第19話 完璧主義とは一体
完璧超人の黒木瑠衣は完璧でありたいと願う【完璧主義者】だった。
しかしその完璧主義は、勉学や運動だけに留まらないらしい。
「中学の同級生で、わたしに告白して来なかったのは泉谷くんだけだったの」
(俺以外の同級生が、黒木のことを好きだった……だと?)
なぜ黒木がこんなことを言ったのか。
それは分からない。
でもまるで、俺だけが告白をしなかったせいで『完璧』ではなかったと言っているようだった。
そもそも黒木が言っていることは真実なのか?
中学時代の俺以外の男子が黒木に告白していたなんて、普通に考えられない。
何より現実的じゃない。
ただ——あの黒木瑠衣なら嘘ではない、と思えてしまうのが不思議だ。
完璧超人だからこそ、稀有な存在だからこそ、誰もが彼女にしたがる気持ちは分かってしまう。
「あー、もしかして疑ってる?」
「そ、そんなこと……」
「言っておくけど本当だよ? 中学時代の同級生男子はみんな、わたしに一度は告白してる。告白して来なかったのは泉谷くんだけだったんだから」
そう言うと黒木はあざとく口角を上げる。
この雨の日には似合わない太陽のように暖かい笑み。
どれだけ美少女だろうが、全て鵜呑みにしてはいけない。
「一つ聞くけど、他の女子と付き合っていた同級生たちはどうなんだよ?」
「それはわたしに振られたから他の女子を選んだってだけでしょ? ふふっ、みんな本当はシャトーブリアンを食べたかったのに、カルビやロースで我慢してしまう……恋って残酷だね」
(残酷なのはお前の表現だ……!!)
突っ込みたい気持ちをグッと抑える。
「でも——泉谷くんは違ったよね?」
「お、俺……?」
「あなたの場合は、そもそも肉にすら目を向けなかった。言うなれば草食動物……そういう所が他の
お、俺が草食……だと?
俺ほどの肉食(爆乳デカ腿好き)はいないと思うんだが……。
「ねっ、泉谷くんも本当はわたしのこと好きなんだよね? きっと恥ずかしくて告白できなかったとかだよね?」
「……わ、悪いが、俺にそんな気持ちは」
「本当は好きなんでしょ? ね?」
黒木は渾身のスマイルでグイグイ来る。
(こいつ……自分の完璧主義のために半ば強引に俺の気持ちを動かそうとしてやがる)
黒木の顔が死ぬほど美人で良いことは認めよう。さっきから自慢の黒髪からなんか良い匂いがしてドキドキが止まらないのも正直な感想だ。
(しかし……悪いが俺は、お前のことが好きではない)
なぜなら……黒木は確かに完璧だが、俺の性癖において致命的に足りないモノがあるからだ。
「ね、好きって言って?」
「だから俺は」
否定しようとしたら、黒木は急に俺の耳元へ自分の顔を近づけて来る。
「リピートアフターミー、僕は黒木さんのことしゅき〜、だいしゅき〜」
「催眠音声みたいに言うな! やめろ!」
「さ、催眠音声……?」
黒木が催眠カウントダウンASMRみたいに囁いて来たので、俺は咄嗟に離れようとしたのだが、傘から出たら雨に濡れることを察して戻る。
(待て……雨のせいで逃げ場が……ない)
「ふふっ、今さら気づいたの?」
「まさかお前」
「じゃあ今からちょっとしたゲームを始めまーす」
黒木は今日イチのニンマリ顔になりながら俺に向かって言い放つ。
「ルールは簡単。泉谷くんがここで『わたしのこと好き』って言ってくれるまで、わたしはこの場所から動きません。どうしても言いたくないなら、ずっとここで朝までコースでも大丈夫だよ?」
「ば、バカ言うなよ! お、俺は帰らせてもらうからな!」
「また雨が強くなって来た……こんなに強い雨の下に女の子を置いて行っちゃうなんて……泉谷くん、酷いよっ」
こ、この女……っ! そこまでして俺に告白させたいのかよっ……!
「言質を取ればこっちのもの……」
「な、なんだよ言質って」
「いいから。泉谷くんどうするの? わたしをこのまま校門の前に置いて行くのか、告白してスッキリしちゃうのか」
ど、どうするも何も……。
いくら黒木が才色兼備の超絶美少女だとしても、こんな言わされて告白するのは違う。
「もう揶揄うのはやめてくれ。俺はお前に好きだなんて絶対言わないし、お前だってそんな無理やり言わされた告白を聞いても嬉しくないだろ?」
苦し紛れに俺はど正論をぶつけた……のだが。
「……嬉しいって、言ったら?」
「は? そ、そんなわけっ!」
「本当だよ。だってわたし、あの日からずっと——」
その時——だった。
背後から黒木の肩に、水色のネイルをした綺麗な手が伸びて来る。
「ちょい。もしかしてあんた、瑠衣?」
振り向くと、そこにはスカートから垣間見えるムチッとした太ももがあった。
(この太ももは……市之瀬っ!)
今日の授業中はあえて見なかったものの、俺の目にその太ももは嫌というほど焼きついている。
「なんで瑠衣がそいつと帰ってんの? 瑠衣はあたしと帰る約束してる。ナンパなら別の奴でやれよ」
「い、市之瀬と帰る約束……?」
「愛莉が彼氏とデートとかで瑠衣の傘を借りてったから、瑠衣はあたしと一緒に帰る約束したんだ。あたしは文化祭委員の仕事があるから少し待ってろって言ったのに……なんで泉谷と」
おかしい。
黒木は昇降口を出る前に「海山から俺に傘を借りるように言われた」と言っていたはず。
「ちっ……じゃあな、オタク」
市之瀬はまた舌打ちをすると、俺の傘の中にいた黒木を自分の傘の中へと迎えて歩き出した。
黒木とのいざこざ中に置いて行かれた俺は、一人その場に立ち尽くしていた。
(な、なんだよ市之瀬のヤツ、自分もオタクのくせに……)
昨日と打って変わって冷たい市之瀬に違和感がありながらも、市之瀬に助けられたのは事実だ。
(市之瀬のおかげで黒木との勝負を有耶無耶にできたからな……感謝しよう)
そう思って俺も歩き出すと、ポケットの中にあるスマホがバイブした。
どうやらlime通知みたいだ。
『市之瀬:瑠衣の前だったから冷たく当たった。ごめん泉谷』
なるほど。だからやけに冷たい感じだったのか。
市之瀬はわざわざ謝罪limeして来たのだ。
(市之瀬も板挟みで色々と大変だな……)
そのままスマホを閉じようとすると、今度は『友達になっていないユーザーからlimeが届きました』という通知が入る。
「友達じゃない……っ?」
目に飛び込んで来たのは『黒木』というアカウントの名前。
まさか……。
『黒木:ふふっ、仲良くなれたから友達追加しちゃった♡ さっきのこと、みんなに秘密にしてね? もしバラしたら……どうなっちゃうか分からないよ♡』
『黒木:それと、泉谷くんのことはわたしが絶対に堕としてあげるから♡ 安心して待っててね?』
ホラー映画くらいホラーなlimeが2連続で送られて来る。
安心どころか恐怖しかない。
(どうして俺みたいな陰キャオタクが世代最強の美少女に狙われなきゃならないんだよ……!)
俺の平穏……間違いなくぶっ壊れる。
こうして俺は(不本意ながらも)クラスカーストトップの美少女グループ3人の秘密を握ってしまった。
席替えにより、近くに座っている彼女たちの誰も知らない秘密を……。
そして俺の高校生活は、さらにとんでもないことになっていく予感がしていた。
—— —— —— —— —— —— —— ——
次回から美少女たちとさらに深い関係に……?
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