5-3.中堅オークショニア
「なあ……ミナライくん、それから、ワカテくん」
「はい!」
「なんですか?」
チュウケンさんは、ガベルを自分の手のひらでトントンと軽く打ちつけながら、ミナライくんとワカテくんの顔を交互に見比べる。
ガベルの悲鳴は、サウンドブロックにしか聞こえない。
その悲鳴はあまりにも痛々しく、弱々しくなっていく。
(なんて、俺は無力な打撃板なんだ! 打撃板失格だ!)
苦しむ相棒のために、なにもできない自分に愕然とする。絶望に打ちひしがれ、ついにはサウンドブロックの目からも、大粒の涙がこぼれ落ちはじめた。
「頼む! 頼むから、いい加減、ガベルを開放してやってくれ!」
収納箱の中から涙ながらに訴える。
「きみたちは、このサウンドブロックとガベルを、ただの備品くらいにしか思っていないだろう?」
「コレは、ザルダーズの備品ですよ? 備品リストに記載されていますから、ザルダーズ所有の備品で間違いないです」
ワカテくんの返事に、チュウケンさんは目を閉じ、軽く肩をすくめてみせる。
「備品か……。備品なんだから、買い替えたらどうか、とか、替えのセットを用意しておかないのか……とかきみたちは思っているんだろうねぇ」
「はい。アクシデントに備えて、予備は必要だと思います。それがプロのあるべき姿だと思います」
(えええええっっ。そんなぁっ!)
ガベルの泣き声がいきなり大きくなる。
(お、俺たちをあっさりと捨てて、新しいセットを購入するだとぉっ! ふざけるな! ケツの青い若造が、なにを偉そうにほざいてやがる! 俺たちは、ベテランよりも長い間、ココのオークションを仕切ってきたんだ! 初代オーナーともつきあいがあるんだぞ! オーナーよりも長生きしてるんだ! ウスッペラなテメーにはない『重厚なレキシ』ってもんが、俺たちにはあるんだぜ! 俺たちが鳴らないとオークションは始まらないし、終了もしないんだぞ! わかってんのかっ!)
サウンドブロックが収納箱の中でガタガタと暴れる。
「ワカテくん、オークショニアがそのような考え……心構えではだめだよ」
「どういう意味でしょうか?」
ワカテくんが挑むような目でチュウケンさんへと向き直る。
枠にはまらず自由奔放なチュウケンさんと、真面目で理論派なワカテくんとの組み合わせは、相性が悪い。サイアクの組み合わせですねえ。……とベテランさんはミナライくんに話していた。
ワカテくんが一方的にチュウケンさんを警戒しているのだが、チュウケンさんは気にすることなく、ワカテくんの反発を軽く受け流しているので、トラブルに発展することもなければ、ふたりの仲が深まることもない。
ようするに、平行線だ。
ミナライくんは無言で、ふたりのやりとりを見守る。
「モノには魂が宿っているのだよ」
「タマシイ……ですか?」
このひとは、こんな真っ昼間からなにをいいだすんだ?――と、ワカテくんは心の中だけで続きのセリフを吐く。
そもそも、このチュウケンさんは、年上だというだけで偉そうな態度で自分に接してくるし、服装もだらしなく、ワカテくんは内心では苦々しく思っていた。
ベテランさんやミナライくんが感じている以上に、ワカテくんはチュウケンさんを嫌っていた。
高貴な人々を相手にするザルダーズは、色々な面で厳しい決まり事があった。
担当部門や役職に応じて、服装も細かに決められており、それにのっとった制服が支給されている。
衣装管理スタッフがおり、職員たちの体型をしっかりと採寸し、身体にフィットした制服を常に用意しているのだ。
――制服は寸分の狂いもなく身体にフィットしてこそ、その真価を発揮する。気持と身体を引き締める必要があることを、常に忘れるな。――
という、初代オーナーの方針だ。
だから、制服の改造や規定以外の着用方法も認められていない。
ボタンが外れた場合、同じ型の同じ大きさのボタンを付け直すように指導が入る。というか、衣装管理スタッフが、ボタンつけやほころびの補修も行ってくれる。
ボタンひとつでもそうなのだから、不摂生がたたって、急激な体型変化にみまわれたら一大事である。めちゃくちゃ怒られ、体型改善指導が入るのだ。
それがものすごく……鬱陶しいので、スタッフたちは必死に理想的な体型維持をつとめている。
例えトップのオーナーであっても、ナンバーツーのベテランさんであっても、衣装管理スタッフの厳しいチェックと指導からは逃れられない。
よって、オークショニアたちも自分の階級にあった制服を毎日きちんと着ている。
であるのに、チュウケンさんは今日のような外向きの営業がない日は、ネクタイを外し、ジャケットは未着用。シャツの第一、第二ボタンは外して、腕まくりまでしている。
風紀の乱れだ。
なのに、ベテランさんもオーナーも、衣装管理スタッフまでもが、チュウケンさんの服装について注意しない。
自分たちには、ネクタイが歪んでいるだの、ジャケットにシワがついているだのと煩いのに、だ!
「チュウケンさんは、モノには意思があるとおっしゃりたいのですか?」
「そうだよ。ワカテくん。わたしたちザルダーズのオークショニアは、『魂』が宿った大切な品を預かり、扱っている。ひとつ、ひとつの品を丁寧に、ひとつ、ひとつの品にある『魂』を見極める目を持たないことには、ザルダーズのオークショニアにはなれないよ」
「はあ?」
チュウケンさんの言葉に強く頷くミナライくんと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべるワカテくん。
この違いはとても大きなものだった。
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