第32話 秘密を打ち明けることは誰であろうとつらいことだ

 リリシアにいったい何が⋯⋯

 俺は逸る気持ちを抑えて、軽くドアをノックする。


「リリシア、ユートだけど今少しいいかな」


 返事はない。

 もしかして何かあったのか? いや、何かあったならルルが俺に教えてくれるはずだ。

 だけど俺の心配は杞憂に終わり、ゆっくりと部屋のドアが開いた。


「ユート様⋯⋯」

 

 リリシアは明らかに元気がなかったため、何かあったのは明らかだ。ここはルルに聞いてみるか。


(ルドルフ皇子の使いと何かあったのか?)

(私にはわかりません。さっきの人間はパーティーの招待状を持ってきただけです。ですが招待状を受け取った後、王女の顔色が悪くなって⋯⋯)


 パーティーの招待状? 普通に考えれば、ルドルフはリリシアと友好を深めたいと考えているように見える。だけど玉座の間を出た時の様子からすると、とてもフリーデン王国と仲良くしようなどとは考えてなさそうだが。

 ここはリリシアに直接聞いた方が良さそうだ。

 俺は部屋に入り、ドアを閉める。そして何があったのか問いかけてみた。


「今の人と何かあったのか?」

「いえ⋯⋯特に何かあったわけではありません。パーティーの招待状をいただいただけです」


 ルルが言っていた通りだな。もしかしてそのパーティーは、大人の如何わしいパーティーなのか? 俺の考えている通りなら、リリシアの顔色が悪いのも頷ける。


(あなた最低ですね。その発想にドン引きです)

(だって他に思いつかないから仕方ないだろ)


 でも本当に理由がわからない。ここは詳しく聞いてみるか。


「それはどんなパーティーなんだ?」

「皇族や貴族の方を集めたパーティーで、フリーデン王国との友好を深めるものだと仰っていました」


 話を聞く限り、普通の社交パーティーのように感じる。だがきっと何かがあるはずだ。


「それがリリシアの顔色が悪い理由と何か関係があるのか?」

「⋯⋯パーティーに出ることは特に問題ではありません。ですがその⋯⋯ドレスを持ってきてなくて⋯⋯」

「ドレス?」

「ルドルフ皇子が懇意にしている仕立て屋さんが、用意して下さるとのことでしたが⋯⋯」


 リリシアは答えにくいのか声が詰まる。

 しかし俺はこの時、なぜリリシアの顔色が悪くなったのか気づいてしまった。

 おそらく原因はドレスだ。


(どういうことですか? 私にはわかりません)

(リリシアはドレスを着たくないんだ)

(ドレスを? 何か問題があるのですか?)


 リリシアに取っては大有りだ。何故ならドレスを着るということは、背中の火傷の痕を見られる可能性があるからだ。

 もしかしてルドルフは振られた腹いせに、リリシアを社交の場で辱しめるつもりなのか? あの男ならやり兼ねないけど、そうなるとどうして背中の火傷を知っているのか気になる。

 だけど原因がわかっても、そのことを俺の口から伝えることは出来ない。

 何故なら俺が火傷のことを知っているのは、未来のリリシアに聞いたからで、今目の前にいるリリシアから聞いた訳じゃないから。

 もしルドルフの用意したドレスを着なければ、面子を潰されたと言いがかりをつけられるかもしれないし、ドレスを着てパーティーに出れば、笑い者にされる可能性が高い。

 リリシアは八方塞がりの状態に陥ってしまった。


 だが俺ならこの状況を打破することができる。だけどそのためには俺の秘密を話さなければならないし、リリシアの秘密を話してもらわなければならない。

 だけど女の子が自分の傷について話すなど、相当な覚悟が必要であることは間違いないだろう。

 しかし絶望の未来を回避するため、俺とリリシアは前に進まなければならない。

 俺は優しくリリシアに問いかける。


「リリシアは何か不安に思うことがあるのかな?」

「⋯⋯はい」

「それが何かわからないけど、もし良かったら話してくれないか」

「そ、それは⋯⋯」


 リリシアはうつむき、俺から視線を逸らす。

 やはりリリシアは火傷について話してくれないようだ。だけどそれも仕方のない話だ。今目の前にいるのは戦友で恋人になったリリシアじゃないのだから⋯⋯⋯⋯⋯⋯ってバカか俺は!

 何のために過去に戻ってきたんだ。リリシアや仲間達と幸せな結末を迎えるためじゃなかったのか。

 こんな所でリリシアを悲しませる訳には行かない。今のリリシアが俺のことを信用出来ないなら、信用してもらえるように誠意を尽くすだけだ。


「それはリリシアに取ってとても辛いことなんだな。だけど俺は何があってもリリシアの味方だ。そしてどんなリリシアも受け入れると約束する」

「⋯⋯初めてお会いした時もお伝えしましたが、ユート様のことは信用できるお方だと思っています」

「それなら自分の直感を信じて、話してほしい。リリシアが辛い思いをしているならその苦悩を理解したいし、必ず俺が取り除いてみせる」

「⋯⋯今日のユート様は少し強引ですね」

「それだけリリシアのことが心配だからな」

「でも⋯⋯そんな強引なユート様も素敵です」


 リリシアから笑みが見えた。

 作り笑いかもしれないけど、少しは楽になったのかな?

 その目に不安の色はないように感じた。


「ユート様、私が隠していたことをお話します⋯⋯実は私は――」


 そしてリリシアはポツリポツリと、自分の背中にある火傷について語り始めるのであった。







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