3-4.賓客用玄関ホールの備品たち
正面入口と比べて、賓客用の入り口はこじんまりとしている。
高額商品が取引されるオークションハウスなので、それにふさわしい威厳と質実堅牢な外観を備えているが、賓客用の入り口は外から見た印象では「従業員用の通用口よりは少しだけ豪華かも?」という程度だった。
目立つことを嫌い、世間の目に隠れて行動したいと考える尊い身分の人々が、この入り口を使用する。
よって、外観は地味に、かつ目立たないように造られている。
だが、ひとたび中に入ると、その内装の豪華さに人々は目を奪われる。
(いらっしゃいませ――!)
(いらっしゃいませ――!)
玄関ホールに飾られている備品たちが、声をあげて歓迎する。
(まずい! オマエラ! そんな失礼な! 口を閉じろ!)
元帥閣下が慌てて注意するが、賓客の来訪に興奮しきている備品たちに声は届かない。
備品たちの声はさらに大きなものとなっていく。
(ご予約の二名様ご案内で――す!)
〔あああっ。なんてことだ……〕
元帥閣下は頭を抱える。
(二名様ご来店で――す!)
(いらっしゃいませ――!)
(いらっしゃいませ――!)
「まあっ! まあっ! まあっ!」
少女の可愛らしい口から小さな感嘆の声が漏れる。
(申し訳ございません。あいつらは悪気があって、あんな態度をとっているわけではありません。お許しくださいっ!)
(かまわんよ。まだ幼きモノたちの無邪気な戯れだ。イトコ殿も喜んでいるのだ。無粋な真似はするな。それよりも……今日もよろしく頼むぞ)
(はいっ! 喜んで――っ!)
元気を取り戻した元帥閣下に送り出され、若者と少女は、ほのかに薄暗い玄関ホールの中央へと進んでいく。
黄昏時を思わせるような暗めの照明は、賓客の姿を従業員の目からも隠すため。
広くはないが、決して狭いとは感じないホール内の各所には、見事な彫像や調度品が飾られている。
ホール内を見渡した少女は、ゆらゆらと幻想的な光を放っているランプに目を止めた。
〔ひいっ……〕
美しい蒼い瞳に見つめられ、アンティークランプ副将の鼓動が速くなる。
体内の魔力がものすごい勢いで駆け巡り、今にも爆発しそうだった。
〔な、なんて愛らしい御方!〕
熱い溜め息を吐きだしながら、副将は蒼い瞳の幼い少女を見上げる。
〔ステキ! ステキ! なんてステキな御方なの! ああ。今すぐ、私が抱きしめて、その尊い御身を護ってさしあげたいわっ!〕
少女は目をパチパチさせながら、じっとアンティークランプを見つめている。
〔ああっ。なんて罪な御方。そのような無垢な瞳で、私をじっと見つめないでください。だめです! 私にはドアノッカー元帥という、心に決めた御方がいるというのに……。ああっ! 女神様! そんな! そんなぁっ! いやあん!〕
若者が少女の側に近づき、美しい光に見とれている少女と、アンティークなランプを交互に見比べる。
〔い、いやああんんっ! 生『黄金に輝く美青年』様ってば、超カッコいいっ! ステキ! もうっ! なんて眩しい光なのおっ!〕
値踏みするような目で若者に見つめられ、副将の興奮がさらに強くなる。
ガクガクと震えが走り、展示用テーブルから転がり落ちそうになる。
〔だめですわ! そんな目でみないでください! 私はザルダーズのセキュリティを補完する重要な魔導具パーツなのです。残念ながら非売品ですわっ。貴方様のお望みを叶えることはできません!〕
よよと泣き崩れる副将。
少女の瞳に気遣うような色が浮かぶ。
若者がそっと身を寄せ、不安そうにする少女を励ますかのように、きゅっと少女の柔らかな手を握りしめた。
ふたりは見つめ合い、ほんのりと笑みを交わし合う。
〔まあっ! なんて! なんて! ステキなカップルなの! なんて、健気なナイトなのかしらっ! 最高にオイシイったらぁっ!〕
副将は頬を赤らめ、苦しそうに身悶える。
(ア……アンティークランプ副将! どうされましたかっ!)
様子がおかしい副将を心配して、賓客用玄関ホールシャンデリア少佐が念話を送る。が、反応はない。
いや、はあはあという……なんとも色っぽい喘ぎ声が返ってくるだけであった。
輝き方も乙女チックな、本来の色合いになっている。
〔なにが起こったんだ? さっきからアンティークランプ副将の様子が変だ。これは……ドアノッカー元帥に報告した方がいいのか?〕
見たこともない副将のトキメク乙女な姿に、少佐は困惑の表情を浮かべる。
こういう場合はどうしたらよいのか……マニュアルに掲載されていないので、判断に困る。
アンティークランプ副将は、曲線美を活かしたロマンチックなランプだ。
傘の部分には色ガラスが使われ、それがまた夢見るような色影を映しだしている。
〔副将が本来のお姿を取り戻されただけか。だけ……でいいんだよな?〕
見下ろすと、賓客はオークションスタッフと言葉を交わしている。
副将は静かだ。静かすぎるのが不気味でもあるが、重大なトラブルが発生しているわけではない。
なにやら『黄金に輝く美青年』様がオーナーの耳元で囁き、オーナーの顔色が蒼白になるが、副将の激変と比べれば、ニンゲンの顔色の変化など、取るに足らない些末なことだ。
少佐は気をとりなおし、己の任務を遂行するべく念話を開始する。
(こちら賓客用玄関ホールシャンデリア少佐より報告!)
(賓客用玄関ホールシャンデリア少佐、報告をどうぞ!)
(賓客は入場手続きをクリア)
(了解!)
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