第46話 ユートのご乱心
皇帝陛下の部屋に行った翌日。
俺とリリシアは褒賞をもらうため玉座の間にいた。
周囲には皇帝陛下、アルドリック、デレック、デュケル、そして多くの貴族が参列している。
「リリシア王女、そしてユートよ。此度は余が生死を彷徨っている中、適切な処置を施しよくぞ命を救ってくれた。また、ルドルフを捕らえることに協力した礼として褒美を取らす⋯⋯宰相」
「はっ! ユートよ⋯⋯ミュヘン地方の土地千ヘクタールと帝国内で商売を行うことを認める。前に出よ!」
俺が願ったもの⋯⋯それは今宰相が言った土地と帝国で行う商売の権利だ。
何をするかだって? それはもちろん商売をするためだ。
実は俺は甘いものには目がない。そのためこの世界に是非広めたい食べ物があった。
それはクレープだ。
クレープには小麦が必要となる。自前の小麦で作るために畑が欲しいと願った。
もちろんこれはただ自分の欲求を満たすだけのものではない。この世界を救うための処置だ。
俺は宰相の言葉に従い、前に出る。
「これが土地と商売をする権利書だ。受けとるがいい」
「ありがたく頂戴致します」
宰相から上質の紙を二枚もらい、俺は受け取る。
そして宰相が再び皇帝陛下の横に戻ろうと背を向けた時⋯⋯俺は受け取った二枚の権利書を地面に捨てた。
何故なら帝国に巣食う闇はもう一人いる。
俺は腰に差した剣を抜いた。
まるで時が止まったかのように、ほとんどの者は何が起きたかわからず、驚きの表情を浮かべるだけだった。
そしてデュケル宰相は俺に背を向けているため、尚更何が起きているのか理解出来ていない。
この時が千載一遇のチャンス。俺はそのままデュケル宰相の心臓を目掛けて剣を突き刺す。
するとデュケルはなす術もなく、剣が背中を貫いた。
「な、なにが⋯⋯」
苦悶の表情を見せるデュケルは、そのまま立つことが出来ず、地面に倒れた。
そして俺は剣を引き抜くと、貫かれた背中から赤い血が流れ始める。
「キャアァァァッ!」
「貴様何をする!」
「デュケル宰相が刺された! 誰か医者を呼べ」
真っ赤に染まった血が目に入ったことで、周囲の時が再び動き出す。
悲鳴を上げる者、混乱する者、怒りを上げる者、冷静に対処する者と、その様子は様々だ。
「兵士達よ! この者を捕らえよ!」
貴族の命令によってあっという間に取り囲まれる。兵士達は殺気立っており、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
このまま何もしなければ、俺は捕まり、死罪は確定だろうな。
だが俺には強い味方がいた。
「待て!」
重厚で威圧感のある声が玉座の間に響き渡る。
すると迫ってきた兵士達は、瞬時に動きを止めた。
さすがは皇帝陛下だ。予め俺の味方をするように言っておいて良かった。
これで兵士達は俺に手は出せないはずだ。
「ですがこの者は皇帝陛下の御前で剣を抜き、デュケル宰相を刺したのです! 到底許せることではありません」
「お主の言いたいことはわかる」
「でしたら! いくら皇帝陛下の恩人とはいえ、この暴挙に目をつむることは出来ません 」
「だがその判断は、デュケルの様子を見てからにしようではないか」
デュケルに目を向けると倒れたまま全く動いていない。おびただしい程の血が流れており、直ぐにでも回復魔法をかけなければ、死が訪れるのは間違いなかった。
普通の人間なら⋯⋯
「油断して近づいてきた所を襲う魂胆か?」
俺は瀕死に見えるデュケルに向かって話しかける。
だが返事はない。
「お前は何を言ってる? どう見てもデュケルは⋯⋯」
デレック皇子は死んでいると言いたいのだろう。
だが俺にはわかっている。奴が生きていることを。
「茶番は終わりにしてもらおうか⋯⋯アガレス」
俺は死んだふりをしているデュケル⋯⋯いや、アガレスに問いかけた。するとアガレスは何事もなかったかのように立ち上がる。
「バ、バカな! あれだけ血を流して生きている⋯⋯だと⋯⋯」
事前に何も聞かされていないデレックや貴族達は、驚きを隠せないでいる。
「何故お前がその名前を知っている」
「さあ? それをお前に教える義理はない」
「そうか⋯⋯だが正体を見られたからには死んでもらう」
アガレスは隠していた殺意を解き放つ。すると貴族達はその場に立つことが出来ず、地面に膝をつくのであった。
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