5-2.見習いオークショニア
「チュウケンさん、どうでしょうか? ガベルは治せそうですか?」
まだ幼さの残るミナライくんが、身を乗り出して質問する。
とても心配そうな顔だ。
ミナライくんは、飛び級で学校を卒業したため、まだ未成年だ。
規定の制服のズボンも、未成年であることを示すハーフパンツ丈になっている。
若くて未熟なため、それだけ失敗も多い。
ザルダーズのタヌキやキツネやウワバミみたいな底の知れない大人たちにもみくちゃにされながらも、くじけずに毎日を送っている。
ミナライくんは出品物だけでなく、備品の取り扱いも丁寧だ。心をこめてガベルとサウンドブロックを取り扱っている。
だからこそ、今回のガベルが負ったダメージにもいち早く気づくことができたのだ。
「サウンドブロックは私でも修復できそうだけど、ガベルは無理だねぇ。ベテランさんも忙しいし。修復師に依頼かな」
チュウケンさんはそう答えながら、ガベルのゆるみかけた持ち手を動かす。
(いいいい、痛いっ! いやだ――! やめてぇぇぇぇっ! 裂ける! 抜ける! 抜けちゃうからあっっっ! ソレ以上は、お願いだからやめてぇぇぇっ!)
(が、ガベルぅ!)
ガベルがぽろぽろと大粒の涙をこぼす。
さらに、ぶんぶんと手首のスナップをきかせて激しく振り回されて、ガベルは目を回しながらも泣きまくる。
「振り上げると、頭の部分がガタガタ揺れるだろ? こうなると、とてもまずい状況だ。頭が外れるのも時間の問題だね。いきなり、スポっと抜けちゃうよ」
といったことを、実際に見せながらミナライくんに説明している。
ミナライくんがものすごく真剣に説明を聞くものだがら、チュウケンさんも饒舌になる。
ガベルの大きな悲鳴が事務室内に響き渡るが、それに反応するのはサウンドブロックのみ。
「また……修理ですか?」
ミナライくんの声が沈んだ。
チュウケンさんが無理だとしても、ザルダーズの修繕が得意なスタッフに、ガベルを修復してもらうことはできないのだろうか。
ザルダーズが懇意にしている修復師たちは、腕はよいのだが、色々と気難しいところがあって、やりとりに気苦労が絶えない。
ヘソを曲げられると、それこそ納期に間に合わなくなるので、ご機嫌取りが大変なのだ。
仕事のデキが悪ければ、別の修復師に頼めるが、仕上がりは完璧。ときには完璧以上のモノが戻ってくるので、オーナーも付き合いをやめようとはしない。
まあ、そのあたりの部分もコミコミでスケジュールを組み立てて、修復師と交渉していかないといけないのだが、ミナライくんには難易度の高い仕事だ。
マイスターはもちろんだが、徒弟までもが、ハーフパンツのミナライくんを小馬鹿にして、嫌がらせのような意地悪をしたり、嫌味を言ってくる。
先月は端が欠けたサウンドブロックを修理にだしたが、担当がミナライくんだったため、ギリギリまで時間がかかった。
ミナライくんが催促すると「出品物じゃないんだから!」と怒られるし、放置していたらベテランさんから「サウンドブロックの修復はまだ終わりませんか? ガベルくんが寂しがっていますよ」と注意されるし……とてもヤキモキした。
そのやりとりがまた、今月も繰り返されるのだと思うと、気弱なミナライくんの心は重くなる。
「すみません。わたしがガベルを落としたから……」
ワカテくんがふたりに謝罪する。
書類に数字を書き写しているようだが、作業の手は止まらず、動かしたままでの謝罪だ。こちらを見ようともしない。
謝ってはいるが、気持ちがこもっていない。
たかが木槌と打撃板にそこまでオロオロするのは滑稽だ、とでも言いたそうだ。
ミナライくんには、ワカテくんの謝罪は、表面上の薄っぺらい社交辞令に聞こえた。
ワカテくんのとってつけたような……とりあえず謝っておけばいいか、という態度に、ミナライくんは怒りを覚える。
でも、一番格下である自分には反論は許されず、ただ我慢することしかできない。
我慢も――感情のコントロールも――オークショニアになるための修行のひとつであるらしい。
が、サウンドブロックは違った。
(テメー! ワカテ! なに、シレっと開き直ってるんだ! ガベルが怪我したのは、美青年様の怒気にビビったテメーが、ガベルを床の上に落としたからだろうが! 反省しろっ! 反省! 土下座だ! 土下座! そんなんだから、テメーはいつまでたっても、中堅になれないんだよっ! 若手のまんまなんだよ!)
先月のオークションも、みんなからは酷い扱い方をされた。
だが、あれは……まあ、仕方がない部分もある。
あれだけ会場が荒れてしまえば、オークショニアも大変だっただろう。
しかし!
昨日のオークションはなんだったんだ!
しっかりとブリップ部分を握っていたら、ガベルは宙を舞って落下することもなかったのだ。
(あれは、あきらかに人為的災難だろ! 過失だ! 注意義務に違反する不注意だ! 数字じゃなくて、書くのは始末書だ!)
サウンドブロックはワカテくんを睨みつける。
声は聞こえないかもしれないが、怨念は送ることができる……かもしれない。
いや、絶対に送りつけてみせる!
ガベルのためなら、『なんだってやってやる気満々!』のサウンドブロックだ。ガベルがからめば、できないこともできてしまう……気がする。
それにだ!
泣き止まないガベルをなぐさめてやりたいのに、チュウケンさんはまだガベルを手に持っていじりたおしている。
早く、早く! 一刻も早く、痛がっているガベルを自分が待つ収納箱に戻して欲しい!
ガベルをその魔手から開放して欲しい!
ガベルの傷ついている心と身体を癒すのは自分しかいないんだ! とサウンドブロックは、届かない声で思いっきり叫んでいた。
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