第2話「完敗」

「『連なる嵐』」

 初撃とは異なり、シュカは連撃を放つことにした。

 もしかしたら、テムの余裕を崩すことができるかもしれないと信じて。


 そして、この連撃は今のシュカが放つことのできる最大出力の技でもあった。

 なんとかテムに届いてくれと願いながら、シュカは行く末を見守る。


 シュカの技がテムに迫った瞬間、テムの顔が見えた。


 連撃が迫っているテムの表情には、相変わらずの余裕と若干の失望が浮かんでいる。

 彼は全く動じず、攻撃を防ぐ素振りも見せない。


「『荒れし、狂いし、天嶺颪あまねおろし』」

 その言葉が聞こえた途端、二人の目の前に突如として暴風が発生した。


「うぅぅぅ……!」

 その暴風は必死になってその場に留まろうとしなければ、簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどすべてを寄せつけようとしなかった。

 まるで災厄をもたらす嵐が目と鼻の先にあるかのようだ。


 テムを守る暴風の壁は、赤子の手を捻るようにシュカの技を消し去っただけでなく、そのままシュカにも襲いかかってきた。


 吹き付けてくる暴風を受けたシュカは、全力で自身の周りに風を発生させて、その場にしがみつくだけで精一杯だった。


 突如テムとの間にできたぶ厚い風の防壁。

 それは本当に一瞬の出来事だったために、シュカにはもう何もすることができなかった。


(早く態勢を立て直さないと……!)

 もちろん、テムがこの隙を見逃すはずがない。

 風が弱まってようやく動けるようになった時、目の前には誰もいなかった。


「今日も、俺の勝ちだな」

 テムの声が聞こえてきたのはシュカの背後だった。

 振り返るよりも早く、首元に剣が突きつけられているのが感じ取れた。


 シュカはそれ以上動くことができずにいた。

 今できることは持っていた剣を手放して、降参の意志を示すことだけだ。

「完敗、だよ……」


 どうやってもテムには勝つことができないのだろうか。

 シュカは項垂うなだれる。

 それはいつものことで、当然のことではあるのだが、どれだけ特訓しても、どれだけ努力しても、全くテムに勝てる気がしない。


 正直に言えば、テムに勝てないのは同年代の誰もが思っていることであり、それ自体は悔しいわけではない。


 シュカが悔しいと思っているのは、テムにこれだけ特訓に付き合わせておいて、未だに自分の力に自信を持てるようになっていないことだった。


 いざ戦いになると、思うように身体が動かず、実力が発揮できなくなる。

 それは、ほんの少しいつもと感覚が違うだけで、自身は本気を出しているつもりだからこそ、なおのこと厄介だった。


 シュカが自信を持てるようになるすべを探し続けるテムとの特訓の日々。

 それは五年もの歳月続くことになった。


 しかし、結局は今日もこんな有様だ。

 剣を突きつけているテムの鋭い眼光がシュカを捉えているが、シュカは見つめ返すことができない。


「やっぱり今日もダメ、みたい……」

 悔しさでいたたまれなくなっているシュカを見つめていたテムがようやく剣を下ろした。

 その雰囲気だけで怒りと不満の感情が伝わってくるのだが、それでもテムは今日も怒らないだろう。


「……じゃあ、今日は終わりにするか」

「そうだね」

 二人は物心がついた頃から一緒にいる友達だ。

 今まで十年近くの間、楽しいことも辛いことも分かち合ってきた。


 だからこそ、テムが実は内心で怒っているのは、シュカにもわかってしまう。

 テムは何かを我慢する時、拳を強く握るクセがあるのだ。


「五年も特訓に付き合ってもらってるのに、ごめん」

「謝るのはやめてくれよ。俺がやらせてるみたいだろ。……俺はむしろ、シュカが強くなった時に『ありがとう』って言われたいんだ」


 ようやくテムの拳に込められていた力が弱まった。

 テムの顔には複雑な感情が入り混じっているように見える。

 親友は今もずっと期待してくれているのだ。


「急に強くなるなんて、そんな奇跡は信じるなよ。こういうのは地道にだからな。ほんじゃあ、また明日なー」

 テムはそう言って、その場を去って行くのだった。


「うん……。明日も、よろしく」

 シュカは背中を向けた親友に対して、すぐに返事をすることができなかった。

 テムもいつまで特訓に付き合ってくれるかわからない。

 明日にでも最後だと言われる可能性だってある。


 そのためには自分の力に自信を持てない原因を突き止めなければいけない。

 その原因さえわかれば、悩みのことごとくを解決できるかもしれないのに。


 自身が戦うことを諦めたくはない。

 戦うことができなければ、もしもの時に自分は大切な人を守ることができなくなってしまうし、それだけは絶対に嫌だった。

 

 しかし、シュカの頭の中は悔しいという想いがすべてを支配し、それ以外は何も考えられなかった。

 今できることは、その場で呆然ぼうぜんと立ち尽くすことだけだ。


「僕は、これからもずっと弱いまま、なんだろうか……」


 弱いままではいたくない。

 その気持ちだけで強くなれたら、どんなにいいだろうか。

 シュカの気持ちはただひたすらに重かった。

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