第9話 ラッカー・エアライン②

途中で途切れた機長のアナウンスに、乗っていた全ての乗客がざわめき立った。


「ちょっと、CAさん!今のなんだよっ!」


考えてみれば、機長の名前が『落田』というのも十分ツッコミ甲斐はあるのだが……今はそれどころではない。乗客の関心は機長が最後に発した『あっ!!』に集中した。


「スゲ~気になるっ!」

いったい何があったんだ!」


騒然となる乗客達を宥めようと、CAの朝霧がマイクを取り冷静に話し掛ける。


「はい皆さん、落ち着いて!今、私がコックピットへ行って確認して来ますから、どうか騒がずにそのままお待ち下さい!」


そう言い残すと、朝霧はクルリときびすを返してコックピットのある飛行機前方へ向かって足早に消えて行った。緊迫した表情で、しばし静まり返る乗客達。なんとも居心地の悪い重苦しい空気が漂う中、やがてコックピットの確認に向かっていた朝霧が戻って来た。


「どうだったんだ、CAさん!」

「皆さん、実はさっき、飛行機の油圧系統に不具合が発生し、異常を報せる警告灯が点灯しました!」

「ええぇぇ~~っ!それじゃ、この飛行機堕ちるのか!」

「いえ、ご安心下さい!機長がそうです。大丈夫、ウチの実家のテレビもそうすると直りますから!」

「そんなので安心できるかああぁぁ~~っ!」


ラッカーエアライン……どうやら、オンボロなのは飛行機の内装だけではないようである……


「コブちゃんさん、大丈夫でしょうか……私、とっても心配です……」


飛行機が堕ちるかどうかという事よりも、イベリコには自分の身代わりとなってブタフィ親衛隊に連れ去られた子豚の安否の方が気にかかっていた。


「大丈夫だよ、イベリコ。少なくとも正体がバレなければ、彼女はブタリアの次期王女として丁重なもてなしを受けているはずさ」


浮かない表情のイベリコを元気付けようとシチローがニッコリと笑うと、てぃーだもイベリコの肩に手を添えて優しく微笑む。


「ブタリアへ着くまであと五時間程あるわ。コブちゃんの事は着いてから考える事にしましょう」


シチローとてぃーだの心遣いが通じたのだろう。イベリコは小さく頷き、スキヤキパーティで見せたような笑顔を二人に送った。


「ありがとうございます」


イベリコと笑顔を交わしたてぃーだは、その顔を窓の外へ向けると少しだけ顔を引き締め、ぼそりと呟く。


「むしろ心配なのはコブちゃんよりも、今この飛行機に乗っているアタシ達なのよね……」



♢♢♢



「こうしていても、余計な事ばかり考えてしまうわ……映画でも観て気分を紛らわせようかしら」


気分転換に、飛行機備え付けのモニターで映画鑑賞をする事にしたてぃーだだったが。


「え~と、どんな映画があるのかしら?こういう気分の時には、ハッピーなストーリーの作品が良いわね」


【本日の映画リスト】

『ダイハード2』

『エア フォース』

『ワールド トレード センター』


「・・・・・・・・」


すぐに無言でモニターのスイッチを切ってしまったてぃーだ。

リストに挙げられている映画が全て“飛行機テロ”物では、観る気が失せてしまうのも無理のない事であろう……


飛行機内での退屈な時間。


というか、重苦しい雰囲気。


離陸直後からの不安感からか、乗客は皆暗い表情で一言も喋らず、疲れたように座席にもたれかかっていた。その沈黙を破るように、ひろきがシチロー達に話し掛ける。


「ねぇ~せっかくの旅行なんだから、もっと楽しくやろうよ」

「だから、旅行じゃ無いっつ~の!コレじゃ、そんな気分になれないな……腹も減ったし……」

「そういえばこの飛行機、食事とか出ないの?」


そんな話をしていると、奥からワゴンを押しながらCAの朝霧が笑顔を振りまきながら現れた。


「はい皆様、お楽しみの機内食で御座います。ビーフorチキン?お好きな方をお選び下さい」


朝霧は、乗客ひとりひとりにビーフかチキンを選ばせて機内食を配って回った。


「ビーフorチキン?」

「イベリコ、ビーフかチキンだって。どっちがいいかな~」


ひろきが嬉しそうに隣のイベリコに話し掛けると、イベリコも笑顔で答える。


「私はビーフにします」

「じゃあ~あたしもビーフにしよっと」


各航空会社の機内サービスの評判は、この機内食で決まると言っても過言では無い。

その為、各航空会社では、優秀なシェフと極上の食材を投与し、競って舌を唸らせるような料理を用意するものである。


「ビーフorチキン?」


端の方の席から順番に、次第と近づいて来る朝霧の姿を見つめ、胸を踊らせるひろきとイベリコ。


「早くこないかな~あたし、ヨダレが出てきちゃうよ」

「楽しみですね~ひろきさん。すごくいい匂いがします」


「ビーフorチキン?」


「あと五列だよイベリコ」

「はい、ひろきさん」


「ビーフorチキン?」


「あと二列」


「ビーフorチキン?」


「キャ~~ッ、次だよ~~~」


そして、興奮のあまり互いに抱き合うひろきとイベリコの前にたどり着いた朝霧が、満面の笑みで問いかける。


or?」

「え・・・・・・・」

「すみません、今のお客様でビーフとチキンの在庫が切れました!」

「そんなああああ~~~~~~~っ!」


絶叫するひろきとイベリコ。


確かにマックはビーフ、ケンタッキーもチキンには変わりないのだが……


「よろしかったら、サービスでポテトもご一緒にいかがですか」

「あんまり嬉しくないんですけど……」


「機内食マックとかありえないし!これも全部、シチローが飛行機代ケチるからだよっ!」


怒りの矛先をシチローに向けるひろきに対し、シチローはケンタッキーにかじりつきながら応戦する。


「文句言わない!安ければい~の!飛行機なんて所詮交通手段なんだから、目的地まで安全に着けばいいんだ!」

「だってマックだよ?」

「マック上等!ブタリアまで行ければい~の!」

「安全に着けば良いんだけどね……」


シチローとひろきの論争に、ポテトを頬張ったてぃーだがぽつりと割り込む。


「着くさ!……そもそも統計的に見ても、飛行機というのは車より遥かに安全な乗り物でだね、事故に遭う事なんてそう滅多に無いのだよ!」


ラッカーエアラインの社長が聞いたら泣いて喜ぶようなシチローの演説を聞き流すようにしながら、てぃーだがちらりと時計を横目に呟いた。


「ブタリア到着まで、あと一時間弱。アタシも、是非そう願いたいわ……」


チャリパイとイベリコを乗せた飛行機は、着々と子豚の捕らえられているブタリア王国へと近づきつつあった。


















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