第94話 愛莉のお願い♡


 海山との勉強会は結局19時まで続いた。


 意外にもおふざけに走ることはなく、お互いに最後まで真面目に勉強会をしていた。


「はぁ……もう頭がパンクしそうだよぉ〜」


 疲れ切った様子の海山は、ちゃぶ台の下で足を伸ばしながら背後へ倒れ込むと、床に寝転ぶような形で身体をぐいーっと伸ばす。


(ね、寝てる状態でも山のように聳え立つこの爆乳……なんということだ。写真に収めたい)


 俺は海山のエベレストを横目でチラチラと見ながら、勉強道具を片付ける。


「諒太って教えるのめっちゃ上手いよ! 難しい内容があったら分かりやすい例えを出してくれるし、バカな愛莉でもめちゃ理解できた!」

「そうか?」

「うん! 先生とか向いてそう!」

「お、俺が教師?」


 あまりにも突拍子もないことを言うので、俺は呆れた声が出てしまう。


(根暗陰キャの俺が教壇に立つとか……あまりにも無理があるだろ)


 絶対キョドるし、大人になっても視線がキモ過ぎて女子生徒たちから煙たがられるのが良いオチだ。


「俺が教師ってのは、まずないな」

「えー、そうかな? 向いてると思ったんだけど」

「ないない」

「じゃあさ、諒太って将来何になりたいの?」


 将来のことなんて真面目に考えたことなかった。

 中学の時は卒業文集にウケ狙いで『自宅警備員』と書いたら、そもそもぼっち過ぎて誰からも突っ込まれないという地獄を味わったくらいだからな……。


「将来の夢……か。とりあえずそこそこの大学に進学して、その後はそこそこの会社に就職して……」

「就職して?」

「……まぁ、それで終わりだな」

「え、もう終わり!? どゆこと!?」

「どうもこうも、就職してその会社で定年まで働いたらあとは適当に老後を過ごすだけだが」


 陰キャだから環境が変わる転職とかもしたくないし。


「えー! そんなのつまんないじゃん! なんかもっと、面白い仕事を目指しなよ!」

「面白いって。漠然としすぎだろ」

「ほら例えばさ、諒太はアニメとかが好きなんだから、そのアニメ作る人とか! あと、あの掛け軸みたいな可愛い絵を描く人とか! いっぱいあるじゃん!」


 海山は某白髪ロリのマイクロビキニ掛け軸を指差しながら言う。


 そ、そんなこと言われても俺はアニメーターやイラストレーターみたいな絵の才能はないし……。

 オタクではあるものの仕事にするのはさすがにキツイ。だから普通に就職して、社畜になる人生しか描けそうにないのだが……海山は簡単に言ってくれるな。


 まあでも俺みたいに勉強しか取り柄がない人間は大体こんなもんだ。

 会社に入って社会の歯車になって、そこそこの給料で満足しながら毎日同じような与えられた仕事を死ぬまでこなす。

 でもそれが世の中の当たり前なんだから、俺も同じような人生を送るに決まってる。


「あ、そうだ!」

「ったく、次はなんだ?」

「諒太が前に愛莉のバイト先で買ってくれたライトノベル? ってあるじゃん? それの作家になるのはどう!?」

「ら、ラノベ作家?」

「諒太っていつもあれを教室で読んでるし、頭も良いからきっとなれるよ!」

「いっいや……ラノベは読むのが趣味なだけだから」

「えー?」


 ラノベ作家なんてそう簡単になれるものじゃない。

 もし仮に、何年もかけてなったとしても、努力すれば必ず結果を残せるわけじゃないし、1冊出して消えていく人が山ほどいる世界だ。


 そんな世界、俺みたいな凡人には到底……。


「でも愛莉ね、諒太みたいな優しい男の子が書く小説、一度でいいから読んでみたいなっ」

「……み、海山」

「諒太はさ、どんな物語を作りたい?」


 俺の、作りたい物語……か。


 海山に言われて、俺は心の中に少しだけ炎が宿ったような気がした。


「笑わないで聞いてくれるか」

「もちろんだよっ」

「お、俺が書きたい物語は……こう」

「うんうん」


「この世のおっぱいを好き放題にできる異能力モノだ」


「…………」


 俺が正直に答えたら、場の空気は完全にフリーズしていた。


「海山? おーい」

「……とりあえず優里亜に通報しとこ」

「お、おい! 頼むから市之瀬には言うな!」

「じゃあ瑠衣ちゃんに」

「もっとヤバいからやめろ!」


 海山がスマホを開いて二人に伝えようとするので、俺は全力で止める。


「もー! 諒太の変態っ!」

「なんだよ! 笑わないで聞いてくれるって言うから恥を承知で言ったのに、酷いぞ海山」

「諒太の変態!」

「そ、そりゃ、創作なんてエロスから来るものばかりなんだし、別にいいだろ!」

「諒太の変態っ」

「諒太の変態botやめろ!」


 部屋中にお互いの熱気が篭り始める。

 エアコン付けてるのにめちゃくちゃ汗をかいてしまった。


「諒太ってもしかして、愛莉のおっぱいも、そういう目で見てるの?」

「……み、見て、ないが」


 1ターンキルされる人狼並みに下手な酷い嘘である。


「他の男子なら絶対に嫌だけど……あ、愛莉的には……諒太なら」

「え?」


 海山は少し汗ばんだ夏服の胸元を両腕で隠しながら、上目遣いで俺の方を見て来る。


「諒太は愛莉にとって唯一の男友達だし、これからも諒太とは、もっと仲良くなりたいから……だから愛莉ね、諒太になら別に見られてもいいよ? 諒太は……特別、だから」


 真っ赤な顔で、少しづつ言葉を紡ぐ海山。


 え? おいおい、もしかしてこれ、公認でおっぱいガン見許されたってことか?

 海山の爆乳をこれから毎日ガッツリ見ても許される、のか!?


「ほっ、ほんとか海山!」

「でもその代わり! 条件があるの!」

「じょっ、条件!? か、金か!?」

「お金とかじゃなくて! その、あ、愛莉のこと……」

「ん?」


「愛莉のこと、これからは海山じゃなくて……って呼んで?」


「……え」


 おっぱいガン見の権利と引き換えに要求されたのは、海山のことを下の名前で呼ぶこと、だった。

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