第43話 姫と王子は彼と彼女に


「男女の役を逆転させた、白雪姫か……それいいね!」

「私も賛成!」

「おもしろそー!」


 クラスの全肯定botたちによって、例のように黒木の『男女逆転白雪姫』の案が通ってしまう。

 こうなると次に決めるのは配役。

 白雪姫(男)と王子(女)の配役を決めるため、男女それぞれで集まって話し合いをすることに。


 王子役を決める女子は廊下側へ、白雪姫役を決める男子は窓際の席にそれぞれ集まった。


(男女逆転って……女子側はまだしも、男子側は恥でしかないだろ)


 だがそれでも黒木の意見に賛成したわけだから、お調子者の陽キャラたちの誰かが白雪姫をやりたがる……そう、思っていたのだが。


「い、いくら黒木さんでも、さっきのは男子にとってはキツイよな……」

「ああ。だって俺たちの誰かが白雪姫をやるんだろ?」

「女装はさすがにキツイって」


 集まってすぐにマイナスな意見が男子の間で飛び交う。

 どうやら陽キャ男子のグループを中心として、男子は黒木の提案を疑問に思っていたようだ。

 同調圧力に負け、あの場では文句を言えなかったのだろう。


(全肯定botが裏目に出たってとこか。まぁ男子は黒木の前では良い顔したいもんな……)


 だが、黒木瑠衣という女はそんな男の下心すらも手玉に取り、自分の意見をねじ込む策士なのだ。


(黒木が何を考えてるか理解不能だが、今さら反対することは不可能……一杯食わされたってわけだ)


「今回の劇を提案してくれたのは黒木さんだが、そもそもの話をすると黒木さんが主役の王子をやる可能性は少ないんじゃないか?」


 火野がそう言うと、「どうしてだ?」と周りの陽キャが首を傾げる。


(黒木が主役の王子をやらない? 俺はてっきり黒木が主役をやるものだと思っていたが……)


「だって黒木さんインハイが近いじゃん。中学の頃から数えて全国大会5連覇がかかってるんだぞ? 文化祭の劇なんかで主役をやってる暇ないだろ?」


 それは一理ある。

 黒木瑠衣は日々多忙であり、いくら黒木とはいえ劇の主役をやれるほどの余裕はないと思われる。


(つまり黒木は、自分は劇に関係ないから好き放題言ったってことか?)


 火野が言いたいのはそういう意味も孕んでいそうだが……果たして黒木がそんなことで人望を利用したり、権力を行使するだろうか。


「仮に黒木が主役をやらないなら、主役は彼氏持ちの海山か、他校に彼氏がいるって噂の市之瀬かぁ」


 陽キャグループの男子が苦い顔をしながらボソッと呟く。

 海山は(バイトのための嘘で)彼氏がいると公言していたが、どうやら優里亜も彼氏持ちだと思われているらしい。


(まぁ優里亜は俺以外の男子に対しては素っ気ないし、あれだけ顔が可愛いギャルなら他校とか年上の彼氏がいると思うのが自然だろう)


「俺はパスかなぁ」

「お、俺も」

「黒木さんが主役なら、女装くらい買って出たが」

「拙者も愛莉たんが王子なら、よろこんでやりたいですが……もし違った場合、愛莉たんへの裏切りになってしまいますので」


 クラスの陽キャたちと厄介オタクが次々に断り、続け様にクラスの男子は首を横に振る。


 誰一人として『平等にくじ引きにしよう』と言い出さないところが、本気でやりたくないのがよく伝わって来るな。


 でもこいつらの気持ちは分かる。

 もし火野の読み通り黒木が主役をやらないなら、黒木のことが好きな男どもはやる意味がないし、海山や優里亜のことが好きな奴らにとっても、海山や優里亜が王子をやる確証がないので、ハイリスクハイリターンなのだ。


 誰も手を上げないということは、俺にとってもヤバい。


 こうなった以上、矛先が向けられるのは必然的に……。


「なぁ、泉谷が白雪姫ってどうよ?」


 無党派層である陰キャオタク。つまり俺だ。


「泉谷ってクラスの男子の中じゃ1番成績良いし、セリフとかの暗記も得意そうじゃん!」

「そうだよな! 頭良いし! なあ頼むよ泉谷〜」


 おいおい。成績とか今関係ないだろ……!


 死ぬほど反論したいし、白雪姫なんてやりたくないに決まってる。


 だが、ぼっちオタクの俺がそんな反抗的態度を取ったら……どうなるかなんて語るまでもない。


「そうだなぁ……泉谷くん、どうかな?」


 火野が俺に問いかける。

 クラス男子のリーダー的存在である火野にまで言われたら……尚のこと断り辛い。


(火野の野郎……いつもは善人面してるが、結局はこういう奴なのかよ)


「お、俺は……」


 待て待て! 白雪姫だぞ!

 さすがに劇の主役なんて、俺には荷が重すぎる!

 ここは断れ! 流されるな!


 と、脳内では、火野に向かってスパッと断るイメージができていたのだが……。


「や、やれば」

「え?」


「やればいいんだろ! 俺が!」


「「「「「おおおおおおおお!!!」」」」」


 結局俺は、周りの圧に負けた。


(俺のバーカ……断れぇ……!)


「さすがだぜ泉谷!」

「よっ、1組の秀才オタク!」


 周りの男子たちから歓喜の声と拍手が起こった。

 最悪の歓喜だ。これほどまでに嬉しくないのは初めてかもしれない。


 こうして俺は、よりにもよって白雪姫をやることに。

 その後、女子も主役(王子)の配役が決まったので、男子と女子で主役を発表することに。

 黒板の前に優里亜と火野が立つ。


「えーっと、男子の白雪姫は……泉谷くんになりました!」


 クラス中の視線が一挙に俺へ集まる。


 あー、もう誰か殺してくれ。


「諒太すごーい! おめでとおめでとー! 主役いいなぁー!」


 前の席のアホ爆乳が俺の気も知らないで笑っていた。

 ん? その言い方だと、海山は主役じゃない?


 ってことは。つまり。


「女子の王子は……あたし——」


 やっぱり優里亜か……っ?

 黒板の前にいる優里亜は、俺の方を見ながら言——。


「と、の二人。ダブルキャストになったから」


「「「「「「はぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」


 クラス中の男子の開いた口が塞がらなかった。


「ま、マジか……」


 もちろん俺も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る