第3話「完敗」

「『連なる嵐』」


 初撃とは異なり、シュカは連撃を放った。もしかしたら、テムの余裕を崩すことができるかもしれないと信じて。


 そして、この連撃は今のシュカが放つことのできる最大出力の技でもあった。


 シュカの技がテムに襲いかかる。

 その一瞬、テムの顔が見えた。


 連撃が迫っているテムの表情には、相変わらずの余裕と若干の失望が浮かんでいる。彼は全く動じず、攻撃を防ぐ素振りも見せない。


「『荒れ狂う、天嶺颪あまねおろし』」


 その言葉が聞こえた途端、二人の目の前に突如暴風が発生した。


 その暴風は必死になってその場に留まろうとしなければ、簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどすべてを寄せ付けない。それはまるで、災厄をもたらす嵐が目と鼻の先にあるかのようだ。


 テムを守る暴風の壁は、赤子の手を捻るように技を消し去っただけでなく、そのままシュカにも襲いかかる。


 吹き付けてくる暴風を受けたシュカは、その場に留まるだけで精一杯だった。


 突如テムとの間にできた厚い壁。

 それは本当に一瞬の出来事だったために、シュカには何もすることができなかった。


 もちろん、テムがこの隙を見逃すはずがない。


 風が弱まってようやく動けるようになった時、目の前には誰もいなかった。


「今日も、俺の勝ちだ……」


 テムの声が聞こえて来たのは背後だ。

 振り返るよりも早く、シュカの首元に剣が突きつけられた。


 シュカはそれ以上動くことができない。今できることは持っていた剣を手放して、降参の意志を示すことだけだった。


「完、敗、だよ……」


 どうやってもテムには勝つことができないのだろうか。

 シュカは項垂れる。いつものことではあるが、全くテムに勝てる気がしない。


 テムに勝てないことが悔しいわけではなかった。自分の力に自信を持つことができないこと、そして、親友をがっかりさせていることが悔しいのだ。


 いざ戦いになると、思うように身体が動かなくなり、実力が発揮できなくなる。それは、ほんの少しいつもと感覚が違うだけで、自身は本気を出しているつもりだからこそ、なおのこと厄介だった。


 かつてシュカが自身の弱さに打ちひしがれていた時、親友のテムが協力を申し出てくれて二人の特訓が始まった。


 シュカが自信を持てるようになる術を探し続ける日々。

 それは五年もの歳月続くことになった。

 しかし、結局今日もこんな有様だ。


 剣を突きつけているテムが、黙ってシュカを睨みつけている。

 しかし、そんなテムの目を見ることができないでいた。


「親友の期待に全く応えられない自分が、本当に情けない……」


 悔しさでいたたまれなくなっているシュカを見つめていたテムがようやく剣を下ろした。その雰囲気だけで、怒りと不満の感情が伝わってくる。


「なんでだよっ!」


 二人は物心がついた頃から一緒の友達だ。今まで十年近くの間、楽しいことも辛いことも分かち合う仲だった。


 テムを怒らせてしまうのは当然だろう。

 五年も特訓に付き合ってもらったのに、全く成果が出せないなんて。


 ようやくテムの顔を見上げた時、怒りと複雑な感情が入り混じっている中、最後は悲しそうな表情に変わった。


「ごめん、もう帰るわ。……特訓も、今日が最後だ」


 テムは謝罪の言葉を小さく呟いて、その場を去って行った。


「そう、だね……」


 シュカは今日が最後の特訓だと言って去り行く親友に、まともな返事をすることができなかった。


 だが、自身が戦うことを諦めたくはなかった。

 戦うことができなければ、もしもの時に自分は誰一人として大切な人を守ることができないだろう。それは絶対に嫌だった。


 自分の力に自信を持てない原因は何か。その原因さえわかれば、悩みを解消できるかもしれないだろうに。


 しかし、シュカの頭の中は悔しさが支配し、それ以外は何も考えられなかった。

 今できることは、その場で呆然と立ち尽くすことだけだ。


「僕は、これからもずっと弱いまま、なのかな……」


 弱いままではいたくない。その気持ちだけで強くなれたら、どんなに良いだろうか。


 シュカの気持ちは重かった。

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