2-4.ガーゴイル(兄)大佐
(あ――っ。ガーゴイル(兄)大佐、ガーゴイル(兄)大佐。起きてる?)
(こちらガーゴイル(兄)大佐。もちろん起きていますよ、元帥閣下)
獅子の形の叩き金は、正面玄関の魔導具雨樋に念話を送った。
日が沈み、夜空にぽつぽつと星が輝きはじめた時刻。
丑三つ時のミーティングが終了してから約十五時間が過ぎていた。
オークションハウスの正面玄関が開かれてからほぼ一時間が経過していた。
タイムスケジュールどおりなら、あと三十分ほどで異世界オークションが始まる。
前回はオークションが荒れてしまい、タイムスケジュールが混乱した。
だらだらとテンポの悪い入札が続き、終了するまでに異様な時間がかかった。そのため、ニンゲンのオークションスタッフたちが片付けを終えて帰宅できたのは、日付が変わった頃だった。
そのようなことがあったので、本日はなにごともなく、スムーズにプログラムが進行してほしい……と元帥閣下は切実に願っていた。無駄な騒ぎは遠慮したい。
回を重ねるごとに色々な事件が起きているのは……気のせいだろう。気にしすぎだ、と元帥閣下は自分自身に言い聞かせる。
(ガーゴイル(兄)大佐、オークション参加者の様子はどうだい?)
(元帥閣下、開場前にできていた長蛇の行列はなくなりました。正面入口に参加者の姿は見当たりませんね。静かです。というか、もう定員に達したと思われるので、これ以上の入場者はいないと思われます)
(今回も満員御礼か――)
(そのようです。正面入口シャンデリア少佐のカウントと照らし合わせましたが、間違いありません。ちなみに、若い男性の出席が異様に多かったですねぇ)
(女神ちゃま効果すごいなぁ……)
元帥閣下は溜め息をつく。
(正面入口シャンデリア少佐の情報によりますと、ホール内での会話において、もっとも話題に登ったのが第一位『黄金に輝く麗しの女神』様関連、第二位が『黄金に輝く美青年』様関連だそうです)
(え? 正面入口シャンデリア少佐って、そんなことまでカウントしているの?)
思わず「ヒマなんだねぇ――」と呟いてしまい、大佐が苦笑を浮かべる気配が伝わってきた。
(ちなみに第三位は?)
(ございません)
(へ?)
(『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様関連のみだそうです)
(そんなことありえるの? ホラ、服装を褒め合ったり、今日の出品物について話したりとか? 旅行自慢とか? 投資の話とか?)
(すべて、最終的には『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様関連の話題に推移するとのことです)
(……すごいねぇ)
投資の話からどうやったら女神ちゃまの話題になるのか……全く想像できない。
ニンゲンの思考回路は複雑すぎる。魔導回路よりも複雑で解析不能だ。
それにしても、『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様の注目度もすごいが、正面入口シャンデリア少佐の分析力にも脱帽する。
(で、その話題の主である女神ちゃまは、来場されたのかな?)
(いえ、まだ確認されておりません)
(じゃあ、美青年様の方は?)
(そちらもまだです)
(今回は欠席かな――? 今回も欠席して欲しいな――。女神ちゃまも急用ができて、欠席してくれないかな――)
と口にだして呟いてみるが、すぐさま、そんなことはないだろう、と元帥閣下は自分の呟きを即座に否定する。
(女神ちゃまの姿を確認でき次第、全館に厳戒アラートを発令してくれるかな?)
(イエッサー!)
(元帥閣下!)
(なんだね?)
(『黄金に輝く美青年』様の来場を確認できた場合は、いかがいたしましょうか?)
(う――ん。そうだね、緊急アラートでいいや)
(イエッサー!)
大佐との念話を終了させると、元帥閣下はたてがみをポリポリと掻く。
先程からどうも身体がむず痒い。
身体がむず痒いときは、決まって悪いことが起こる。
面倒ごとはいやだなぁ……と思いながら、元帥閣下はオークション参加者たちの心を鷲掴みにした『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様について考える。
ニンゲンだけでなく、ザルダーズの備品の中にも『黄金に輝く麗しの女神』様や『黄金に輝く美青年』様のファンになったモノがいると報告があった。
直接ふたりを見たわけではないドアノッカー元帥は、部下たちの報告でしかふたりのことを把握していない。
ふたりが参加した過去二回のオークション内容も、現場をリアルタイムでウオッチングしていたわけではない。これも報告で把握しているだけだ。
浮足立っているオークション参加者たち、興奮している部下たち、はしゃいでいる備品たちの気配から、あのふたりが只者ではないことは承知している。
だが、ザルダーズのオークションハウスを長きに渡って守護してきた元帥閣下にしてみれば、過去の要人と同じ扱い。女神ちゃまフィーバーは、あくまでも対岸の火事、他人事であった。
部下たちが密かにファンクラブを結成したり、備品たちのはしゃぎぶりは、長き歳月の中において、ほっこりするとても微笑ましい一コマである。
なので、女神ちゃまに対して全く興味がないといえば嘘になるが、元帥閣下にとっては、最優先で警護しなければならない……『少しばかり面倒くさい要人』と認識しているだけだった。
暇なのがなによりも幸福と考えるドアノッカー元帥にしてみれば、トラブルの発生源となるような御方とはできるだけ関わりたくないと思っている。
だが、丑三つ時ミーティングでも発言したとおり、おふたりがオークションの招待状を持っているのであれば、追い返すことはできない。
でないと、招待状のアイデンティティにかかわってくる。
招待状を持つニンゲンに門を開き、等しく会場に招き入れるのが、元帥閣下の役目である。
『黄金に輝く麗しの女神』様は、前々回のオークションでは用途不明の古代遺品『ストーンブック』という本の石彫を10000万Gというトンデモナイ金額で落札した。
そして、前回のオークションでは同シリーズとして出品された、ただの箱の石彫である用途不明の古代遺品『ストーンボックス』を、50000万Gという意味不明な高額で落札した。
ニンゲンにとってはただの石の本と箱だ。
仮に石化を解けたとしても、それだけの価値がある本と箱ではない。
女神様はオークションの醍醐味ともいえる、少しずつ値段をあげて競り合うということはしなかった。
二位と圧倒的な金額の差を提示して参加者を黙らせ、本の石彫と箱の石彫をあっと言う間に落札するという……実にオトコマエな入札スタイルだった。
出品する側にしてみればウハウハなのだが、あまり褒められた落札方法ではない。
明確化されているわけではないが、急に入札価格を跳ね上げるのは、マナー違反ともとられる行為だ。
用途不明の石の塊に10000万Gと50000万Gを支払った。
普通なら嘲笑の対象になりそうなのに、本の石彫と箱の石彫を落札された女神様の行動は、人々から畏敬の念をもって受け入れられた。
そして、意外だったことに、数多のオークション常連たちを圧倒させた女神様は、まだ年若い女性だという。
しかも、ただの若い女性ではなく、楚々とした見目麗しいたおやかな女性だったものだから、さらに人々の関心を奪ってしまったようだ。
人々はまだ若い女神様の登場に浮かれ騒いでいる。
オークションハウスが少しばかり騒がしい。
(女神ちゃま効果すごいなぁ……)
ドアノッカー元帥は、長い息を吐きだすと、ゆっくりと目を閉じた。
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