第40話 黒木瑠衣は懐古する
「も、もう猫はいいだろ? 帰らないか?」
黒木がいつまでも猫の腹を撫でているので、呆れた俺は先に立ち上がって公園から出ようとする。
「諒太くんったら。わたしが猫にばかり構ってるから嫉妬してる?」
「違うっての! 今日は色々あって疲れてるっていうか……黒木も陸上の練習の後で疲れてるだろ?」
「それは、確かにそうかな」
俺が諭すと、黒木はやっと重い腰を上げる。
「じゃあね、猫ちゃん」
名残惜しそうに最後にひと撫でして、黒木は歩き出した。
黒木って、やっぱり変わってる。
普段は明るすぎず暗すぎず、穏やかでお淑やかなイメージがあるが、こうして俺といる時は柔らかい笑顔を見せる。
完璧主義ゆえに俺を振り向かせたいだけなのかもしれないが……どうなのか。
「さっき話してた猫の話だけどさ、もう一つの特別が生まれたってどういうことだ?」
「……それ、聞きたい?」
「あ、ああ。少し気になったから」
黒木は意味ありげに話したまま話を終わらせる癖(のようなもの)があるので、ここで聞いておかないと、これも謎のままになってしまうと思ったのだ。
黒木はこくりと頷くと、徐に話し出す。
「小学生の頃にね、飼っていた猫が急な病で具合を悪くして。隣町にいる腕の良い獣医へ診せに行ったことがあったんだけど」
ああ、飼っていた猫っていうのは、さっき言ってたもう死んじゃった猫のことか。
「結局その獣医のおかげで、猫はすぐに良くなって病気の件は解決した。でも……問題はその帰りに起きたの」
「帰り?」
「隣町の駅前に大きな立体駐車場があるでしょ? そこでお母さんが車を動かしている時、すっかり元気になった猫が車の窓から逃げ出しちゃったの」
「お、おいおい、やばいなそれ」
「うん。だから本気で焦ったわたしは、泣きながらお母さんと一緒に猫を探した。立体駐車場は上から下から車が行き来するし、どこかで轢かれてるんじゃないかって……でも」
黒木は俺の方をジッと見つめて来る。
な、なんだよ急に……。
「一人の男の子が、わたしとお母さんの前に現れたの」
「男の……子?」
「その男の子は肩にわたしの飼っていた猫を乗せて、右手に持ったウエハースを食べながら左手には青い袋を持ってた」
「や、やけに器用だなそいつ」
「ふふっ、だよね。でもわたしは凄いカッコよく見えたよ」
黒木は口元に手を当てながら思い出し笑いをするように小さく笑う。
い、いや、別にカッコよくないだろ……!
「その子はお母さんの用事で隣町まで来てたらしくて……猫を返してもらったら、すぐにどこかへ行っちゃったから名前は教えてもらわなかったけど、多くを語らないところがクールでカッコよかった」
そんなのがクール? 黒木の感性は少しズレているような気もするが……。
「だからわたしのもう一つの特別っていうのはその男の子のことなの。どう? これでスッキリした?」
「ああ。話してくれてありがとな」
「……それだけ?」
「え? う、うん」
話しながら歩いていたら、黒木家の豪邸が見えて来た。
「……諒太くん、わたしのことは逃したら後悔するかもよ?」
「はあ? それってどういう」
「送ってくれてありがとね。お散歩デート、色々と話せて楽しかった」
黒木は豪邸に続く門を開くと、中へ入って行った。
「あとっ! 今日は特別にこの後も写真送ってあげるから♡」
振り向き様にシャフ度でウインクしながら言う黒木。
「お……おう」
黒木は豪邸の中へ帰って行った。
ここで『いらない』とは言えない俺はやはりただの変態なのかもしれない……今さらだが。
☆☆
——月曜日。
いつも通り早めに高校へ登校した俺は、自分の席で堂々とライトノベルを読む。
(昨日は優里亜だけでなく、黒木とも色々話してしまった……)
その上、金曜日にスノートップスで海山愛莉と放課後デートをしていた情報が、知らない所で拡散されており、俺はクラスメイトの男子たちから殺気の籠った目を向けられていた。
「マジすげぇよなあいつ」
「もう海山の爆乳、揉んだのかな……」
「くそ、ヤリチン陰キャめ」
どうやら俺の知らない所でヤリチン陰キャという矛盾しまくりの
(そりゃ海山の爆乳を揉みたいとは思っているが……揉めるわけないだろ)
周りがどう思っているのか分からないが、海山とはそういう関係ではない。
はぁ……どれだけデートしても、俺はあくまで秘密を知ってる男友達止まりなんだよなぁ……。
でももし。
もしも何かの手違いであの3人との関係が進展したとして、俺はいつか海山の爆乳を好きなだけ揉んだり、優里亜の太ももに思いっきり顔を突っ込んだり、黒木のヘソをじっくりなぞれる日が来るのだろうか……。
「いや、絶対ないな」
俺はどこまで行っても童貞陰キャだ。
下手に期待したところで、3人ともイケメンに奪われてBSSになってお終いなのが目に見えて——。
「ん? なにがないのー?」
「おわっ!」
俺がボーッとしていたら、知らない間に目の前に海山が座っており、席に座ったままこっちを向いていた。
「もぉ諒太なんか疲れてない? 愛莉が癒してあげよっかー?」
「そっ、そんなことより! なんでナチュラルに話しかけて来てるんだよっ」
「だってもう愛莉たちが仲良いのバレちゃってるみたいだしー、いいかなって。変に隠してる方がおかしいと思うからさー」
やはり海山は……アホの子のようだ。
普通に話してたら尚のこと付き合ってると思われるだろうに。
「諒太諒太〜」
「な、なんだよ」
「文化祭の投票。何にするー?」
「文化祭の投票?」
知らない単語が出て来て、俺はつい聞き返してしまう。
「実行委員の優里亜が月曜日に何にするか決めるって言ってたじゃん」
そういえば金曜のHRでそんなこと言っていたな。
「喫茶店にするか演劇にするか、多数決取るんだよねー? 愛莉は喫茶店がいいなぁ」
「き、喫茶店……」
海山が……メイド服で……。
メイド服の胸元から垣間見える海山のデカパイを想像すると、海山にご奉仕されたすぎてついニヤけてしまう。
「もぉ、諒太? なんでニヤけてるの?」
「……デカパイ喫茶もありだな」
「は?」
海山が困惑したのと同時に、優里亜と黒木が一緒に教室へ入って来た。
すると海山はすぐ前を向き、二人と話し始める。
「優里亜と瑠衣ちゃん、おはよー」
「おはよう愛莉……ねぇ、なんか泉谷と話してなかった?」
「えっと、諒太には文化祭の投票で喫茶店に投票してってお願いしてただけだよー?」
「……まっ、そうだよね」
優里亜は俺の方を一瞥してから、俺の左隣にある自分の席に座る。
やっぱこの二人の前では優里亜は素っ気ないよなぁ……昨日は俺と楽しく映画デートしてたくせに。
俺が市之瀬の方を横目で見ていたら、黒木が俺の席の前で足を止めた。
「ふふっ、それで結局諒太くんは演劇と喫茶店のどっちに投票するの?」
「「りょっ、諒太くん!?」」
黒木の『諒太』呼びに海山と優里亜が同時に反応する。
同時に不敵な笑みを浮かべながら舌で唇を湿らせる黒木瑠衣。
く……黒木のやろっ! 面倒なことになるだろうがぁ!!
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