付け出来るしクイーンジャイアントスパイダーの糸だって例外では無い。手早く紫色に染色をすると、染色台を仕舞い込む。
「それであれば、これもお持ち下さい。ご希望に叶うかは解りませんが。」
そう言って、染色したばかりの糸を取り出すとニコラさんに手渡した。
「こ、これは、素晴らしい色だね。」
何もないところから素材と取り出しても、染色台を設置しても表情を変えなかったニコラさんだったが、糸を手に取ると驚愕で目を見開いていた。
なんでもスパイダーシルクはその特性故か染色が非常に困難なのだそうだ。染色しようとしても染料を弾いて染まらないとの事。にも関わらず俺が手渡した糸は綺麗に染まっている。しかも色の発色も素晴らしいとの事。
「タクヤ様、ありがとう御座います。これ程の逸品で仕立てた法衣であれば、さぞかし教皇聖下もお喜びになられる。何より正教会の象徴として、これ程のものは無いでしょう。責任を持って預からせて頂きます。そして、改めてお誓いを申し上げる。この世界に降臨された主の現身たる尊きお方よ。我ら正教会信徒一同、身命を賭してお仕えを致します。」
「ああ、顔を上げてください。そんなつもりでは無かったんです。本当に。でも約束します。俺は必ずフランシーヌを幸せにします。例えどんな困難があっても、必ず。」
そう、俺は誓った。津波はどうかは解らないが竜や不死の軍団位ならどうにでもなる筈だ。それ以上の脅威はちょっと想像が出来ないが、フランシーヌの幸せを脅かすなら何がきても相手になってやる。
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