第38話 決意の朝

「ありがとう御座います、。本来であれば一方的に信仰を押し付けてしまった私が断罪されるべきだと思うのですが、そんな私にこれ程の好意を向けて頂いてとても嬉しいです。」


フランシーヌが泣きそうな顔で俺への謝罪を口にする。


「私は、心の何処かでご主人様が神の現身では無いのかも知れないと、そう疑っていました。」


「それは当然の事だと思うよ。俺の力は確かに神から授かったものだと思うけど、俺自身はただの人だし。」


そう、俺はただのゲーマーでしか無い。


「はい。でもそうでは無いのです。神の御業を為される貴方様を、主がご自身の現身であると言われたのですから、それはきっと間違いは無い事なのです。ですが、私はご主人様と夜を共にしたあの日、主の言葉を失ってしまいました。」


「言葉を失う?」


「私はこれまで主より言葉を授かり、それを心の拠り所にしていました。ですが、ご主人様が神の現身なのですか、とそう問いかけた時より、主は私に言葉をくださらなくなりました。それはご主人様こそが神の現身たる証左なのだと思います。」


言わんとする事は解る。神と呼ばれる程の存在から直接声を賜っていたのなら、俺が現身では無いのであれば、違うとそう伝えれば良いだけだ。

現身が何を意図するものなのかは解らなかったが、神と同じ存在なのか、もしくは同質の存在と言う事なのだろう。もしかすると俺にこんな力を授ける為に、何時の間にか俺の中にその神様が宿っている可能性だってある。

少なくとも全能な筈の神様が答えてくれないのであれば、そこには答えるべき神様が居ないからだ。なら何処にいるのか。それは逆説的ではあるけど、俺自身が神である事の証左にもなる。神がここにいるから、フランシーヌに応える神はそこには居ない。

もしくは、フランシーヌが神の声を聴く資格を失ったからだ。

だが、それなら奇跡の力を失っていてもおかしくは無い。神の力は、今もフランシーヌと共にある。


「ですが、これまで主の言葉を拠り所としてきた私にとっては、主の声を失う事は恐怖でも有りました。だから私は、不敬にもタクヤさんを通して神を見ていた。それは余りにも失礼な事でした。本当に、ごめんなさい。」


「それは当然の事だよ。フランシーヌは神に仕える為に頑張って来たんだ。」


「ありがとう御座います。ですが、それではあまりにもタクヤさんに失礼だと今更ながらに気付いたのです。私の産まれの名はミレイユと申します。」


そう言って、フランシーヌは神の声を聞いてからの事を話してくれた。


「私はフランシーヌ、聖女とそう誰からも呼ばれます。ですが、本当の私はあの日失われてしまったのでは無いかと、時々不安に駆られる事が有るのです。私はきっと、心の何処かで、本当の私を見て欲しいと、そう願っていました。タクヤさんはそんな私を、ちゃんと見てくれていました。でも私はそうでは無かった。」


「君が信仰を捧げているのは主だからね。当然の事だよ。」


「そう言ってくださるタクヤさんに甘えていたのです。改めてお願いします。タクヤさんのお傍に、私を置いては頂けないでしょうか。」


「それって、俺と結婚してくれるって事?」


性急に過ぎる言葉だったと後から思ったが、その時の俺には余り余裕が無かったから、直球で聞く事しか出来なかった。でも、だからこそ踏み込む事でミレイユフランシーヌとの距離を縮める事が出来たのだろうと今なら思う。


「はい。貴方様がそれをお望みであれば。それに私は元より、命尽きる迄共に有る事を願っております。」


その後、俺がどんな顔をしていたのかは良く解らない。嬉しさと寂しさがない交ぜになって、気が付けばフランシーヌを抱きしめてただひたすらに泣いていた。フランシーヌも泣いていた様に思える。もっとスマートに結婚を申し込みたかったんだけど、結果的にはこれで良かったのかも知れない。


それからも色んな事を話した。俺のこれまでの事。フランシーヌのこれまでの事。そして2人のこれからの事。フランシーヌに料理を作って貰って、2人で一緒に食卓を囲む。それがとても幸せな事だった。2人でこれからもそんな日々を過ごして行こう。そう願った。


夜が明ける頃、俺は隣で眠るフランシーヌの寝顔を見つめていた。

最初、フランシーヌの危うさから、神を妄信する人なのかと思っていた。でもそんな事は無かった。恐らくは他の人よりも神への信仰は深いのだろう。神の言葉を聞き、神の奇跡を宿して聖女と呼ばれる程なのだから、当然と言えば当然だ。

しかし彼女は闇雲に神を妄信するのでは無く、人々の助けとなるべく厳しく自身を律してきた人だ。剣をふるう様を見ればそれは直ぐに解る。素人目にも達人の域なのだと理解出来る。そこに至るまでにどれ程の修行を積んだのかは想像に難くない。


そんな人が俺の事を選んでくれるなんて、普通に考えれば万に1つも無い事だ。でも、きっかけは何だって良い、お近付きになれただけでもその幸運に感謝したい位だ。それが神の意志なのだとしても構わなかった。神の意志がどんなものなのかはやっぱり解らないが、この世界に連れて来てくれた、こんな力をくれた、フランシーヌと合わせてくれた、そんな神には感謝しか無かった。


「おはよう。」


「おはようございます、さん。」


フランシーヌが起きた気配を感じ、そう声を掛ける。フランシーヌは少し頬を赤らめながらそう答える。フランシーヌに名前を呼ばれる事がこんなに嬉しい事だとは思わなかった。


「ところで、フランシーヌとミレイユってどっちで呼んだら良い?」


「どうぞフランシーヌとお呼びください。ミレイユの名は、卓也さんが覚えていてくださればとても嬉しいです。」


「解った。フランシーヌ、好きだよ、愛している。」


「ありがとう御座います。私もお慕いしております。」


2人で顔を真っ赤にする。まぁ裸で抱き合って寝る仲なのに何を今更と思わなくも無いが、それはそれだ。


因みにフランシーヌも俺の事を憎からず思ってくれているらしい。

真面目で勤勉で、そしてとても優しいのだと。朝から晩まで、修行もかくやと言う程に棍を詰めて採取に精を出す姿は、フランシーヌの眼にはとても好ましく映るのだそうだ。俺にして見れば朝から晩まで好きなゲームにはまっているだけなので申しわけ無く思う。


優しいと言えば、ポールやモーリスさんとの交渉は俺なりに上手くやれたと思ったのだが、あそこまで馬鹿正直に取引をする人は早々居ないらしい。ただ、そうした他人への配慮がフランシーヌには好ましく見えたとの事。とは言えその内騙されそうだから私がちゃんと付いてないと、と軽く怒られてしまった。


俺が神の現身なのかどうかについては、実際には疑っていないらしい。

俺と契約をした際に俺の気配を間近に感じて、それが神の気配、神気と同質のものだったとの事。フランシーヌに限らず魔法を使う者はそうした神や魔力と言った気配にはとても敏感だから、あれ程明確に感じたのであればまず間違いは無いとの事。


まぁその神気とやらが俺自身によるものなのか、エターナルクラフトに準じる力がが神から授かったもので、神の影響下にあるから感じたのかは解らない。だが、例えば神から授かった力を行使するフランシーヌの奇跡であっても、奇跡を行使する際に発する魔力はフランシーヌ独自のものになると言う。周囲の人は神の気が混じるその魔力に神の気配を感じるが、似たものであってもそこは違うらしい。


だから仮に神から授かった力だったとしても、同質の神気を感じる事自体が証左なのだと。


それでも、もしかしたら違うのではと思うのは当然の事だろう。そもそも俺だってそんな事は信じてはいない。でもフランシーヌがそう言うのならきっとそうなのだろう。




何時からだろう、一人で食事を食べる様になったのは。家族で食卓を囲むそんな当たり前の風景に憧れを抱く様になったのは。大人になって当に忘れてしまった憧れだったが、それがこんな形で叶うとは思っては居なかった。


フランシーヌと朝ご飯を並べて一緒にご飯を食べる。メニューはフランシーヌが用意をしてくれたサラダと、俺がクラフトしたパンだ。さすがに自前でパンを焼くのは無理だと思うけど、今後は俺も一緒に料理をしてみようと思う。クラフト頼みでは無く自分で何かを作ってみよう。もっとこの世界に足を付けられる様に。そうして俺はフランシーヌと一緒にこの世界で生きていく。


そんな決意をした朝だった。

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