1-4.幼馴染み

 大事な親友の下僕……いや、弟子とやらをこの目でちゃんとチェックしておかないといけない。


 もし、よからぬことを企むようなヤツであるのなら、背後から手を回して、その下僕、いや、弟子をここから追い出してやろう、とザルダーズは考える。


 今のザルダーズであれば、命じればそれを実行してくれる優秀な部下がたくさんいる。

 彼らに命令すれば、すみやかに、一切の証拠を残さず実行してくれるだろう。


 そして、邪悪な弟子を追放した後は、自分が選んだ完璧な使用人を、弟子入り希望者としてここに住み込ませる……と考えたところでザルダーズは我に返る。


 どうして、今までこんな簡単なことに気づかなかったのか、とザルダーズは内心で悔しがった。


 弟子入り希望と身分を偽らせて、ラディアが知らない優秀で忠誠心の厚い使用人、いや、執事をここに派遣させればよかったのだ!

 なぜ、それに思い至らなかったのか。己のうかつさをザルダーズは呪う。


 若き実業家らしくない、痛恨のミスだった。


「ねえ、ザルダーズ……今、なんかすごく悪いことを考えていなかった?」

「いや。全然。悪いことなんか、これっぽっちも考えてないぞ」


 美味でもなく、不味くもないヤギ茶をザルダーズは根性だけで喉に流し込む。

 悪いことなど考えていない。よいことならたくさん考えていた。というより、ザルダーズは親友のためになること、よいことだけしか常に考えていない。


「そうかな? ザルダーズの今の顔は、悪いことを企んでいる顔だったよ」

「…………」


 流石は幼馴染みである。

 そういうところは鋭い。


 ザルダーズとラディアは幼馴染みだった。

 屋敷も近く、父親同士が友人関係ということもあり、家族ぐるみでのつきあいがあった。


 お互い貴族の家の四男と五男。

 どちらの両親も先進的な考えの持ち主で、家庭はとても穏やか。夫婦仲もよろしく、兄弟仲も悪くはなかった。


 四男と五男だったこともあり、家を継ぐとか、親から一方的に将来の進路を決められるということもなかった。

 かといって無視されたり、邪魔物扱いされることもなく、両親や兄たちからはたっぷりの愛情を注がれて育った。


 ふたりしてのんびり学園に通い、興味があることを自由気ままにやっていた。

 ある意味、家督を相続しなければならない長男や、そのスペアとしての次兄の方が大変だっただろう。


 同じような境遇だったからか、話も合い、学園生活でもふたりは一緒に行動することが多かった。

 貴族の息子であっても、四男や五男となると受け継ぐ財産はそれほどない。

 独立するときに家具付きの屋敷を用意してもらえたら、恵まれている部類にはいるくらいだ。

 なので、ふたりは学園の令嬢たちからは全く相手にされなかった。


 クラスの男子たちは令嬢相手に積極的にアプローチをしていたようだが、異性の交流に無関心のまま、ふたりは学生生活を送った。


 このまま自由気ままに穏やかに人生を歩んでいくと思っていたのだが、十数年ほど前に猛威をふるった流行り病が、ふたりの運命を大きく狂わせた。

 流行り病で両親、兄たちが一度にこの世を去ってしまったのである。


 バイオリニストになりたいと思っていたザルダーズは、家督を継ぐために夢をすっぱりあきらめた。


 その一方で、ラディアは父方の叔父一家に騙され、全財産を奪われてしまった。家ごと乗っ取られてしまったのだ。

 叔父一家はラディアの生命以外の全てを奪いつくすと、最後にはラディアを家から追い出したのである。


 いや、正しくは、叔父一家の虐待から逃れるような形で、ラディア自らが屋敷をでたのだ。

 あのまま屋敷にいつづけたら、下働き以下の扱いを受け、過労死か、病死か、衰弱死……といった末路が待ち受けていただろう。


 そこからふたりの道は、分かれてしまった。


 その頃のザルダーズといえば、父が残した会社は経営難で倒産寸前。その立て直しに必死な時期だった。

 会社に何日も泊まり込み、自らあちこちの異なる世界を忙しく飛び回った。

 屋敷に戻る暇は全くなかった。

 ようやくなんとか会社が持ち直しはじめたと実感できたのは、ラディアが叔父一家から屋敷を追い出され、ヴァイオリン工房に弟子入りしてから一年後のときだった。


 会社を立て直していた間、ラディアが家を追い出されたとは知らなかったし、追い出されたラディアが、ヴァイオリン職人に弟子入りしたことも、ザルダーズは全く知らなかった。


 なぜ、自分に相談してくれなかったんだ、とザルダーズはラディアを責めたが、当時のザルダーズにラディアを助ける力はなかっただろう。


 いまでこそ成功者として多くの財を所有しているが、ザルダーズが遺産相続した直後は、ヴァイオリンのことしか知らない世間知らずの若造だった。

 父から負の遺産を相続したとザルダーズが気づいたときは、全ての手続きを行った後だったのだ。


 財産の立て直しに東奔西走するザルダーズに遠慮して、ラディアはひとりで耐えたのだろう。

 ザルダーズに相談したところで、あらがえられないとでも思ったのか。

 そもそもふたりには、互いの近況を報告し合う余裕すらなかった。

 それでも、ザルダーズはラディアを助けたかった。相談して欲しかったのだ。


 ザルダーズは急いでヴァイオリン職人の工房を訪問し、そこで修行するラディアとの面談を希望した。


 その日にラディアと交わした会話は、十数年の歳月がたった今でも、昨日のことのように思い出される――。

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