第48話 ユート、リリシアVSアガレス

「奴が苦しみ始めたぞ! どういうことだ?」


 皇帝陛下の指摘通り、アガレスは突如苦悶の表情を浮かべる。


「そ、それは私が聞きたい⋯⋯何をした?」

「何をした? それは自分が一番良くわかっているんじゃないか?」

「み、認めたくはないが⋯⋯まさか私の本体に傷を⋯⋯」

「引きこもっている場所が安全だと思っていたのか? 今目の前にいるのが分体で、ここではない異界に本体が隠れていることはわかっているぞ」


 そう。ここにいるアガレスは本体ではないので、いくら攻撃してもダメージは与えられない。硬度七以上の魔物は、異界から自分と同じ能力を持った分体を動かすことが出来るため、ほぼ無敵の状態だ。


「だかどうやって本体にダメージを⋯⋯まさか⋯⋯その剣か!」

「ご名答。これは断界の剣と言って、世界を越えてお前を殺せる武器だ」


 実際には分体にダメージを与えてもタイムラグがあって、本体にダメージが通るのは数分先のようだ。そのためアガレスは自分が断界の剣に斬られダメージを負ったことを、直ぐに理解出来なかったのだ。

 これから特別な魔物と戦ってく上で、断界の剣はどうしても必要なものだった。帝国に来たのはリリシアを守りたいという思いが一番強かったが、道中にある迷いの森の神殿で、断界の剣を手に入れるのにちょうど良かったのだ。

 後はアガレスを倒せば、俺の願った未来を手に入れることが出来る。


「なるほど。そのような武器があるとは思わなかった。だがネタはもう割れた。お前の実力で私を倒すことができるかな?」


 突然アガレスの爪が伸びる。

 するとこちらに向かって襲いかかってきた。


「速い!」


 神速と呼ばれているリリシアと遜色ない速さだ。

 アガレスはこちらに接近してくると上段から手を振り下ろしてきた。鋭い爪が首元に迫る。


「くっ!」


 俺はかろうじて爪を剣で受け止める。だがこれは何度も攻撃されたら、そのうち受け止められなくなるぞ。


「なかなかやるではないか。だがそれもいつまで持つかな」


 アガレスは上下左右に爪で攻撃してきた。

 俺は剣で防いでいたが徐々に捌ききれなくなり、皮膚が爪で蹂躙されていく。


「ユート! 余も戦うぞ!」


 俺の惨状を見かねてか、皇帝陛下が参戦してくる。


「いえ、皇帝陛下の攻撃ではアガレスを倒すことは出来ません。ここは俺に任せて下さい」

「くっ! わかった。だが必ずそいつは仕留めてみせよ!」


 皇帝陛下はルドルフ皇子が⋯⋯いや、息子がアガレスに操られ、とんでもないことをしてしまったのだ。自分の手で決着をつけたいと感じているのだろう。

 だけど正直な話、皇帝陛下が参戦してもアガレスにあっさり殺されるだけだ。

 激昂する気持ちもわかるが、ここは俺に任せてほしい。

 例え一人で敵わなくても、俺には頼りになる仲間がいるのだから。


「ユート様から離れなさい!」


 俺とアガレスの間を割って入るように、リリシアの剣が炸裂する。


「くっ!」


 さすがにリリシアの攻撃は無視出来ないと考えたのか、アガレスは俺から離れ、後方へと下がる。

 悔しいが今の俺の実力だとアガレスに勝つことは出来ないだろう。

 だがリリシアは違う。

 俺が見たところ、剣のスピードはリリシアの方が僅かに勝っている。

 それにアガレスはダメージを負っているため、全力で戦えないはずだ。


「あなたは速さが売りのようですね」

「それがどうした」

「速さなら私は誰にも負けませんよ。フィアブリッツ!」


 リリシアから超高速の四連撃が放たれる。

 常人ならとても見切れるものではない。

 一撃目が額に迫るが、アガレスは首を捻りながらかわし、次に首を狙った二撃目は右手の爪で防いだ。しかしリリシアの剣の威力が強かったためか、アガレスは体勢を崩す。

 そのため、体勢を崩した状態では心臓を狙った三撃目と腹部を狙った四撃目を防ぐことが出来ず、アガレスの身体は貫かれるのであった。


「ぐっ! まさかその剣は!」

「ええ⋯⋯ユート様と同じ剣です」


 自分の予想が当たったためか、アガレスは沈痛な表情を浮かべている。

 リリシアに二度貫かれたことによって、この後時間差で本体にダメージが行くはずだ。

 そのダメージを食らった後、満足に戦うことが出来るかな?

 いや、出来るわけがない。そうなるとアガレスが次に取る行動が読めて来る。


「まさかこの私がここまで追い詰められるとは」

「その過信が今の状況を作っていると気づかないのか? 権利書を貰った後、どうせ俺の剣など効かないとわざと食らったろ? 人間を舐めるからこうなるんだ」


 前の時間軸でもアガレスは人間を殲滅することより、弄んで殺すことを優先していた。俺達はその隙をつくことで、アガレスを倒すことが出来たのだ。


「それは認めよう。だがまだ勝った気でいるのは早いのではないか?」


 アガレスは突如右手を天高く伸ばす。

 すると掌から黒色の玉が放たれ、玉座の間の天窓を破壊した。


「どういうことだ」

「どういうこと? こういうことだ!」


 アガレスが声高く宣言すると、突然背中からコウモリのような羽が生えた。


「私の変身能力を持ってすれば、翼を作ることなど造作もないこと」

「貴様逃げるつもりか!」


 皇帝陛下の言うとおり、天窓を壊して退路を確保し、飛んで逃げるつもりだろう。

 だがそうはさせない!


「ユート! リリシア王女! そいつを逃がすな!」


 皇帝陛下の怒号が玉座の間にこだまする。

 俺とリリシアはとどめを刺すため、アガレスへと向かった。


「その行動は想定済みだ⋯⋯地震魔法アースクエイク


 アガレスが魔法を唱えると突如地面が激しい揺れに襲われ、俺とリリシアはバランスを崩してしまう。


「ユートと言ったな。次に会った時がお前の死に場所となる。覚えているがいい」


 アガレスはこの場から逃れるため、捨て台詞を吐きながら天窓に向かって飛び立つのであった。




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