2-3.ドアノッカー元帥
アンティークランプ副将の元には、施設内セキュリティ担当の照明器具たちが集まって言葉を交わし始める。規律正しく、とても眩しい集団だ。
(いや――。いつもにも増して賑やかだな――)
天誅使用許可がでたのが、よほど嬉しいのだろう。
部下たちの輝きがいつもと違う。
ドサクサに紛れて、いけ好かない参加者を懲らしめてやろうと企んでいるのがまるわかりだ。
いつもよりも五割増しのキラキラ顔。
すべての異なる世界とつながるこの不安定な場所で、異世界オークションを開催することができるのは、優秀な部下たちのバックアップがあってこそだ。
元帥閣下だけの力では、この摩訶不思議なオークションハウスの平和は守れない。
オークションスタッフ、その他の備品たちに出品物、オークション参加者たちの安全を守るのは、この部屋に集ったセキュリティ魔導具たちだ。
その防御網は完璧で、ひとつも欠けてはならない魔力に満ちた備品たち。
初代オーナーによって配備されたセキュリティ魔導具は何度か見直しをされ、メンバー補充もされたが、基本構造は創業時のまま引き継がれている。
いつの頃か……おそらく、三代目のオーナーが就任した時期だろう。
セキュリティの要であるドアノッカー――なぜかみなからは元帥と呼ばれるようになってしまったセキュリティ魔導具――は、丑三つ時と云われる時間帯に人型をとれるようになっていた。
多数ある備品の中で、最初に明確な意思を持ち、ニンゲンの行いを理解できるようになったのも、元帥閣下だった。
賓客用のドアについている獅子の形の叩き金――ドアノッカー――は、もともと高度な魔法設定がされ、膨大な魔力が使用されて産み出された魔導具だ。
そのような強力な魔導具が、すべての異なる世界とつながる不安定な場所で、様々な世界の不思議な美術品、骨董品と触れ合っていれば、意思を持って人の姿に変化できるようになっても不思議なことではない。
ここではたまに不思議な事件が起こるのだ。
そして、ドアノッカーと連動しているセキュリティ魔導具たちも、彼の影響をモロに受け、ぽつぽつと人型化をはじめたのである。
今では末端の間接照明やフラットライトといった一等兵や二等兵までもが、人の形をとるようになっていた。
「元帥閣下! 元帥閣下!」
無反応な元帥閣下に、搬入口の警備担当ゴーレム(兄)中将が声をかける。
搬入口に飾られている二体の石像のうちの一体だ。
「おお。すまない。ウッカリぼ――っとしてしまったよ」
「元帥閣下はいつもぼ――っとしていますからねえ。平常通りでしょう。ぼ――っとしていないときは非常時でしょうからね」
ゴーレム(兄)中将は遠慮のない率直な発言が多いのが特徴だ。
「我々はいつも通りでよろしいのですか?」
「うん。いつも通りでいいんじゃない?」
元帥閣下はのんびりとした声で、ゴーレム(兄)中将の質問に応える。
異世界の品を取り扱っているザルダーズのオークションハウスには、よっつの出入り口がある。
スタッフたちが使用する『従業員専用出入り口』。
オークションの品を搬入搬出するための『搬入口』。
オークション参加者が利用する『正面玄関』。
お忍びでオークションに参加したい貴人が、特別料金を支払って利用する賓客用の『特別玄関』。
ドアノッカー元帥は『特別玄関』に設置されている獅子の形の叩き金であり、そこからオークションハウス全体のセキュリティを管理していた。
『搬入口』ではゴーレム――入り口に飾られている石像――の兄妹。
『正面玄関』ではガーゴイル――庇に設置された怪物型の雨樋――の兄弟。
『従業員専用出入り口』ではシーサー――獣の陶器――の兄弟。
元帥閣下を含む七体が施設外のセキュリティを担当していた。
大所帯の施設内セキュリティとはなにもかもが違っている。
「では、いつも通り、護符の威力に二百パーセント依存して、招待状を持たない者は問答無用で侵入を許さない他力本願作戦でいこう。じゃ、解散! おつかれさん」
それだけを言い残すと、元帥閣下はミーティングルームからひっそりと退出する。
副将に見つかって、色々と仕事の話をされるのを嫌っての『こっそり退出』だ。
なので、施設外のセキュリティたちは特別なリアクションはせずに、ドアノッカー元帥の退出を無言で見送った。
席を立って敬礼でもしようものなら、後で元帥閣下にめちゃくちゃ怒られるのだ。
施設内セキュリティ班や副将は知らないことだが、元帥閣下を怒らせるととても怖い。
なにしろ、鉄壁のハウスの要となる魔導具だ。
自分たちとはデキも違えば、初代オーナーの込めた想いも全く違う。
やる気のない獅子の形の叩き金は、やる気のないままでいてもらうのがいちばんいい。
元帥閣下が無事にミーティングルームから脱出できたのを確認すると、施設外セキュリティ班は、安心したかのように胸を撫で下ろした。
入室するのは一番最後、退出するときは真っ先に……という姿勢を徹底して貫くのが元帥閣下だ。
常に落ち着いていて、どんなことにも動じない元帥閣下なのだが、今日のオークションでは、彼も大いに慌てふためくこととなったのである。
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