第10話 緊急着陸
ブタリア王国へ向かうフライト時間も、いよいよあと僅かとなっていた。
「あ~長かったなぁ~。でもこれで、何とか無事にブタリアに着きそうだ」
両手をまっすぐ挙げて伸びをしながら、ひと安心のシチロー。他の乗客達も一時の緊張状態からは少し肩の力も抜け、安堵の表情がもれ始める。その乗客に向けて、CAの朝霧より着陸に向けての注意事項が笑顔で説明された。
「ご搭乗の皆様、大変長らくお待たせ致しました。当飛行機は、これよりブタリア空港へと着陸を開始致します。
………………………………………………………………が……ここで、皆様に非常に残念なお知らせがございます……………」
不意に発せられた朝霧のそのひとことに、皆の動きがピタリと止まった。
「ん?……残念なお知らせって……?」
「実は、先程この飛行機の油圧系統に不具合が発生し、着陸の際に使用する“車輪”が格納したまま動かなくなってしまった事が発覚致しました」
「なんですとおおおぉぉ~~~っ!!」
朝霧からの着陸用車輪トラブルの発表に、乗客達は青ざめ騒ぎ立てる。
「それじゃ、着陸出来ないじゃないか!」
「てか、アンタそんな事ニッコリ笑いながら言う事かっ!」
「一体どうするつもりだっ!」
この緊迫した状況にも関わらず接客スマイルの朝霧は、乗客達の怒りにも全く臆する事なく、更に説明を続ける。
「え~~、皆様の選択肢は二つ御座います。まず一つ、【このまま高度を下げある高度になった時、機内に装備してあるパラシュートを装着して脱出する。】
もう一つは、【このまま機内に残り“胴体着陸”する。】さあ皆さん、お好きな方をお選び下さい。パラシュートor胴体着陸?」
「ビーフorチキンみたいに言ってんじゃね~よっ!」
「パラシュートか胴体着陸だって!シチロー、どっちにする?」
まさに“究極の選択”である。……どっちにするか?と訊かれても返答に困る。
「どっちって…どっちも嫌だけどな……どっちが安全なのかCAさんに訊いてみようか……」
と、朝霧の方へと目を移してみると、朝霧は乗客そっちのけで自分用のパラシュートを早くも身に付けている。
「えっ?CAさんはこの機に残るんじゃないの?」
「まさか~冗談じゃ無いわよ!あの機長、車輪が出たってちゃんと着陸出来るか怪しいってのに!」
おい………
「パラシュートだっ!」
「あたしもパラシュート!」
「アタシもパラシュートにするわ!」
「私もパラシュートにします!」
『機長の落田です!私もパラシュートで!』
「お前は飛行機を操縦しろよっ!」
どさくさに紛れて提案してみた落田機長のパラシュート希望だったが、全員のツッコミで即座に却下された。
結局、乗客のうち強度の高所恐怖症の数人を除いて殆どの者がパラシュートによる自力脱出を選択した。
「さあ、パラシュートをお選び下さった皆様。私の指示に従ってこちらにお並び下さい」
「あの笑顔、なんとかならないのか……遊園地のアトラクションじゃ無いんだから……」
飛行機がある高さまで高度を下げた時、一人ずつ順番に間隔を空けて飛行機から飛び降りる。外と機内の気圧変動で飛行機が大きく揺れる為、ドアは一人飛び降りる度に開け閉めを行うので、躊躇っていつまでもドアの前に立っている暇は無い。
そんな事をしようものなら、たちまち朝霧に後ろから蹴り飛ばされるのだ。
「はい、次はそこのメガネの男性の方」
「いや…飛びますよ?飛びますけど、自分のタイミングで……」
「はよ行けっ!」
ドスッ!!
「ひ
え
ぇ
ぇ
ぇ
ぇ
|
|
|
っ
!」
その姿と共に、みるみるうちに遠ざかるシチローの叫び声。
「はい、次の方ドーゾ」
「……………………」
朝霧が笑顔だったのは、これが楽しみだったからなのだろうか……
♢♢♢
「マジ死ぬかと思った!!」
シチローに続いてパラシュートでブタリアの地に降り立ったてぃーだ、ひろき、そしてイベリコは、何はともあれ無事に地面に漂着出来た事にホッと胸を撫でおろしていた。
「でも、アレよりはマシかもしれないわね……」
てぃーだの指差す先には、まるで巨大オブジェのように機体の三分の一が砂丘に突き刺さったラッカーエアラインの飛行機が見える。
「あの機長生きてるのかな?」
「コメディじゃなければ死んでるところだね……」
パラシュートを選んでおいて本当に良かったと、心底感じたシチロー達であった。
そして、そんなシチロー達に向かって遠くから満面の笑顔で手を振っている朝霧の姿が見えた。
「皆様~またのご利用お待ちしております」
「二度と乗るかっ!!」
いくらケチなシチローと言えども、次のフライトにラッカーエアラインを使う事は絶対に無いであろう。
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